第7話
月日が流れ──翔は無事に工場に就職し働いていた。Web漫画の方も順調で、コミックが発売され、今日、印税が支払われていた。
「いよいよだな」
翔は自室で黒スーツに着替えながら、「これで良し、ちょっと早いけど行くか」
──玄関を出て、翔が腕時計を見ながらソワソワして待っていると、髪をアップにして、ネイビーのパーティドレスを着た杏沙がコツコツとヒールの音を立てながら、近づいていく。
翔が杏沙の方へ顔を向けると、杏沙は「お待たせ」と声を掛ける。
「どこかのお姫様かと思った」
「あら、ショウちゃん。社会人になって上手くなったわね」と、杏沙は言ってニコッと嬉しそうに微笑む。
「本当のことを言っただけだよ。さて、早いけど行こうか?」
「うん」
タクシーに乗って二人はイタリアンの店へと向かった。
──店員に案内され、二人は窓際の席に座る。
「ごゆっくりどうぞ」
杏沙は店員を見送ると、片手で口を隠すと「ちょっとショウちゃん、高そうなお店だけど大丈夫なの?」
翔はそれを聞いてニコッと微笑む。
「うん。ちゃんと調べてあるし、コースを選んだから大丈夫だよ」
杏沙は片手を下ろすと、安堵の表情を浮かべ「そう、なら安心ね。でも、奢って貰っちゃって良いの?」
「うん。君のおかげで楽しい人生を過ごしているんだ。安いぐらいだよ」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな」
「良かったね、期待しないで待ってて」
「ちょ、それは──」
杏沙がそう言い掛けると、店員が「ワインをどうぞ」と、ワイングラスに赤ワインを注ぎ始める──。
「ごゆっくりどうぞ」と、店員が去っていくと、翔はニヤけた表情で「それは?」と聞き返す。
「それは……ショウちゃんならきっと大丈夫だって信じていたし、あそこでワクワクしている態度を前面に見せるのも、大人として恥ずかしいかな……なんて思ったら、そう言っちゃっただけだよぉ」
翔がクスッと笑い「なにそれ、可愛いな」と言うと、杏沙は顔を真っ赤に染める。
「もう、からかわないで!」
「杏沙、もう飲んでるの?」
「飲んでない!」と、杏沙は答え、ワイングラスを手に取る。
「今から飲むの! まずは乾杯しよ」
「うん」
「じゃあ……書籍化を祝って。かんぱーい」
「かんぱーい」
二人はコツンとグラスを突き合わせ、コクっとワインを口にする。格別に美味しかったようで、二人は顔を見合わせながら、笑みを零していた。
──二人は次々と運ばれてくる料理を、会話を楽しみながら食べ進めていく。最後にデザートが来ると、スプーンを手に取った。
「美味しそうだね」
「うん」
二人は最後のデザートを味わいたい様で、小さく切りながら、ゆっくりと食べ進める──。
「ねぇ、杏沙」
「ん? どうしたの?」
「俺、高校の時に好きな人が居るって言ったじゃん」
「え、ちょ……いま言うの?」
「うん、いま言いたい」
「わ、分かった」
杏沙はそう言って、大きく深呼吸をする。手を差し出すと「はい、どうぞ」
「それ……杏沙の事だったんだ。あの頃の俺は生徒だったし、あの時に告白したら迷惑がかかると思って言えなかったんだ。でも今なら、堂々と言える」
翔は杏沙の手を両手でソッと包むと「小さい頃からずっと君の事が好きでした──俺と付き合ってください」と、男らしく堂々と告白した。
杏沙は翔の告白を聞いて、ポカーンと口を開けたまま固まっている。翔はダメだと思ったのか表情を曇らせ「えっと……ダメ?」
杏沙は直ぐにハッとした表情を浮かべると「え、ダメじゃない、ダメじゃない」と、片手で手を振って否定した。
「驚いただけだよぉ……」
「あぁ、ごめん」
「うん。でもショウちゃん、私とは5歳も離れてるんだよ? ショウちゃんはまだ若い。他の女の子を知らなくて良いの?」
翔は黙って力強く頷く。
「うん、知らなくて良い。ずっと君が好きだったんだ。貫き通したい」
それを聞いて杏沙は片手で口を覆い、喜びの涙を零す。
「あぁ……ショウちゃん。私もショウちゃんの事が好きだった。でも教師だったし、歳が離れているし、そんな事ばかり気にして素直になれなかった……こんな私でも良いかな?」
「うん、そんな不器用な所も含めて、大好きだよ」
杏沙は指で自分の涙を拭うと「ありがとう!」と、最高の笑顔を浮かべた。
※※※
それから更に月日が流れる──杏沙の知識も加わり、翔は作品の幅を増やすことが出来、順調に書籍化作品を増やしていった。
そんなある日、読者からSNSで質問され、翔は正直に高校の担任に言われた事を話した。
でも俺は、いまの彼女のサポートがあり、諦めませんでした。だから今こうして作品を作り続ける事が出来ているんです。どうかあなたも諦めないでください。
この書き込みは反響を呼び、1万いいね以上が付いた。そして、あっという間に、教師は安村だと犯人特定される。
どうやら安村は翔だけじゃなく、他の生徒に対しても暴言を吐いたり、杏沙以外にもストーカー行為を行っていたらしく、不祥事は面白いぐらいに暴かれていった。
「安村のやつ、懲戒免職になるらしいよ」と、杏沙は言って、ソファに座っている翔の隣に座る。
「へぇ、そこまで」
「ねぇ、ショウちゃん」
「なに?」
翔が杏沙の方に顔を向けると、杏沙は黙って目を閉じる──翔は杏沙のやって欲しい事が分かったのか、優しく髪を撫でると、杏沙の唇に自分の唇を重ねた──杏沙はソッと翔から離れ、目を開ける。
「勉強が出来ない誰かさんでも、ちゃんと私を幸せに出来ちゃったね」
「あぁ、あいつの言うとこなんて何も信用できない。ざまぁみろだ」
翔はそう言って、幸せそうな笑顔で杏沙をギュッと抱きしめた。
俺の幼馴染は、ちょっとツンデレが入った可愛い先生です。ライバルの担任に身をわきまえろと言われたけど、好きなんだから諦められない。 若葉結実(わかば ゆいみ) @nizyuuzinkaku
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