エピローグ

第35話

「うめぇ」

「なんかおっさんみたいですよ」

「ウチはまだ十八だぞ! ほら、夏樹も食えよ」


 僕はメグさんを誘って、旅行に来ていた。


 彼女に遺書で書かれていたことを端的に説明すると、二つ返事でOKをくれた。誘った立場で言えたことではないんだけど、付き合ってもない男と二人で旅行をよく了承してくれたな、と思う。いくら先輩が言ったこととはいえ、まさか本当に行くことになるとは思わなかった。


「それにしても、夏樹も変わったよなー。雰囲気が日に日に明るくなってる気がする」

「そうですかね?」


 自分ではあまりわからなかった。別段明るく振る舞っているつもりはなかったけれど、メグさんが言うのならその通りなのだろう。


 メグさんと二人で遊びに行くことは今までなかったけれど、校内ですれ違うときや下校が重なったときなんかは普通に話すくらいの距離感だった。基本的に彼女の方から話しかけてくれる。『先輩』という共通点を失っても関わりを絶たずに、こうして会話ができることにありがたいな、って思う。


「うんうん。なんかモテそうな雰囲気あるわ」

「そういえば、この前クラスの子に告られたんですよ」

「え、マジ? 付き合ったのか?」


 メグさんもこの手の話は好きなのか、いつも以上に僕の話に興味を示してきた。


「付き合ってたら、こうしてメグさんと旅行に来てないですよ」

「それもそっか」


 納得したようで、パクリと刺身を頬張る。


「はい。今はまだ彼女を作る気にはなれないんですよ。先輩を引きずっているわけではないんですけど、もう少し先輩の彼氏でいたいというか、なんというか……」


 きっと世間一般で言うと、これは引きずっていると表現するのかもしれない、と言ってから気づいた。


 僕の中ではやっと先輩がいない生活に慣れてきたところだ。当たり前のようにいた人が急にいなくなったことで、胸にポッカリ穴が開く感覚が初めてわかった。少しずつだけど、穴も塞がってきているんじゃないかと思う。穴が塞がるまでを一つの区切りとして、それまで先輩の彼氏でいたかったのだ。

 やっぱり、これって引きずってんのかな……?


「はいはい。惚気は結構でーす。このマグロもらうな!」


 そう言って、強引に僕のお刺身を一切れ取っていった。メグさんは相変わらずだ。


 先輩が亡くなってから、半年近くが経過していた。メグさんの受験が終わるタイミングで旅行に行くことを計画した。

 僕らが住む地域から新幹線に乗って、一時間ほどのところ。さすがに同じ部屋に泊まることはできないので、二部屋予約し、一泊二日のプチ旅行だ。同じ部屋に泊まりでもしたら、先輩が鬼の形相で襲ってくるんじゃないだろうか?


 今、僕らがいる店内からきらびやかな海が一望できた。形式に捉われない波のうねりは、愉快に踊っているように見えた。受験を終えたメグさんの心の中は、きっとこの海のように開放的なのだろう。僕も一年後には受験なのかと思うと、今から憂鬱な気分になる。


「うまかったぁ。そろそろ帰るか」


 冷える身体を温めてくれたあら汁を名残惜しそうに飲み干したメグさんが、満足げな顔で言った。


「そうですね。行きたいところもありますし」


 僕たちは荷物をまとめて、店を出た。店の前のバス停でバスを待ち、駅までの数十分はお互い疲れて、眠りこけていた。駅に着き、新幹線に乗ってからも同じで、ずっと寝ていた。


 住みなれた町まで戻ってきた僕らは、ある場所へ向かった。


「あそこでいいんじゃない?」


 メグさんは道中の花屋さんを指差した。軽く店内を見回して、お供え用に花を購入した。

 僕らがこれから向かうのは先輩のお墓だ。旅行の報告もかねて、最後は先輩に挨拶しに行こうと決めていた。


 何度か訪れたことがあったので、道に迷うこともなく、たどり着くことができた。買ってきた菊の花を生ける。


「そういや、夏樹と来るのは初めてだな」


 メグさんは珍しく感慨深そうに言った。


「そうですね。こうして三人で集まるのも、久しぶりですね」

「だなー。華蓮も喜んでるだろうな」


 メグさんは嬉しそうに笑いながら、しゃがんだ。ゆっくり目を閉じたのを見て、僕もメグさんに倣った。


 旅行の楽しかった思い出を先輩に教えてあげると、ずるいなー、って声が聞こえた気がした。

 目を開くタイミングはほとんど同時だった。


「うしっ、帰るか」


 メグさんは元気よく立ち上がり、歩き始めた。僕も立ち上がって、先輩にだけ聞こえる声で、「華蓮、また来るね」と呟いた。


 ひんやりするはずのリングがほんのり温かったのは、きっと僕の気のせいだろう。

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もう一度、キミと冬を過ごしたい 久住子乃江 @ksm_0805

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