第3話 歪んだ世界
働く必要がなくなったので警備員の仕事をやめた。
最近は夜の街に繰り出して、手ごろなバーを見つけては飲んだくれている。
強めの酒を煽りつつカウンターの向こうにおいてあるテレビに視線を送る。
そこにはミアが映っていた。
この世界を管理するマザーAIは生きた人間を搭載しなければ起動しない。
生身の頭脳を使うことで、無機質なプログラムでは判断できない感情的な判断を下すことができる。
ミアは学校での成績も優秀で、特に情緒テストの点数が高かったこともあり、次代のマザーに選ばれたのだ。
世間は新たなマザーの出現に大喜び。
平和な世界が続くと約束されたようなものだから、喜んで当然だ。
だが俺には、人間を電池に使うこの世界が酷く歪んで見えた。
「それとも、歪んでるのは俺のほうなのか……ん?」
ショットグラスの酒を一気に飲み干すと頼んでもいないのにマスターが酒を置いた。
「これは?」
「あちらの方からです」
見るとカウンターの隅に座っていた女が手を降ってきた。
俺は赤褐色の液体で満たされたカクテルグラスをもって彼女に隣に座る。
「はぁい」
「なぜこれを俺に?」
「死んでるみたいだったから、生き返らせて上げようと思ってね」
「は?」
「それ、コープスリバイバーっていうカクテルなのよ」
「ふーん……」
一口飲んでみると、凄まじいアルコールで思わずむせてしまった。
「あはは、ブランデーベースだからなかなか強いわよぉ」
「げほ、ごほ……し、知ってるよ……」
「あらそうなのぉ?」
「知ったのはいまだけどね……」
「ふふ……あなた可愛いわね」
女はリー・シャウロンと名乗り、俺たちはぽつぽつと話し始めた。
親が死んだこと。
妹のために働いていたこと。
そして彼女がマザーAIに選ばれたことも。
「じゃあ、あそこに映っているのはあなたの妹さんってこと?」
「ああ……」
「嘘、信じられない」
「事実だよ……」
俺は二杯目のコープスリバイバーを一息で飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけた。
するとリーが、そっと手を重ねてきた。
「可哀そうに……あなたにとって妹さんが生き甲斐だったんでしょ?」
「ああ……その通りだ」
「この世界は安定しているなんていうけど、それって嘘よね」
「……どういう意味だ?」
「本当は人々の選択肢を減らしてる。あなたはこうなる運命ですって決めつけて、他の生き方をなくしてる。いまのあなたみたいに」
「いや、俺はむしろ運命に逆らおうと……」
「なら、どうしてあなたのご両親は死んだの? その交通事故だって、マザーAIの書いたシナリオってことでしょ?」
そう言われた瞬間、これまでのあらゆる記憶が頭の中を駆け巡った。
幼いころから俺は自由という言葉を聞かされて育った。
自由なんてこの世界にはないのに、俺の両親はしきりに自由を求めろといっていた。
自由に対して興味を持った俺はこの世界で自由を得るにはどうすればいいのか調べ、そして誰かを踏み台にしなければ自由を得ることはできないと知った。
ちょうどそんな考えを持ったころに訪れた両親の死。
俺はミアの親代わりになる役目の両方を背負い、自由に対する憧れを彼女に託そうとした。
これはすべて……仕組まれた運命だったんじゃないか?
俺は、いや、俺の家族は、最初からミアを次のマザーにふさわしい人材に育てるために利用されていたんじゃないか?
マザーAIに、この世界に――――。
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、バーの入り口が蹴破られ数発の銃声が鳴り響く。
見ると腕に機関銃を装着した男たちが乱入してきた。
強盗だ!
「お、おい、逃げ――――」
リーの手を握ってたちあがろうとしたら、後頭部に固くて冷たい感触が押し付けられた。
「逃げる必要はないわ。だってわたしたちお目当ては……あなたなんだから」
「……おいおい」
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