第10話 旅立ち

「ううむ……このケーキとやら、侮れんな……」


 右腕を包帯でぐるぐるまきにされたガブが鷲掴みにした苺のショートケーキを睨みつけながらそういった。


 ここは俺の実家。辺境貴族ダマスカス家の屋敷。俺は気を失ったガブをつれてここまで帰ってきたわけだ。


 とりあえず泥だらけになったので二人とも風呂に入りいまは俺の私室で休んでいる。


「お気に召されたようでよかったですわ」


 専属メイドのクローバーさんがにこにこ笑いながらいった。


「うむ!」


 ガブは二口でケーキを食べつくす。


「お洋服も妹様のものが残してあってよかったですわ」

「うむ。この洋服とやらは着るだけで見た目の印象を変えることができる……なかなか侮れんな……」


 ガブはいまフリルのついた白いブラウスと赤いプリーツスカートを履いている。

 こんな田舎はいやー! ……などといって家を飛び出した我が愚昧のお古だ。


「なかなか似合ってるよ」

「そうか! それはよかった! それと……」


 ガブはおもむろに立ち上がると俺のベッドに飛び込んだ。


「このベッドとかいうものも侮れん……なんなのだこのふかふかは……」


 枕を抱きしめながらごろごろと転がるガブ。

 風呂入ってケーキ食って即寝転がるとは……こいつ、人間の才能あるな。


「しっかし、まさかあのガブがこんな姿になっちまうとはな……」

「ううむ……これはわたしにとっても由々しき事態である……」

「とりあえずこれからどうする?」


 尋ねるとガブはベッドの端に座りなおした。


「そんなの決まっておろう」

「なんだよ。はっきりいってくれ」

「可愛い服を着て甘いものをたらふく食ってふかふかのベッドでごろごろするのだ!」

「……あ、そう。じゃあ勝手にしろ。俺はあの逆転の魔導士とかいう奴を殴りにいくからな」


 椅子から立ち上がるとガブは「わわわ、冗談冗談なのだ!」といって駆け寄ってきた。


「わたしはもとの姿に戻りたい! お前の旅にわたしもつれてってくれ!」

「ったく、最初からそういえよな」

「すまん……あ、あとエルト。ちょっとかがんでくれんか?」

「なんだ?」

「感謝するぞ友よ。助けてくれたこととか、世話してもらったこととか、いろいろな」

「ああ、いいよそんなこと。だって俺たち友達だろ」

「うむ! あ、エルト、ちょっとかがんでくれぬか?」

「うん?」


 いわれるまま少しだけ頭を下げる。

 するとガブはつま先立ちになって、俺の頬をぺろりと舐めた。


「うひゃああ⁉ い、いきなりなにするんだお前⁉」 

「な、なにって、いつもこうやって舐めていたではないか? なぜそんなに狼狽える?」

「あれはドラゴンだったからいいの! いまは人間だからダメ!」

「う、うむ……? すまん……?」


 クローバーさんも口に手を当てて「あらま」なんていってやがる。

 ああ、もう。はやいとこ人間とドラゴンのギャップに慣れてもらわないとな。


「それで坊ちゃまはこれからどこへ向かわれるのです?」

「まず必要なのは情報。この世界でもっとも情報が集まる場所といったら……王都だ!」

「そうなのか?」


 小鳥のように首を傾げるガブ。こうしてみると本当に普通の女子みたいだ。


「そうなんだ! さあ行くぞガブ! 冒険の始まりだ!」


 俺はガブに手を差し出す。


「うむ! よろしくなのだ!」


 ガブはその手を握り、俺たちは固い握手を交わしたのだった。

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人魔獣物語 超新星 小石 @koishi10987784

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