第5話 さっぱり分からないミャンマーイングリッシュ
すぐさま荷造りを開始し、石川県へ戻る準備を始めた。正直、都落ち感覚は否めなかった。私は東京生活において、何も結果を出していない感覚に襲われていたからだと思う。
石川県へ戻り、すぐさま講師での働き口が見つかり、私は安定した収入を得ることができたことで、心の落ち着きを徐々に取り戻していった。お金に縛られてはいけないが、現代に生きる者にとっては精神安定剤的要素が強いなと自覚した瞬間でもあった。安定したことにより、それがきっかけで、改めて東京最後の特異な経験を振り返ることができた。そして今後は、やりたいと思い立ったことに関して、私は遠慮を捨てることを心に誓った。
長期休みになると、私は自分を試すかのように、冒険要素溢れる旅に出た。自身で企画し、それを実行に移し、世界中を歩き回ることだ。年数を重ねるごとにこの企画は刺激性が強くなり、自身に負荷を与えることに、快感を覚えるようになっていった。この負荷と言うのが、ゲストハウスでの異文化交流であったり、地元の人が使う路線バスで街を巡ると言ったことを指す。旅行会社が企画するような旅では、もはや満足できない体になっていた。
ただ近年の旅は、いささか無謀さが目に余ると反省点も多い。今回のミャンマーの旅もそうだ。空港泊に始まり、ゴールデンロックのあるチャイティーヨーまでの道中も、羽目を外しすぎであると、終始私はバスの中で自身に向けて、生徒指導を加えていた。
ミャンマーはもともとイギリスの植民地である。だからイギリス英語は通じると高をくくっていたが、そうでもなかった。
アウミンガラーバスターミナルから、ゴールデンロックのあるチャイティーヨーへ向かうバスは、多数存在する。WINと言うバス会社をあらかじめ予約していたので、印刷してきたバウチャーを渡し、座席を教えてもらい着席した。座席に身を沈めてから、私は身震いした。車内が冷蔵庫のチルド室のように寒いのだ。
「ブランケットはないか?」
と聞いても通じず、私は先ほどトランクに預けたスーツケースを出してもらい、やたらと着込んだ。
空港泊で全く睡眠がとれなかった私は、眠ろうと目を閉じるも、隣席に座っていた老婆が、肘で私をつついてきて、親切に色々と教えようとする。しかし老婆が話す言葉は英語ではなくミャンマー語のため、さっぱり理解ができない。バスが止まるたびに私を叩き、降りろ、みたいなジェスチャーをする。その度に私が、
「チャイティーヨーか?」
と聞くと、バスの運転手や他の乗客は違うという。
じゃあなぜ降りろ、というジェスチャーをするのか、と思ったら、トイレ休憩だ、とか伝えたかったらしい。老婆は周囲の乗客に対して、私を指さし何か話していた。
「この人、話が通じないわー。」
みたいな感じで話しているように見えて、心底、息苦しかった。
空港であまり眠れなかったから寝たいんだ。寝させてくれ、と言ったところで通じないだろうなと思い、後ろの席にいた、少し英語が通じそうな乗客に状況を伝え、老婆に伝えてくれるよう、お願いした。
老婆だけではない。バスの運転手や車掌さん、乗客の訛りの強い英語もヒアリングが難しかった。私のヒアリング能力が低いのもあるだろうが、先ほどの、
「ブランケットはありませんか?」
と聞いた時も、初めはバスの下から私のスーツケースを出してきて、スーツケースを持って踊り出したのだ。その時は面食らった。ブランケットが欲しい、という英語が、どうしてダンスと繋がるのか、さっぱり分からなかった。
観光客が話しかけてきたから、きっと荷物を出して欲しいと言っているんじゃないの?と言う感覚でとらえて、返しているようにも感じた。
定刻通り、5時30分に出発したバスは4時間でキンプンという麓の町に到着した。空港で買っておいた、パンとジュースで腹を整えて下車した。バスはWIN ホテルの前に止まったため、スーツケースをホテルに預かってもらった。2000チャットの預かり代もしっかり取られた。
ここからトラックに乗ってゴールデンロックに向かうため、荷台乗り場へ向かった。車内で言葉が通じない人、と言う認識で見られてしまった私は、後ろの席に座っていた夫妻に、
「私たちについて来なさい。」
と手招きされ、前を歩いてくれた。観光中もミャンマー語の訛りの強い英語にさらされて困ることも生じるだろう。申し出は非常にありがたく、てくてくと後ろを歩いた。この日本人、ほっとけないな、と思ったのか、荷台に乗ってからも、いろいろ世話を焼いてくれた。優しい人と出会って本当に良かった。
ホテルから歩くこと5分で、ピックアップ乗り場に到着した。荷台トラックに乗客をかっ詰めるだけ、詰めてから出発するスタイルである。参拝客は佃煮にするくらいいる。次々と発車していくから、待ち時間は15分くらいだった。5人乗りの一列に8人くらい押し込むから、かなり息苦しい。
町にをすぐに離れて未舗装の道に入った。猛スピードで走る荷台トラックは、さながらジェットコースターのようである。私は間の席だったからまだまだ安全だったが、外側の席の乗客は互いに抱き合っていた。
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