君は眠り姫
赤猫
愛を知らない彼女は憧れを持つ
規則正しい寝息を立てて俺の目の前の女は眠っている。
客が来ていて仕事をしないといけないはずの女は寝ている。
「おーい起きろ客来てるって」
コイツは俺がいなかったらどうなっているのだろうか?
ゆさゆさと体をゆすって呼ぶが起きない。
俺は客の方を見て頭を下げた。
「すみません今すぐ!即刻起こします!」
「だ、大丈夫ですよ。ゆっくりで…」
「だめですよこいつ甘やかすとダメ人間からさらにダメ人間になっちゃうんで」
俺は息を吸ってからある言葉を言った。
これはこいつにしか聞かない言葉だ。
「今日の晩飯にピーマン入れてやる」
「それだけはやめて」
勢いよく起き上がり俺に土下座をしてこの店の店主的存在であるハルは起きた。
「ようこそお客様」
お客様が来るとこいつは人が変わったかのようにおしとやかではっきりとした口調になる。
いつもならダラダラしているのに。
「ようこそ眠りの棺へ私はハルです。そしてこちらの男がユキです」
ハルが俺に視線を向けてニコリと微笑む。
「後で覚えてろよ」と言いたげな顔をしているのが伝わってくる。
「先程は大変お見苦しい所を見せて申し訳ございません」
「だ、大丈夫です」
「では早速お仕事の話を致しましょうか」
この店は特殊な店だった。
あのぐーたらなハルがおじさんの仕事を継ぐと言った時は驚いた。
ハルには昔から誰かの負の感情を飲み込むことが出来た。
それは本人が気づかずに少しずつ彼女の性格を歪めていった。
明るかった性格は、内気にハツラツとしていた声は、小さくなった。
外に一切出なくなって彼女は完全に塞ぎ込んでしまった時期もあった。
その時にハルの祖父にあたる人がハルに自分と同じだと言った。
自分と同じ存在である人と出会えて彼女は心の底から救われたとハルの祖父の葬式の際に言った。
「私…一ヵ月前に彼と別れてそれをまだ引きずってて立ち直りたくて」
こういう依頼は聞いていてイライラする。
ただでさえこいつは負の感情を貰うっていうことを仕事にしているとはいえ、どうしてハルが仕事を終わった後に吐いたり泣いたりしないといけないんだ。
「分かりましたその依頼引き受けます」
「…!ありがとうございます!」
俺は眉間にシワが寄りそうになるが耐えてただボソリと「お人好し」と呟いた。
「いただきます」
ハルは彼女の頭に手を置いた。
その時に黒いモヤが現れてハルの体に吸い込まれていく。
これで依頼が完了した。
お客から報酬を受け取って今日の仕事は終わった。
客が帰ってからハルは膝から崩れ落ちた。
「気持ち悪…」
「吐いとく?」
俺は背中をさすってハルの顔を見る。
顔は青白い。
「大丈夫だから、私は、うっ」
「はいはいうるさい黙れ」
俺はハルを抱き上げてソファに座らせる。
「水持ってくるから待ってろ」
「私も行く」
「大人しくしてろって」
「寂しいからやだ」
捨てられた子犬みたいな目をして俺を見るハルを無視して水を取りに行く勇気は俺にはなかった。
このまま行ったらどこかに消えそうな気がして。
「頑張って歩け」
仕方なしで肩を貸して一緒に水を取りに行くことになった。
さっきより顔色は良くなってはいるものの表情は暗い。
「ごめん迷惑かけて…私、が引き受けたことなのにこんな情けなくて」
やめろよそんな申し訳なさそうにするの、俺はこんなの苦だって思わないから…だから頼むよ、そんな暗い顔しないでくれ。
いつもみたいに気だるい感じで笑ってくれよ。
「うるさい黙ってろ、迷惑ならもうお前なんか見捨ててる」
どうしても口が悪くなる。
もっと優しくなにか言えたらいいのに、大切だって思ってるのに。
「ありがとうね」
差し出した水をゆっくりと飲んでハルは一呼吸した。
「彼氏と別れたって感情飲み込むとね、恋したくないなーって思うわけよ」
「そう思うよな」
「でもね私反対にしてみたいとも思うの」
力なく笑ってハルは俺の方を見た。
「私ね人の感情なんかじゃなくて自分で感じで見たいの誰かを好きになって誰かと喧嘩して笑って泣いて…そういう感情を知りたいの」
まぁ無理なんだけどねとハルは寂しそうに言った。
「俺にしろよ」
「え?」
気がつけば口から出ていた言葉。
言うつもりのなかった言葉。
「俺はお前のこと大事だって思ってるよ。だから見捨てないだからずっとそばにいる」
「あ、え」
何を言っているか分からないと思っている様子のハル。
「気持ち悪いでしょ人の感情取り込む人って、直ぐに気持ち悪くなって吐くこともあるし…」
「気持ち悪いなんてあるかバカ、気持ち悪いならとっくの昔にお前から離れてるよ」
そうなんだ…と弱々しく呟いて俺を見る顔は少し明るく感じた。
君は眠り姫 赤猫 @akaneko3779
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