第4話 貴妃、馬脚を現す
「ええと……では、
戸惑ったような声と表情で、できないことを提案してくる
(いいえ、あれは
梨燦珠の
事態は一刻を争った。真犯人が怖気づいて名乗り出てからでは、遅いのだ。だから、仙娥は手近な
(どうして、上手く行かないの……!?)
何か言わなくては、と思うのに、口が動いてくれなかった。明婉は、さっさと出せ、と言わんばかりに、きらきらとした目で仙娥を見つめている。鶯佳もさすがに不審に思い始めたようだ。何か──何か、この場を切り抜ける理屈を、考えなければいけないのに。
「──
黙して語らない仙娥に飽いたように、
「意外とそれぞれ違いますよ、華麟様」
「まあ、そうなの?」
身を乗り出した華麟に応えて、星晶だけでなく、
「石の色も花弁の形も、まったく同じという訳にはいかないようです。──ほら、並べるとお分かりになりますでしょう」
ふたりの
「あら、本当。芳絶のは少し紫がかっているみたい……!」
「面白いわ。ほかの者も見せてくれないかしら」
話題が変わったのを喜ぶべきか、あるいはこれも何かの罠なのか、仙娥にはやはり分からなかった。無邪気に笑う鶯佳も、華麟の声に応じて次々に
(どうして皆、
色の濃淡だの、
「
「ええ、なので、どれが自分のものかは見ればすぐ分かります」
「混ぜてから当てる遊戯をしてみましょうか?」
今や明婉も興味津々で
『これは私の
最初は
(あり得ないわ……!)
仙娥が知らないことを、
「あれは、梨燦珠の
思わず零れた仙娥の声は、自分でも驚くほど硬く尖っていた。
「燦珠が、どうかしたの? ねえ、董貴妃。今、何か関係があって?」
明婉に問われて、仙娥は少しだけ笑った。ちゃんと説明して差し上げなければ、と思ったのだ。何も分かっていない小娘たちを、教え諭してやらなければ。この者たちが何を疑っていようと、的外れな邪推に過ぎないのだと。
「見分けがつく、などと言うのは
どれが自分の
仙娥の言葉は難しすぎたのか、明婉は首を傾げた。幼い仕草は、官吏を真似た
「燦珠が、そんなことを言ったの? いつ?」
「わたくしどもが、
鶯佳も、明婉に誘われたように同じ角度に首を傾けた。長公主に相槌を打つことしか頭にない子供でも、何かしらに思い至ってしまったらしい。考えなしの小娘が余計なことを言う前に、仙娥は椅子を蹴立てて立ち上がる。その勢いで、形良く積み上げられた焼き菓子が崩れるけれど、構ってなどいられない。
「あれは、姸玉の
「誰もそんなことは言っていませんわ。いったいどうなさったの?」
皿から転がり落ちかけた菓子を優雅に摘まんで、華麟が微笑む。違う、嘲る。仙娥の醜態を。怒りと屈辱に目の前が赤く染まる。
「謝貴妃! 貴女なの!? 貴女が長公主様に取り入って──」
「何の騒ぎだ」
菓子も茶器も薙ぎ払って華麟につかみかかろうとした時──低い男の声が響いた。後宮にはただひとりしかいないはずの、若く張りのある声の、主は。
「陛下──」
「まあ、お兄様!」
貴妃や
「
「貴妃たちが揃っているというからちょうど良いと思ったのだが。……明婉、その格好は何ごとだ?」
男装の上に派手な化粧の妹を見て、皇帝が問う。こんなところを見たら、厳しく叱るだろうと思っていたのに、口調は思いのほかに柔らかい。
「
「どういう筋書きだ……?」
「市井には、というか
もっともな疑問を口にする兄に、妹姫は楽しそうにくすくすと笑った。微かな衣擦れの音は、くるりと回って見せたのか、芝居の
(おふたりがこんなに近しいなんて)
十も年の離れた兄妹なのに。では──明婉は兄に何かしらを言いつけただろうか。そもそも、この御方も企みに加わっていたのか、何をどこまで気付いていたのか。何ひとつ分からないまま、仙娥は身を縮めてひれ伏すしかない。
「お兄様にもお見せしたかったですわ。それで、皆でお話していたのですけれど、董貴妃がおかしなことを言い出すものですから──」
わずかな空気の流れで、仙娥は皇帝の視線を浴びたことを知った。真綿で首を絞められたような息苦しさに、鼓動が早まり目が眩む。
(陛下に問われたらどうしよう。どう答えれば良いの……!?)
聡明な御方だから、下手な言い訳では誤魔化されまい。
「……ちょうど良いというのは、そなたらに伝えることがあったからだ。特に、董貴妃に」
皇帝は、明婉の告げ口について問い質すことはしなかった。けれど、その声は妹に見せた親しみの欠片もなくて、やはり仙娥の喉を締め上げる。これから告げられるのは判決なのだろうと、分かってしまうから。
「そなたの親族の答案を取り寄せたのだが──」
その後に何を言われたのか、仙娥にはもう分からなかった。
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