第3話 霜烈、打たれる
皇帝と
「なんでそうなるの!?」
彼女の頭の中で、納得と怒りと恐怖が同じ強さで渦巻いている。
(やっぱり! 絶対何か言い出すと思った!)
今回は、死ぬ、とはっきり言ってこそいないけれど、だからといって安心できない。ことは、科挙の不正に関する嫌疑なのだ。いったいどれほど厳しい罰がくだされるものか、分かったものではない。
「そなたが新しい
ほら、
「皇帝の量刑に口を挟むのは甚だしい僭越である。しかも、論点をずらして罪の在り処を誤魔化そうとは。どうせ打たれることはないと高を括っているのであろうが──」
「量刑に口を挟んでいるのは父上でしょう。ここは、私にお任せを」
平伏する霜烈に、興徳王の糾弾はいつまでも浴びせられそうだったけれど──皇帝の声が遮った。父君に対しては意外なほどの鋭い声音に、興徳王は驚いたように目を見開き、燦珠の胸には希望が灯る。皇帝が、彼女のほうをちらりと見た気がしたからなおのこと。でも──
「
皇帝の判決は、冷たく無常に響き渡った。
「そんな。どうしてですか!?」
「
燦珠と興徳王の声が重なり、皇帝の視線が、もう一度燦珠を撫でる。わずかに揺らいだその眼差しは、後ろめたさゆえだったのかどうか。それでも、
「己の職責に対する見事な覚悟かと。確かに罰せずに見過ごせることではございませぬ。──
皇帝が言い終えると、杖を携えた
「楊太監……!」
玉座の前の空間は、今や刑場になろうとしていた。腕を取られて引き起こされる霜烈の姿に悲鳴を上げるけれど、誰も聞いてくれそうにない。目の前で杖刑が行われると聞いて、妃嬪たちも平静を失っている。後列に下がろうと押し合う者、早々に失神した者、それに引きずられて倒れる者──狐に襲われた鶏小屋を思わせる騒ぎの中、当の霜烈だけが美しい微笑を保っていた。
「
霜烈の申し出に、宦官たちは軽く顔を顰めて顔を見合わせた後、小さく頷いた。
(防具になるような厚みじゃないわ、分かってるけど……!)
絹服一枚を着ているか否かで、傷や痛みはさほどは変わらないだろうとは、思う。でも、上衣を脱ぎ去った霜烈の姿は頼りなく見えて、燦珠の胸は締め付けられる。衆人環視の中で、そんな格好で跪かされ、両腕を別の宦官に固定される屈辱はどれほどのものだろう。
傍で見れば、宮衛の宦官が振り上げる杖は恐ろしいほど太くて。それが振り上げられて──
「燦珠、目を閉じていなさい。見るものではないわ」
硬い木が人の骨と肉を打つ、嫌な音が響いた瞬間に、燦珠の背中の生地がそっと引っ張られた。耳元に囁いてくれたのは、
(私のせい、だもの。目を逸らすなんて……!)
霜烈は、悲鳴も呻きも上げなかった。それでも、噛み締めた唇や、杖が背や腰や腿に打ちおろされる度に顎に力が入るのが見えるから、苦痛に耐えているのが分かる。美しい人は何をしても美しい、だなんて、普段だから言えることだ。いくら綺麗でも、痛みと屈辱に歪んだ顔なんて見るに
(私が、
秘華園の
盗んだ者が悪い、とか。背後にいたであろう仙娥のせいだ、なんて言えはしない。霜烈が来てくれなかったら、打たれているのは燦珠だったもしれないのだから。だから、果てしなく長い恐ろしい時間を、しっかりと見て、聞かなければ。それによって霜烈の苦痛を肩代わりなんてできないのを、分かっていても。
玉座の高みからは、興徳王の苛立ちの声が聞こえてくる。
「これで終わりにするつもりではなかろうな。科挙の不正に関わるのだぞ……!」
「無論」
父君に応じる皇帝の声が、依然として苦々しい苛立ちに満ちているようなのが、唯一の救いだった。皇帝にとっても進んで下した罰ではないのだと、信じることができる。何より、燦珠は自身の潔白を知っている。
「後宮の風紀を正す姿勢は見せました。これで、
興徳王が黙した後は、ひたすら恐ろしい杖刑の音だけが響いた。そしてその音がようやく止んだ時、霜烈はひとりでは立ち上がれない有り様だった。 駆け寄って助け起こしたかったけれど、燦珠には許されなかった。これから取り調べを受ける者が、勝手な動きをしてはいけないから──というか、足が震えて動くことができなかっただ。
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