第2話 燦珠、潔白を訴える
「わたくしの甥も、
(なんで!?)
眉を顰めた妃嬪たちの視線の先は、仙娥ではなく
(
《
皇帝の寵愛を一身に受ける香雪は、妬まれているのかもしれない。恐らくは
(言うだけ、逆効果になるのかもしれないけど!)
もう少し何とかならないのか、と。燦珠が皇帝に念を送るのを余所に、香雪は毅然と、背筋を正して立っていた。声も、微かに震えてはいても凛として、仙娥の嘘泣きよりもずっと聞きやすくて、よく響く。
「わたくしの願いも、董貴妃様と何も変わりございません。賜っております
「わ、私も──
声の通り方なら、
「
「違います……!」
この御方が、姫君と
「申し上げた通りでしょう。香雪と梨燦珠が不正に関わるはずはございませぬ。これ以上問い詰めるよりは、まずは印刷局と問題の真否の調査を行うべきです」
尊貴この上ない存在であるはずの皇帝でも、父への反抗は許されないものなのかどうか。興徳王の怒りの矛先は、今度は我が子に向けられた。
「
「ほかにどのようにして真実を明らかにするのですか!」
男の人同士の言い争いは、後宮ではまずありえないものだ。それが玉座の高みで、皇帝とその父君の間で繰り広げられているのだから、迂闊に見上げることもできない妃嬪たちは恐ろしげに首を竦めて身を寄せ合っている。
そんな中、直立して顔を上げている燦珠と香雪は、傲慢にも不遜にも見えるのだろう。興徳王は憤怒の表情で、玉座の高台から一段、足を下ろした。
「貴妃を
「え──」
だって、興徳王が燦珠だけを見つめてゆっくりと述べたのは、明らかな脅しだった。つまり、燦珠なら拷問しても角が立たないから存分にやる、それで自白が引き出せれば、真実を明らかにしたことになる、ということだ。
(何それ!)
あらかじめ控えさせていたのだろう、
たぶん、怯えた姿を見せて、許しを乞うのが賢いのだろう。涙の演技なら、仙娥よりずっと上手にできる自信がある。そうして、興徳王の怒りが緩むのを願うのだ。でも──燦珠にはできそうにない。
「それは私の
彼女にとっての事実を口にすれば、悪あがきと思われるのかもしれない。偽証しているとか、反省の色がないとか、悪印象を持たれるのかも。一方で、下手に出ればそれはそれで罪を認めたことになってしまうかもしれない。
どちらが良いか分からないなら、正しいと信じることを口にするだけ。
(殴られたら痛い……わよね? 傷は残るのかしら!? 踊れなくなるくらい……!?)
心の中は、不安と恐怖と緊張でいっぱいだけど。それでも表には出さないように。香雪を見習って、毅然としていなくては。そう決意して、燦珠が全身に力を込めた時──
「卑しい身が御前を汚すこと、まことに申し訳ございませぬ」
この場の緊張に似合わぬ涼やかな声が響いた。興徳王と対峙する燦珠には声の主の姿は見えないけれど、ひと言で場の空気を塗り替える美声と、一流の役者顔負けの間の取り方は聞き間違えようもない。事実、皇帝も彼を見下ろして顔を顰めた。
「そなたは呼んでいない、
「
美貌と
(興徳王様がいらっしゃるから……?)
厳格な方だということは、この短い間でも嫌というほど伝わってきた。霜烈なら、皇族の人柄もよく知っているのだろうし、さらに機嫌を悪くさせないように、という配慮なのだろうか。でも、頼りになると単純に喜ぶには、燦珠にも事態の重要さが分かってしまっている。
(董貴妃様の罠だと思う、けど……)
退場の機を見失って、床に伏した体勢で固まっている仙娥を責めても、たぶん意味はないだろう。ものすごく怪しいとは思うけれど、この方がやったという証拠がない。興徳王は、秘華園嫌いで頭に血が上っている部分もあるのだろうし。狡くて卑しい
燦珠の不安を余所に、霜烈は燦珠と香雪を通り過ぎて、玉座の真下に辿り着いた。同時に、他者の異論も疑問も封じるように、美しい声が滑らかに淀みなく響き渡る。
「
述べてから、霜烈はそれは美しい所作でしなくて良いはずの平伏をした。額は
そして、霜烈は晴れ晴れとした声で燦珠の予感を裏付けた。
「ですので、何よりもまずこの身に罰を下してくださいますようお願い申し上げます」
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