第2話 華麟、もの申す
「あの子、
「《
「この前は鳳凰を演じたのにまだ不満なの?」
「ちょうど長公主様が通りかかるのを見計らって舞っていたんですって」
「上手くやったものね」
こちらに話しかけているのではないけれど、絶対に聞こえるという絶妙な声量の加減だった。はっきり言って、その技量は舞台の上で発揮すれば良いと思う。こんな陰口めいたことでは、なくて。
(そうじゃないのに……!)
いつもの燦珠なら、直接言われたのでなくても食ってかかっていたかもしれない。でも、今はできなかった。《
(
霜烈が、後宮と
(態度で示してれば、離れていても分かるはずだもんね!)
すべての言動が、秘華園の平穏のためになるように。無事に祝宴を歌舞によって寿ぐために。燦珠は改めて固く決意した。
* * *
その部屋に入った瞬間、
「災難だったわね、燦珠? そなたに限らず、秘華園が、かもしれないけれど」
「
室内にいたのは、謝貴妃
(うーん……大事になっているわね……)
なので、四人の貴妃はそれぞれ抱える
貴人に見せる以上は、練習着ではなく衣装も
「わたくしは、星晶の演じる姿を見られるなら何でも良いから構わないわ。それに、これは長公主様と陛下のせいでしょう」
「そ、そうでしょうか……」
明らかに華奢な長公主に星晶の
「陛下のせい、と仰いますと……?」
香雪も、愛する御方のせい、と言われて気になったらしい。不安そうな視線を受けて、華麟は軽く肩を竦めた。
貴妃たちの前に出された菓子は、
「親の言いつけでの結婚なんて、嫌がるも何もないでしょう? そういうもの、だもの。陛下は、妹君に過保護過ぎるのではないかしら」
「華麟様は、長公主様を応援なさるかと思っていました。身分違いの秘めた恋、なんてお好みでは?」
すでに
「あら、どこでどうやってそんな相手と巡り合うというの? 《
燦珠も
(謝貴妃様、ご機嫌斜めなのかしら? 星晶が演じるのに……?)
華麟はまだ何か言いたげに見えた。
「長公主様が何をお考えかはともかく。父君に逆らうために、安易に
「
しみじみと、労わりのこもった相槌を受けて、華麟は大きく頷いた。
「そう! わたくし、もう少しで文宗様の後宮に入るかもしれなかったのよ」
「え? でも、文宗様って──」
先帝が
(謝貴妃様とは、おじいちゃんと孫くらいの年の差じゃ……!?)
衣装を纏う手を止めて、
「皇帝陛下がお幾つであろうと、後宮が枯れていては見栄えが悪いじゃない。文宗様ならお話も合うでしょうし、可愛がっていただける自信があったし、星晶がいてくれるなら別に良かったのだけど」
先帝を、ただの
「でも──お話だけなら、皇子がたとの縁談も上がっていたもの。今となっては恐ろしいわ……!」
嘆息混じりの呟きの意味が、燦珠にはやはり分からない。けれど、ほかの三人にとっては違うようだった。星晶は痛ましげな面持ちで深く頷き、喜燕は眉を寄せて怯えのような表情を見せている。
(皇子様がたって……楊太監のお兄さんたちのこと?)
今の皇帝が即位した以上は、その方たちも亡くなっているのだろう。親に先立つ若さだったのだろうから、悲劇ではあるのだろうけれど。でも、それだけではないようだった。
「燦珠は知らないのね。……大声で言うことでもないけれど、この先配慮が必要なこともあるでしょうから、教えておきましょう」
きょろきょろと視線を彷徨わせる燦珠に声を掛けてくれた香雪もまた、ひどく悲しそうな顔をしていた。その理由は──すぐに分かった。
文宗帝の第一皇子、そもそも皇太子であった方は、最愛の
次いで皇太子になった第二皇子は、下にふたりいた弟たちをひどく警戒したらしい。
第三皇子は、父と兄を呪った──それによって帝位を狙った疑いをかけられて、自死を選んだ。断罪される屈辱を拒んだということでもあるし、兄の例を見ていたから妻子を守るためでもあっただろう。
第四皇子は、病死。けれどもちろん、実際はどうだったかは分からない。
「二皇子殿下は、お妃や御子さまがたともども流行り病で亡くなったの。まるで
華麟はそんな、
(いや、
生きている人間のほうが。血を分けた兄弟でさえ陥れ、殺し合う様が。そこまでさせてしまう、帝位という輝かしい座の力が。
(ああ……だから、謝貴妃様は……亡くなった皇太后様も、もしかしたら文宗様だって?)
現実の恐ろしさを知っているからこそ、
「──父君と兄君がご健在なうちに
「と、言いますと……」
言葉を失う衝撃から立ち直って、燦珠はようやく声を出せた。正直言って聞きたくはなかったけれど、華麟が吐き出したがっているような気がしたから。
「
だから、明婉長公主は幸運であって、大人しく嫁ぐべきである、と。華麟はそう言いたいようだった。確かに、より悲惨な運命を辿った姫君たちは多かったのだろうけれど。
(でも、私は……願って、動いたら思い通りになったわ……?)
もちろん、姫君の縁談と、市井の小娘が舞い踊るのとでは話はまったく違うけれど。燦珠が華麟に言うのは筋違いというものだろうし──
「燦珠、早く」
「う、うん……!」
と、喜燕に
ほかの殿舎の貴妃や
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