第3話 燦珠、競演する
(やっぱり大事になってるかも……)
今さら多少の人数に怯んだりはしないけれど、今日の席は、殿舎間の競争の意味を帯びてしまっている気配がある。長公主に気に入られれば名誉だし、あわよくば妹君を通じて皇帝に近づけたら、という熱気が少し怖い。
「緊張しているの、燦珠?」
「わ!?」
と、耳元に甘く囁かれて、燦珠は跳ねた。慌てて見上げれば、
すらりとした長身に、色鮮やかな刺繍が彩る
(そうだ、この人たちの演技を見られるのは幸運よね……!)
主ぐるみで仲良くしている
「ええと、少しだけ……でも、頑張ります!」
「良い子だね。
よしよし、とでも言うように芳絶に頭を撫でられて、頬が熱くなるのを感じながら、燦珠は首を傾げた。頭にしっかりと固定した
「あの、楊太監が、何か?」
「いや──彼も観たかっただろうと思っただけだよ。ああ、始まるようだ」
芳絶が苦笑した理由も、聞きたかったけれど──確かに、話をしている場合ではなかったようだ。客席のほうから、
「長公主様は、
貴人の前に出るために、隼瓊も今日は女姿で
(絶対に、とっても格好良いんだから……!)
燦珠の確信を裏付けるように、明婉が答えるまでには数秒の間が空いた。きっと、隼瓊に見蕩れていたのだろう。
「え、ええ。楽しみです」
「恐れ入ります。──では、まずは
隼瓊の声に応えて、
「《
仙娥の紹介の間に、姸玉は幾つかの
(この子は
聞き惚れながらも燦珠が決意したのと同時、明婉は花の蕾が綻ぶような可憐な溜息を零した。
「
「ご明察でございます。貴妃として、後宮に喧伝すべき心得と存じましたので」
明婉は、姸玉の
(さすが、天子様の妹君でいらっしゃるのね。董貴妃様も、真面目な方!)
演目の選び方に人柄を感じて、燦珠が感心するうちに、隼瓊は次の演者の名を呼んだ。
「次は、
「行ってくるね、燦珠」
燦珠が目を見開く横を、星晶と芳絶が通り過ぎていった。そして、ふたりと入れ違いに袖に戻ってきた姸玉は、満足の行く演技だったのだろう、燦珠に得意げな笑みを見せて楽屋に入っていった。同時に、凛々しい対の登場に客席からは歓声が上がって──どこも慌ただしくて、目と耳がいくつあっても足りそうにない。
「わたくしの星晶が演じるのは
「芳絶は、
いつも通りに淀みなく、愛と情熱をこめて星晶を紹介した
(星晶が李潤で芳絶さんが虞松雅……!?)
「李潤の夫人は確かに
「史書には記されていないかと存じます。
「そうなのですか……!」
首を傾げた明婉に華麟が解説した通り、星晶たちが演じるのは、後に夫婦になる李潤と虞松雅が戦場で初めて相まみえる場面に違いない。最初は敵同士だったふたりは、剣を交えるうちに惹かれ合い、共に戦うようになるのだ。
(すごい迫力、本当に戦っているみたい……!)
身体ごと回転する遠心力を乗せた芳絶の
(いつの間に練習したの!?)
「最後に、
「とても朗らかな娘です。演じるのは市井の娘の役どころですので、長公主様には馴染みがないかもしれませんが。それでも愛らしさを楽しんでいただけると存じます」
香雪が言い終えるか否かのうちに、燦珠は袖から舞台へと跳び出していた。星晶と芳絶のすさまじい
貴婦人の役は銀花殿の姸玉と被るだろうし、恋の歌は、縁談を嫌がっているかもしれない明婉に聞かせるには相応しくない。──それなら、最初の試験で皇帝に披露したように、庶民の生活を描いてみよう。
燦珠の唇が、明るい
泛舟采菱叶 船を浮かべて行きましょう
过摘芙蓉花 蓮の実取りに、芙蓉を摘みに
扣楫命童侣 櫂を叩いて歌いましょう
齐声采蓮歌 声を合わせて蓮の実取りの歌を
《
東湖扶菰童 東に行ったら
西湖采菱芰 西に行ったら蓮の実採って
不持歌作乐 楽しく唱って忘れましょう
为持解愁思 務めの疲れも苦しみも
今日の燦珠の衣装は、青と碧。くるくると回って
(──どう、でしょうか!?)
唄い終えて
* * *
《采蓮童》は「楽府詩集」からの引用です。(意)訳は自作です。
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