第2話 貴妃、祝宴を待ちわびる
牡丹の花精の舞を終えて、
「燦珠、
「はい、ぜひ!」
「ありがとうございます、
仕える
「とても、華やかな舞だったわ。みんな息が合っていて──さぞ練習したのでしょう」
香雪の意を受けた侍女たちが素早く動いて、燦珠と喜燕のために席を設けてくれる。宝玉を思わせる艶の青磁の茶器に、並べられる菓子も彩りの美しい精緻なものばかり。さらに、最高の
最高の特等席──といっても、ここは劇場ではない。正確を期すなら舞台も客席の区別も、実はない。
「それはもう。とても、光栄な機会ですから……!」
「陛下に喜んでいただけるよう、
燦珠が大きく頷き、喜燕が真剣な面持ちで述べるのにも十分な理由がある。今回の公演は、科挙の合格者を招いた宴の席で上演するためのもの。皇帝の御代の繁栄を願い、集った才子を
科挙とは、通常は三年に一度行われるものだそうだ。けれど、昨年は皇帝の即位という慶事があったため、特別に広く人材の募集を行ったらしい。皇帝としては記念すべき最初の科挙になる訳だし、新たな御代のために尽力したいという忠臣が現れるのを期待しているという。その大事な機会に際して後宮の
そういう背景があるから、今日の
「わたくしは、公主役は燦珠にやって欲しかったのだけれど。でも、
「陛下へのお祝いになるのはもちろん、僭越ではありますけれど、わたくしにとってもとても大事な日になるはずですもの。誠心誠意、相応しい
銀花殿の貴妃、
(大人だ……!)
傍で聞いていた燦珠は、黒胡麻の薫り高い
とにかく──甘い生地を呑み込みながら窺った感じだと、董貴妃仙娥は、この場にいる四人の貴妃の中では一番年長だと思う。といっても、二十歳を幾つも超えていないだろうけれど。
(ううん、謝貴妃様が姫君っぽくない訳じゃなくて、何ていうか淑やかさというか落ち着きというか)
燦珠が言い訳めいた考えを巡らせる間に、香雪と仙娥は会話を弾ませる。やはりというか、性格が相通じるところがあるのかもしれない。
「董貴妃様は、ご親族が今回の科挙に臨まれていると伺いましたわ」
「ええ、兄の子──甥です。
「わたくしは、血縁がある方ではなく、父の教え子なのですが。
目の前の舞台では、皇帝役の
ふたりとも、練習を重ねてさすがに台詞回しに淀みはない。星晶の立ち居振る舞いは凛々しい中にも雅さがあって、いかにも才子らしい。そして芳絶は、若い才を愛でる眼差しに度量の大きさを感じさせる演技だ。あと、なぜか色気を感じて心臓がどきどきする。見てはいけないものを見ているようで、落ち着かなくなってしまう。
(……距離が近い訳でもないんだけどなあ……?)
ふたりとも、もちろん男装していて、役どころに沿った演技をしているはずなのに、どうして色気を感じるのだろう。星晶の演技は、いつもはどこまでも清らかで爽やかだから、たぶん芳絶が理由だと思うのだけど。台詞の内容もまったく艶めいたものはないのに、どうして色気を感じるのか不思議でならない。
(なんでだろ、春なのに暑い)
なぜか
華麟は当然のように星晶に夢中になっているから、主にやり取りをしているのは仙娥と香雪のようだった。科挙の受験者が身近にいる者同士、話が弾んでいるらしい。
「
「ええ、本当に。
「甥も、沈貴妃様のお身内も、共に陛下にお仕えできると良いですわね」
各地で行われる
(香雪様も、董貴妃様も、身内の方々がすごいんだ)
合格者本人だけでなく、一族揃っての栄達が約束される試験だけに、競争率は気が遠くなるほどだとか。何十年かかっても合格できない者もいるというし、どうやら若くして及第を視野に入れているらしい貴妃の縁者たちは、相当の才子ではないかと思う。それこそ、《
(じゃあ、貴妃様たちのためにも頑張らないとね……!)
もうひとつ、祝宴を成功させなければならない理由に気付いて、燦珠は拳を強く握った。
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