第3話 仙狐、酒宴を賑わす
闇に沈み始めた
歌舞に備えて着飾っていると思しき
宮殿の内側は春の夜の酒宴に華やいでいるのだろうけれど、門の外においては例によって無言の掟が支配している。そのために、誰もが視線や指先の仕草だけでやり取りして道を譲り合うのが、異様と言えば異様だった。
それにしても──と、燦珠はしみじみと思う。燃える
舞った時に揺れるように、髪は一部を結い上げてあとは背に流している。足りない長さは、付け毛で補って。いつもはすっきりと晒している
好んで青や緑を纏う普段の印象を覆すために、あえて華やかな紅色の
咲き誇る花というよりは、
(
一抹の悔しさも覚えるけれど、何よりもまず頼もしく思うべきだろう。
だって、
女の好みは人によって違うにしても、これを無視できる男なんて男じゃないだろう。
(上手くやれば、大丈夫……!)
内心の緊張など表にはちらりとも見せないように。あくまでも、優雅にゆったりと微笑みながら。燦珠たちは
後宮の中にいる時点で不審な者はいないということになっているからか、あるいは客が多すぎて面倒になったのか。皇帝の寝殿に参じた時と比べれば身体検査はあってもないに等しいていどのものだった。そもそも、燦珠たちは陽春皇子を害するために来たのではなく、暗器を隠し持っている訳でもないのだし。
──という訳で、三人は見咎められることもなく殿舎の奥に通された。宴の喧騒や料理の香りが伝わってくる小部屋が、形ばかりとはいえ最後の関門に当たるようだった。
「そなたたちは? どなたの
連日の宴にはさすがに
「
星晶は、華麟や隼瓊と
(すごいわ、声もいつもと違うじゃない……!)
なお、
つまりは、とりあえず
「そう。
事実、
(わ……!)
耳を刺す
聞いているだけで胸が騒ぎ血が熱くなるような華やかな楽──さらに、舞い踊る
(何の演目だろ。武戯じゃない……?)
武器を舞わせる
舞姫が身体に迫る白刃を紙一重で
「《
「喜燕、知ってるの?」
隣に控えていた喜燕の呟きを拾って、燦珠は首を傾げた。すると彼女は、舞い踊る
「趙貴妃様の──
「ああ、なるほど。道理で知らないと思った……!」
《
まして、
(狐の役だから毛皮なのね。尻尾を現わしているのかも……? で、正体を見せたところで捕まえようとしているところなのね?)
「……殿方って、こういうのが好きなのかしら……」
「どうだろう……本来は、皇太后様のために賑やかなのを、だったはずなんだけど」
「趙貴妃様のご趣味でもあるよね。派手というか、華やかというか」
「うん、まあね。見るほうも分かりやすいだろうしね」
星晶は
(でも、主がどうでも、見事な舞であることには違いないわ)
目の前で繰り広げられる絹と剣と槍の乱舞は、女が見ても惹き込まれるし見ごたえがある。今宵は休んでいるという老齢の皇太后だって、きっと若返る心地だっただろう。
それは間違いがないけれど──だからこそ、不安が募る。
燦珠と喜燕の頬が強張りかけた時──星晶が、明るく言った。彼女の笑顔も一点の曇りもなくて、宴席の華やぎよりも眩しく、燦珠たちの心を晴らしてくれるかのようだ。
「──でも、
「星晶、何を踊るつもりなの?」
(派手なのじゃなく、趣向を変えて、ってことよね……?)
意図は分かっても、こうも自信と余裕たっぷりにしていられるのには、どんな秘策があるのだろう。燦珠と喜燕の疑問と期待にはすぐに答えず、星晶は上座で酒杯を傾ける陽春皇子をちらりと睨んだ。
「飲み過ぎは良くないって、教えて差し上げようかな、って」
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