第2話 華麟、断固拒否?
もちろん、常ならばそんな非礼を犯す者はいないだろうけど、今は場合が場合だった。
幸いにして華麟はすでに身支度を整えていたし、来客の予定もなかったということで、貴妃との面会自体はすぐに叶った。けれど、愛しの星晶と会えて顔を輝かせたのも一瞬のこと、用件を聞いた華麟は、すぐにふいとそっぽを向いて言い放った。
「絶対に嫌よ。そんなことは許さないわ!」
たっぷりとした袖の
つまりは、自身を
(やっぱり、星晶が心配でいらっしゃるのね……?)
若い
「ご心中は重々お察し申し上げます。ですが、ことは国の大事でございます。皇族の
隼瓊が理と利の両輪で攻めても、華麟が首を縦に振る気配はなく、寄せられた眉が解けることもなかった。
「その考え自体は反対しないわ、もちろん。何なら謝家の抱えの
喜燕が息を吸ったのは、華麟の頑なさを前にして、ではやはり自分が、と言おうとしたのだろうか。でも、彼女が口を開くより早く、星晶が静かに主を見据えて、首を傾げる。
「燦珠に頼まれたからでも、隼瓊
そういえば、この主従はいつもは並んで座っていたものだ。燦珠を
でも、今日に限っては星晶は主の華麟に対峙する位置にいる。星晶は、今は華麟の
星晶の顔を正面から見ることの意味に気付いたのか、華麟の満開の牡丹のような麗貌が悲しげに萎れる。
「……星晶のおねだりは、とても珍しいもの。叶えてあげたいとは思うけれど。でも、わたくしの気持ちも分かってちょうだい」
「はい。私を案じてくださっているのは承知しております。ですが……それなら、私の身体だけでなく心も慮ってはくださいませんでしょうか」
どういう意味だろう、と。恐らくその場の全員が同時に考えた時には、もう星晶の
涼しげな眼差しで華麟の目を覗き込みながら、滑らかに語る彼女は、きっとこうなることを予想して台詞を考えてきていたのだ。聞き入らずにはいられない声の調子や絶妙な緩急も、計算の上で。
「舞台で勇将や忠臣や
「……ええ、そうよ。わたくしの星晶は、いつも格好良くて素敵なのよ……」
名前の通りに水晶を触れ合わせるような玲瓏たる声で、煌めく星のような眼差しで。切々と語りかけられたら、うっとりとして頷くしかできないだろう。まさに、今の華麟のように。狙った答えを引き出したことに安堵してか、星晶の口の端が少しだけ持ち上がった。
「翻って、舞台を降りた私は無力な小娘に過ぎません。大悪に目を伏せるしかできませんし、今も危険な役目から庇っていただきました。まして同輩の
星晶の指摘に、燦珠は目を見開いたし華麟は小さく喘いで立ち上がった。
「違うわ! 違うの、星晶。わたくし、そんなつもりじゃ……!」
必死に首を振りながら訴える主を、星晶も立ち上がってそっと腕の中に迎えた。握った白い小さな拳に胸を叩かれても微笑んで。拳に込められた言葉にならない思いを、分かっている、というかのように頷いて受け止めて。
「私は、常に華麟様が愛してくださるに足る私でありたいのです。自らが演じる役柄、唄った
《
それはきっと、芸を美や家門や位階に置き換えても同じこと。貴妃たる華麟も、もはや否定することはできないはずだ。星晶に、こうまで言われては。
星晶の胸に縋り、顔を伏せることしばし──やがて華麟は、俯いたままで震える声を絞り出した。
「……そんなことを言われては、もう駄目なんて言えないじゃない……!」
「華麟様。では──」
星晶が声を弾ませると、華麟はゆっくりと面を上げた。恥じらいに目元と頬を染めた微笑は可憐そのもので、翳りはもはや見えなかった。
「わたくしだって、星晶に相応しい主でありたいわ。星晶はとても格好良いのだもの。徳高くあれというなら、わたくしだってそうなのよ……!」
それこそ
「むろん、星晶をひとりで
華麟を安心させようとするかのように、隼瓊が力強く言い添えた。それに乗じて、燦珠はすかさず手を挙げる。
「あ、それなら私が……! 後宮では侍女や
「私も行きます。これ以上、この件を知る者は増えないほうが良いと思いますし、星晶の
喜燕が述べた理由については、いずれも燦珠もまったく同感だった。たぶん華麟も、なのだろう。燦珠と喜燕は、冗談交じりの嫉妬が混ざった目で軽く睨まれた。星晶と
「まあ、ずいぶん見た目も立ち居振る舞いも綺麗な侍女もいたものね? ……良いわ、
星晶と並んで心配してもらえる光栄に、燦珠と喜燕は顔を見合わせて微笑んだ。答える声が、自然と重なる。
「ありがとうございます──はい、必ず!」
「必ず良い報せを持ち帰るようにいたします」
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