第8話 皇帝、一筋の希望
つくづく彼の意表を突く娘だ、と思う。無理難題のはずの出題をあっさり乗り越えた時も、不正で衣装を損なわれたはずなのに、即興で見事な舞を披露した時も。
今も、そうだ。
(あの者が、何だというのだ……?)
それどころか、彼女の真意を量りかねながらも、つい、素直に答えてしまうくらいだった。
「……そうだ。母譲りの芝居の才があったゆえに、旅の一座に身を潜めていたと主張している」
「例えば、
物怖じせず彼を見上げ、はっきりと──いっそ問い質す勢いで直言するこの娘を、彼は先ほど
なのに、舞い終わってみれば、燦珠という娘は
「主要な都市の名は挙げていたはずだ。だが、詳細を問い詰めようとすると幼かったがゆえに記憶が曖昧で、の一点張りでな……」
埒があかない、陽春皇子を名乗る詐欺師への取り調べの次第を思い出して、翔雲は酒杯を苦々しく干した。
奴の供述は、まことに都合が良いものだった。
後宮の庭園や建物や折々の行事について、やけに具体的な思い出を語ったかと思えば、世話をされていた侍女の名や容姿についてはろくに覚えていないと言い出す。一方で、十歳かそこらで別れたはずの父
(
皇族が後ろで糸を操っているなら、後宮についての大まかな知識を授けることは難しくない。
そして、詐欺師めを問い詰めるには早急に片をつけなければならない、ということでもある。今や、皇太后付きの侍女や古参の
翔雲にはそのようなつもりは
(せめて
儘ならなさに苛立ちが募るからと、
「私の父は、国一番の
娘のほうも、勢い込んでか平伏した姿勢から背伸びするような格好になっているから、思いのほかに、顔が近い。とはいえ、若い娘と顔を突き合わせる不躾さよりも、思わぬ情報を得た興奮が勝った。
「それができるならば心強い。だが、それでは奴の言葉を証明してやるだけではないか? 事実、役者であったと──身を
「貴い方々はご存じないかもしれないですけど、まったく身元の分からない子を弟子に迎えることは、あまりないんです。顔が綺麗なら良いというものじゃなくて、身体つきとか喉の具合とか気性とか、成長したらどうなるかの見極めが大事だから。攫ったり買ったりするのは割に合いません」
娘が訴えるのは、確かに皇族に生まれついた身には縁のないことだった。調査にあたる官吏たちにとっても恐らくは同様だろう。
ゆえに、今回の件とどのように繋がるかが判じ難くて、翔雲は眉を寄せた。すると、
「だから──弟子を取る時には、親と証文を交わすんです。衣食住の保証と引き換えに、遊び歩かないとか、舞台に上がった時のご祝儀の分け方とか! こんなことに関わるなら、たぶん修行を放り出して出奔したと思うんですけど、もしも証文が残っていれば、家族まで辿れるかも……!」
……つまりは、後宮を逃れた皇子などという存在が、役者の弟子に転がり込むことは考えづらい、ということのようだ。
たとえ偽でも身元や親役を用意しなければならないのなら、手配をした者から欺瞞を暴くこともできる、だろうか。
(いや、違うな。奴は皇子ではないのだから。父も母もいる、庶民の子に過ぎぬはず。役者の弟子に入った時にはこのような事態になるとは想像もしていなかったと、考えて良いのか……?)
と、翔雲の思考を補強するかのように、男装したほうの
「私は、
「
そうだ、瑞海王とて先帝の皇子をすべて始末するほど野心を燃やしていた訳ではあるまい。傍系の翔雲が帝位を得て、かつ後宮と秘華園の反感を買っていた。そこに、利用できる亡き皇子の名を思い出して企んだと考えるのが自然だろう。
ならば、
「消されていなければ、ではあるが……探る価値はあるな」
この十五年というもの、愛し子の死を認めらない皇太后は、たびたび庭園を捜索させていたというから。今、この時になって遺体が見つかったなど、余人に対しても信憑性のある話には聞こえないだろう。
(確たる証拠さえあれば……たとえ
広い
「あの、ですが、
「そうだな。
とはいえ、香雪が不安げに述べたのも、もっともではあった。彼女を
「でしたら、私にやらせてくださいませんか!?」
そこに響いた
化粧によってくっきりと強調された眼差しは、いつも以上に力強い。女で、役者に過ぎぬ癖に堂々として誇らしげで──なぜか、頼もしいとさえ、思ってしまう。
「あの人は毎晩のように
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