第4話 燦珠、心乱れて
秘華園はどこも塵ひとつなく磨き上げられているから、床に手足をつける所作も躊躇わずにできて気分が良い。
格好は、三人ともが
ただ、燦珠は薄桃、喜燕は
「喜燕が
「そう。私のほうが少し背が高いでしょ。あと、
「双剣舞か……うん、似合うと思う」
「ありがとう!」
向かい合い、脚を左右に開いて
最初の出会いこそ剣呑なものだったけれど、場合が場合だったから仕方ない。
ふたりの傍らで、燦珠は前後に脚を開く
「
話題になっているのは、《
遥かな距離に隔てられたふたりが、空を仰ぎ見ては愛する人も同じ月を見ているのかと交互に唄っては舞う──それを演じようと決めたのは、
『
次にお召しがあった時のために、と控えめに乞われて、
成り行きで喜燕を香雪付きの
香雪はさらりと喜燕を受け入れて得意を聞いていたし、喜燕は喜燕で新しい主人のためにと張り切っているように見える。これもまた、嬉しい変化だった。
(そう……そこは良かったんだけど……)
燦珠たちの演技を、香雪は褒めてくださるはずだ。
先日の《
偉そうなことを言った燦珠を咎めなかったのは、多少なりとも
(敵を
喜燕と《
全力を尽くしての演技が気に入ってもらえなかったとしても、未熟を恥じてさらに研鑽を積めば良いだけのこと。今の段階で不安になるのは、喉も手足も委縮させてしまうだけだ。
そんなことは分かっているから──だから、心臓が嫌な鼓動を刻んで落ち着かないのは、皇帝の御前での演技を思って緊張しているからだけではない。和やかに笑い合う喜燕と星晶が、時おり言葉を途切れさせては真剣な面持ちをするのも、同じ理由ではないだろうか。
「私も頑張らないとな。華麟様のために……」
「謝貴妃様も……その、塞いでいらっしゃるの? 星晶がいても?」
ほら、まただ。ふと呟いた星晶の声が思いのほかに翳っていたからだろう、喜燕が心配げに声を掛けた。
「変わらず褒めて、笑ってくださるよ。でも、私に気を遣われている節を感じてしまってね。……これでは
寂しげに笑った後、星晶は息を吐き──
着地した瞬間に、足のばねを使って
「燦珠には言いたいこともあるだろうけれどね。私は、秘華園の
「そんなこと言う男は私が張り倒すわ。っていうか、謝貴妃様が張り倒すわね!」
言いながら、燦珠は
高く跳んで──ぴたりと着地してから、燦珠は星晶の顔をそっと見上げた。
「この前、
だから、何も華麟や星晶を批判するつもりではなかったのだ。何しろ秘華園の倣いは旧いというし、
芸に対する褒美でないなら受け取れない、なんて言ってはいられないのだろうとは想像に容易い。
燦珠の言葉は、慰めなり言い訳なりになっていたのかどうか。星晶は彼女を見下ろすと、少しだけ笑みを深めてくれた。
「仮に嫁げたとして、侍女なりとして華麟様のためにできることは限りがあるしね。皇族方の前で演じて、褒章を得て、謝家の繁栄に貢献する──身体ひとつでこれほどのことができる者は、男でも多くないだろう」
「星晶は、素敵だよ。
いつの間にか、喜燕も立ち上がっていた。かつての喜燕の主家にとっては、きっと謝家の星晶は競争相手だった。それでも、凛々しい
「ありがとう。……だから、より多くを望むのは分不相応だと、思うのだけれどね……」
微笑んで応じながら、それでも星晶の目を翳らせる憂いは晴れない。言い淀んだ彼女が何を言えないでいるのか──燦珠と喜燕にも察しがつくから、かける言葉も見つからない。
(
観客がいなくては、芝居にならないというのに。
今の後宮の観客たちは、それぞれに儘ならない悩みや憂いを抱えている。それを解決しないことには芝居も色あせるというもので──けれど一方で、
「どうした、若い娘が揃っているというのに静かなことではないか」
と、低く柔らかな声が不意に響いて、娘三人は瞬時に居住まいを正した。
「
練習場の入り口に立つのは、今日も男装が麗しい隼瓊だった。
「
隼瓊の後ろに、影のように寄り添っていたのは、楊
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます