第2話 霜烈、深まる謎
「永陽殿には、今は良い
燦珠はいったん
ひとりで戻れるか甚だ不安だったけれど、そこはさっそく
「まあ、それで早速……?」
「はい。なのでお許しをいただければ、と思いまして」
でも、香雪が燦珠にも席と茶菓子を用意してくれたのは、
これは、この方がとても優しくて身分低いものにも分け隔てがないからだ。
(一緒にお茶にしたら良いのに)
彼も話に参加しているのだから、立っていられるとこちらは居心地が悪いのに。跪いていないだけまだマシなのかもしれないけれど。
この場の主導権を握るのは、華やかに装った香雪ではなく、黒一色に影のように装った霜烈のほうだ。話を聞き終えた香雪は、縋るような眼差しで霜烈へ軽く身体を傾けている。
「謝貴妃様は、確かに試験の時も燦珠の味方をしてくださっていましたわ」
燦珠と同じく、香雪もこの話を受けて良いか判断できないのだ。
(良いって、言ってくれますように……!)
あの男装の麗人──星晶の、願ってもない誘いに一も二もなく頷かなかったことは、褒めて欲しいと思う。
たとえ後宮の偉いお妃に何らかの思惑があるのだとしても、燦珠としては踊れるならそれで良い。相手役がいるのも初めてなら、女同士で演じるのも初めてだから、是非ともやってみたい。
でも、それは彼女の願いでしかない。
香雪のお抱えという名目で
「星晶は、貴妃様は良い方だって……」
「まあ、当然そう言うであろうな。主なのだから」
おずおずとつけ加えてみたけれど、霜烈にあっさりとばっさりと斬り捨てられてしまった。けれど、しばし考えるような素振りを見せた後、彼は香雪に向けてふわりと微笑んだ。
「とはいえ、永陽殿の御方は、純粋な
「
霜烈は、さらりと燦珠を名手、だなんて呼んでくれた。しかも、この言い方はとても期待ができそうだ。香雪も、安堵したように柔らかな笑みをほころばせている。
「では、お引き受けしましょう。燦珠の舞はとても素敵でしたから。認めてくださったのはわたくしにとっても誇らしいことです。……あの、名ばかりの主なのに図々しいのですけれど」
「いいえ! 香雪様がいなければ私は
嬉しい方向に流れが傾いた興奮のまま、燦珠は拳を握って明るい声を上げた。
皇帝の
(しかも人のためになるって言うし……!)
燦珠が上手く演じれば演じるだけ、香雪の後宮での地位も確かなものになるのだろう。か弱い佳人のために、だなんて。それこそ
「相手がいれば、この者の舞はいっそう際立つことでしょう。
「
感激したように目元を抑える香雪に、霜烈は恭しく拱手して目を伏せた。
「後宮の安寧は、我ら宦官も求めるところでございます。卑しい者の保身に過ぎませぬ」
それはまあ、妃同士が争ったり虐められる御方が出てきたりするよりは、勢力が拮抗しているほうが良いのかもしれない。だから弱いところに加勢する、と──もっともらしくは、あるけれど。
(相手に合わせて調子の良いことを言うのね、この人)
試験の後の一幕を思い出すと、燦珠が霜烈を見る目は少々皮肉っぽいものになる。
燦珠をまんまと乗せた口の上手さを思うと、香雪に対してもどこまで本気か知れたものではない。だから、すこし揺さぶってみたくて、なるべくさりげなく、告げる。
「あ、あとね。
秘華園を辞する時に、あの艶やかな琥珀の美しさを持つ人が言っていたのだ。
このふたりに繋がりがあるのは、よく考えればそれほど驚くべきことではない。試験の後、燦珠と霜烈がふたりきりで話せたこと。宋
(でも、どういう知り合いなの!?)
いつも涼しげな顔をしているこの男を少しは
「……そうか」
けれど、霜烈が固まったように見えたのも一瞬のこと。すぐに冷静に頷かれてしまったからつまらない。思わず、燦珠は唇を尖らせた。
「ねえ……宦官は舞台に立たないの?
彼女の感覚では、背が高くて顔と声が良い者が役者でないのはものすごく惜しいのだ。
秘華園は女の役者のためのものとは言うけれど、宦官は男でも女でもないのだから良いのではないかと思ってしまう。だからつい、食い下がってしまうのだけれど──
「
すかさず口を挟んだのは、段
「宦官に
「ふーん……」
そして、霜烈は確かに
(またはぐらかしたわね……)
霜烈の澄ました顔を半眼で睨めつけながら、燦珠はとろりとした
隠し事をされて、気分が良いはずはない。とはいえ、知り合ったばかりの相手だし、恩もあるし。今のところは追及しないでおいてやるか、と思う。
何しろ、彼女は後宮で──ひいては国で一番の
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