第二部番外編 シモン視点

「よぉ。来たぜ。エルザはリリィさんの……あー、王妃様のとこに居る」


「マックスなら、今のままの呼び方で良いよ。リリィもそう言うさ。誰にも文句は言わせない」


いつもしっかりしている主人が屈託なく微笑むのは王妃様とこの人の前だけだ。


ジェラール・アルベルト・モワナール陛下は、国王になったばかりだがとても優秀だ。以前は、婚約者をご病気で亡くされ気落ちしておられたが、先月ご結婚されお幸せそうに暮らしておられる。国内外から祝いが届き、多くの民が祝福した。私も、主人が楽しそうに暮らしているのは嬉しい。


……本当に、私とは大違いだ。


っと、いけない。こんな事を考える価値は私にはない。


優しい主人は私の命を救ってくれて……居場所を作ってくれたのだから。


「そんな事に権力を使って良いのかよ」


「良いんだよ。マックスにしか出来ない事がたくさんある。君に文句を言う者はこの城には居ない」


「魔法演習なんてさせるからだろうが。みんな俺を見ると怯えるようになっちまって、やりにくいったらないぜ」


「エルザに惚れかけた騎士を牽制したいと言い出したのはマックスだろう?」


「そりゃそうだけどよぉ。女の人なんて俺の姿を見ただけで卒倒しそうになるんだぜ。さすがに困る。なんとかならねぇのか?」


マックス殿がジェラール様と魔法演習をしたのはつい先日の事だ。ジェラール様は、国一番の魔法の使い手。魔力は9000を超えておられる。


ジェラール様が負ける事はないと誰もが思っていた。……いや、私だけはジェラール様が負けると思っていたな。だって、ジェラール様の魔力が高いのはエルザのおかげなのだから。エルザの愛を一身に受けているマックス殿が負ける理由が思い当たらない。


私の予想通り、魔法演習はマックス殿の圧勝だった。ジェラール様は魔法を放つ事すら出来ず負けた。負けたジェラール様にも、見ていた我々にも傷ひとつなかったが演習場は粉々に破壊された。


マックス殿が怪我をしないように守ってくれていたのだ。粉々になった演習場もあっという間に修復された。やり過ぎたなとジェラール様に笑いかける彼を無礼だと叱る者は居なかった。


「方法が無い訳ではないが、その前に仕事を頼みたい。勿論、報酬は出す」


「ジェラールの頼みなら聞くよ。そのつもりで呼んだんだろ?」


「ありがとう。実は、これを解読して欲しいんだ。かなり昔の書籍でどの学者に聞いても言葉が分からなくて。マックス、分かるか?」


「あー……これかぁ。もうこの国ねぇもんな。ホラ、これが翻訳版だ。ついでに、俺の知ってる限りのモンをまとめた辞書も付けてやるよ。これで他の本も解読出来るんじゃね」


私が読んでもちんぷんかんぷんで、多くの事を学んだジェラール様も理解出来ず、数多くの学者が匙を投げた書籍をあっさりと読み解き、魔法で翻訳してしまった彼はやはり凄い。


「辞書まで作るか。相変わらず規格外だな」


「行ったことある国だからな。もうねぇけど。それに俺は、魔力だけはあるからなぁ」


翻訳の魔法は本一冊を翻訳するものではない。私は書類1枚の翻訳がやっとだ。ジェラール様なら可能だろうが……知らない言語だからな。魔力はギリギリだろう。


それなのに目の前の男は、あっさりと分厚い本を翻訳してみせた。辞書まで作った。どれだけの魔力が必要か計算したくもない。


「……魔力だけ……か」


しまった。うっかり、心の声が漏れてしまった。


「あ? なんか文句でもあんのか?」


マックス殿が私を睨みつける。私は彼に嫌われている。当然だ。私がした事は、到底許せる事ではない。それなのに、マックス殿は私の命を救ってくれた。マックス殿が居なかったら私は聴衆に嘲笑われながら死んでいただろう。


「……いえ、何もありません。失礼しました」


だから、彼に失礼があってはならない。私が生きているのは、父や母が助かったのはジェラール様とマックス殿のおかげなのだから。


「僕の部下が失礼した。すまない」


「ジェラールが謝る必要はねぇだろ。それより、仕事は終わりか?」


「もうひとつあるんだ。魔力を測ってほしい」


「俺の?」


「ああ、最近測ってないだろう? 僕は9000を超えていた。リリィの魔力もどんどん上がってる。全てエルザのおかげだろう?」


「まー……そうだな。お互い呼び捨てにするくらい仲良くなったもんなぁ」


ジェラール様は、つい最近エルザの事を呼び捨てにするようになった。王妃様とエルザは親友だ。いつも楽しそうに茶会をしている。


「特にリリィの魔力増加が物凄い。そのうち僕を超えるんじゃないかな」


「マジ?」


「ああ、この間測ったら8900だったよ」


「えぐっ! まーでも、テレーズ様もかなりあるもんな。最近は測ってないらしいけど。んで、俺がいくらあんのか知りたいのか?」


「ああ……それから、シオンの魔力もここで測りたい」


突然名を呼ばれ、慌てて背筋を伸ばした。私の今の名はシオン。以前はシモンと呼ばれていたが、その名は捨てた。


以前の名と似ていないと呼び間違えるという理由で、私の新たな名前はシオンになった。


「かしこまりました」


以前は親友だったジェラール様だが、今の私は彼の部下の1人に過ぎない。ジェラール様の親友はマックス殿なのだから。


久しぶりに測った私の魔力は、何故か900もあった。以前は100しかなかったのに……これは……まさか……。


「上がってるね」


「そうですね。以前は100でしたから」


「ふーん、エルザと式で話したからだろうな。それからはエルザと会ってねぇよな?」


「はい」


怖いぞ! なんだこの圧は!

魔力が900になったくらいで怒らないでくれよ! マックス殿の魔力はもっとあるだろう!!!


……だが、この喜びはなんだ。私は、エルザに嫌われてなかった。増えた魔力がそれを証明している。とても嬉しい。


勿論、今更エルザに手を出そうなんて思わない。


ジェラール様の魔力が9000なんだから、マックス殿はもっと高いに決まっている。結婚式の笑顔を見れば、エルザが心からマックス殿を好いている事くらいは分かる。それに、私はマックス殿のようにエルザを守る事は出来ない。いくら魔力が高くても、魔法を使うには知識が要る。彼の魔法の知識は、国の魔導士も舌を巻く程だ。だが、我々に見せているのは一部の知識に過ぎないだろう。彼は用心深い人だ。全ての知識を晒しているとは思えない。


私の魔力は最大で5000もあった。婚約者だったのに、恋人でもないジェラール様の方がエルザに好かれているなんて……そう思った時もあった。しかし今考えると当然だ。私はエルザの好意を受け取るだけで、一度も返した事がないのだから。ジェラール様も、マックス殿もエルザを大事にしておられる。私とは大違いだ。私はエルザに愛していたのは勘違いだと言われた。私を愛した事などなかったと。


勘違いで5000も魔力があったなら上等だ。それに今更、魔力が欲しいとは思わない。


ジェラール様を守る力は欲しいが、魔力で主人に勝てる見込みは無い。だから私は、体を鍛え、知識を磨く。


「ま、良いや。んで、俺も測れば良いのか?」


「頼む」


何故か主人の機嫌が良くなった。どうしたのだろう?


「じゃ、測るけどよ。なぁ、魔力水晶っていくらくらいする?」


「高価ではあるが、今のマックスなら余裕で買えるだろう」


ジェラール様は楽しそうに笑っている。


「ちなみに、この本を翻訳した報酬っていくらだ?」


「これは貴重な本だからな。辞書まで付けてくれたのだから、報酬は弾むつもりだ」


「そうか。なら良いか。じゃ、測るぞ」


何故か我々に防護魔法をかけて、マックス殿が魔力水晶に手をかざすと、信じられない光景が繰り広げられた。


ピキッ……ピキピキ……。

嫌な音がして大きな爆発が起こり、粉々になった魔力水晶が床に転がり落ちた。


慌てて飛び込んだ護衛が目にしたのは爆笑するジェラール様と呆れ返るマックス殿と呆然とする私の姿だった。


マックス殿の防護魔法のおかげで、ジェラール様も私も、部屋も無事だ。つまり、彼はこうなる事を予想していた訳だ。ジェラール様は、大丈夫だからと護衛を下がらせた。壊れた魔力水晶だけが、爆発の強度を物語っている。


彼の魔力は、測る事すら出来ないという事か。エルザはどれだけ彼の事を愛しているんだろう。


「魔力水晶は魔法で修復出来ねえんだよなー。ジェラール、翻訳の報酬でコレ弁償したら足りるか?」


「ははっ……! 勿論足りるよ! 追加の報酬も出そう……! ヒビくらいは入るかと思ったが、まさか爆発するとはなっ……」


楽しそうに笑うジェラール様と反対に、マックス殿は怒っているように見える。……いや、違うな。マックス殿も楽しそうだ。


ジェラール様は、私の前でこんなに笑った事があっただろうか。マックス殿は、ジェラール様に詰め寄っている。普通ならあり得ない光景だ。けど、マックス殿はジェラール様の親友だ。こんな気安い行為も人目につかなければ許されている。


「こうなるって分かってたよな?! なんでわざわざ魔力を測らせたんだよ!」


「壊れるとは思ってたよ。けど、爆発は予想外だったな。マックスは予想以上に魔力が高いんだな。さすがエルザだ! いやー、面白いものを見た! それに、良いものも見れた」


「ったく、そんなに機嫌が良いのはシオンの魔力が上がったからか?」


……私?


「ああ、僕は親友を失わずに済みそうだ」


ジェラール様が、私に笑いかけて下さった。他の人ではなく、私に笑顔を向けてくれたのはいつぶりだろう。マックス殿も、優しそうに私に笑いかけてくれた。とても安心する優しい笑顔だ。エルザはこの笑顔に惚れたのだろうな。


「ジェラールは、シオンを助ける為に俺に土下座したんだよ。王太子が平民の俺に土下座だぜ。それがどんだけの覚悟だったのか、同じように王太子だったシオンなら分かるだろ」


「内政干渉だと分かっていても、王太子としてやってはいけないと分かっていても、どうしてもシモンを助けたかったんだ」


「……私を助けてくれたのは……哀れだったからでは……」


「その程度であんな大それた事するかよ。ジェラールは、俺に言ったんだ。頼む、親友を助けてくれってな」


「ジェラール様の親友はマックス殿では……!」


「親友が1人なんて法律ねぇだろ」


「そういう事だ。シオンの魔力が上がったのなら、エルザを利用しようする気持ちは無い。君は、僕の心配をしてくれた……シモンのままだったんだよ」


「私は愚かで……醜くて……婚約者すら利用しようとした男です。ジェラール様の事だって……贈り物も全てエルザに任せていたし……手紙だって……!」


「それに気が付いたんなら前よりマシになったんじゃね。エルザの特殊能力は、エルザを利用しようとしたら効かねえんだよ。前に魔力が下がりまくったのは、エルザがシオンを嫌ったのもあるかもしれねぇけどシオンがエルザを利用しようとしたからだ。今はそんな気持ちねぇだろ?」


「ある訳ないじゃありませんか! 私がエルザに好かれる事など未来永劫あり得ない!」


「あり得るんだよ。エルザは優しい。あんだけ酷い事をした元婚約者すら心配する。エルザの家族も最近は魔力が上がってるらしいぜ。理由は、シオンなら分かるだろ?」


そう言って、マックス殿は紙束をくれた。その紙束には、エルザの特殊能力について書かれていた。城に残っていた資料と同じ記述も多かったが、知らない事も沢山書かれていた。200年以上前に王家から逃げ出した姫。彼女は国を荒らし、国宝を奪った野蛮な女性だと聞いている。


だが、マックス殿から渡された資料を読むと、間違っていたのではないかと思うようになった。そう言うと、マックス殿は嬉しそうに微笑んだ。気は強かったが、優しい人だったそうだ。何故彼がそんな事を知っているのかと問うと、逃げた姫の事を教えてくれた。彼の家族に保護されて生きていたらしい。


……やはり、王族や貴族が平民として暮らすには誰かの助けが必要だ。エルザと王妃様は、マックス殿が助けなければ生きていなかっただろう。


私は、改めて彼に礼を言った。


すると、ジェラール様からふたつの頼み事をされた。仕事ではなく、友人としてお願いがあると言われた。私を友人と呼んでくれるなんて、嬉しくて涙が出た。本当は親友と呼びたいが、しばらくは友人で我慢しよう。そう言われて更に泣いた。


ジェラール様の願いは、些細な事だった。人目のない時は以前のようにジェラールと呼んで欲しい。それから、城中の者達にマックス殿の魅力を伝えて欲しい。それだけだった。ジェラール様とマックス殿が親友である事は城中の者達が知っている。私がマックス殿とあまり良い関係を築いていない事も、みんな知っている。だから私がマックス殿の魅力を伝えれば、怯えている城の者達も変わるだろう。そう、ジェラール様は言った。


私だけでなく、父や母、エルザや王妃様の命の恩人であるマックス殿は間違いなく優しい人だ。私は、喜んで請け負った。


私の事は話せないが、王妃様の命の恩人というだけでみんなの見る目は変わる。王妃様は、ご自分の過去を堂々と話しているしジェラール様を狙っていた令嬢の陰湿な嫌がらせも耐えるのではなく上手く撃退しておられる。


見事な手腕だと思っていたら、全てエルザの指導によるものらしい。私は全く知らなかったが、エルザも令嬢達の攻撃を受けていたのだ。


正確には、知ろうとしなかったんだ。エルザが何度か弱音を吐いた事はあった。だが、私は冷たくあしらった。私を煩わせるなと、話すら聞かなかった。ジェラール様やマックス殿なら、決してそんな事はしない。自分がとても恥ずかしい事をしたんだと分かるようになったのは、最近だ。


過去は変えられない。だが、未来は変えられる。私はもう二度と、あんな恥ずかしい真似はしない。


「今度、3人で酒でも飲もう」


嬉しそうにジェラールが笑う。親友の笑顔を見れて、とても暖かい気持ちになった。

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魔力なしの役立たずだと婚約破棄されました みどり @Midori-novel

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