最終決戦②

 遡行すること数刻前。渚杜、黒緋、裏柳、和貴、綾音、柊乃、雪邑の他に浅葱と明彦が一条家に集まっていた。奏冴と智景は自分たちの社の守護の為そこで待機している。九尾狐―加賀見皇延を倒すためには異界と化した皇延の屋敷に侵入し、本体を祓う必要があるが、過去の記録上、屋敷から生きて戻れた陰陽師は誰ひとりとしていない。何が潜んでいるのかすら分からない領域なのだ。


 「このメンバー全員で侵入するんですか?」


 和貴の問いに柊乃が否定するように首を左右に振る。


 「侵入するのは渚くん、弥生くん、久坂さんと黒緋と裏柳だけです」


 緊張の色を濃くした和貴と綾音に補足するように浅葱が口を開いた。


 「一条家の結界の外から皇延に気付かれないように明彦が結界を何重にも掛けた。さらに今から私と金狐で幻術を展開する。これでおそらくは皇延を騙せるだろう。その隙に屋敷に人間と式神が侵入ところで奴は気にも留めないだろが、さすがに金狐や銀狐が侵入したとなれば警戒するだろう」


 故に人選は渚杜、和貴、綾音、黒緋、裏柳となる。緊張気味の渚杜に柊乃が近づいた。


 「渚くん。しばしのお別れです。……約束してください。必ず戻ってくると」


 「……、うん。柊乃も、無理はしないでね」


 一瞬、言葉を詰まらせた渚杜に柊乃は困ったように眉を下げた。なんとなく、嫌な予感がしている。この子はずっと前から覚悟を決めている。それはきっと揺らがないのだろう。自分たちが何を言ってもおそらくこの子は……、柊乃は渚杜をギュッと抱きしめた。


 「ちょっと柊乃!? みんなの前だよ!?」


 慌てる渚杜に構わず柊乃は腕に力を込める。願うのは、この子たちの無事。


 (白藍様。渚くんたちを護ってください……)


 腕を解いた柊乃は少しだけ泣きそうな声で「いってらっしゃい」と告げた。柊乃の隣に立つ雪邑が和貴と綾音に近づいて二人の頭を荒く撫でる。「わっ!?」「何するんですか!」と戸惑いの声を上げる二人に手を止めた雪邑が真面目な声音で「渚杜のこと、頼む」と告げた。


 渚杜の友人である前に自分の生徒でもある二人を危険に晒すことに抵抗がないはずがない。それでも、渚杜が皇延の本体に辿り着くためには二人の力を借りなければいけない。葛藤に奥歯を噛んだ雪邑に二人の声が届く。


 「もちろんです。正直怖い……ですけど、俺はどんなに危険な場所でもこいつの力になると決めましたから」


 「私は久坂家としてではなく、彼の友として、力になります。……それと、九尾狐は私の仇ではありますが、倒せるのは卯月だけです。なら、私は持てる力を全て使ってでも彼を皇延の元まで送り届けます」


 二人の決意を聞いた雪邑は「そうか」と短く言うともう一度二人の頭を荒く撫でた。次に雪邑が視線を向けたのは黒緋と裏柳。二人は雪邑の視線に気付きとジッと見上げてくる。


 「二人とも、教えた通りにな。お前たちは渚杜の最高の守護者だ。って言うと奏冴たちが文句言ってくるから今のは内緒な。だから、胸を張って主を護れ」


 「はい、師匠!」


 (いつの間にか師匠と弟子の関係になってる……)


 内心ツッコミを入れる渚杜を余所に声を揃える黒緋と裏柳に満足そうに雪邑は頷く。


 「挨拶は済んだか? そろそろ行かねば気付かれるぞ?」


 やり取りを静観していた浅葱が溜息混じりに言う。下手をすれば今生の別れになりかねない状況なのだから許してやりたいが、時間がない。浅葱の言葉に渚杜が「ごめん!」と声を上げて表情を引き締めた。国澄の指示した位置に五人並んだ。


 「……では、これより異界―皇延の屋敷への道を開く。ご武運を」


 「はい! 行ってきます」


 国澄たちが咒文を唱えるとそこになかったはずの門が出現した。一同、ごくりと喉を鳴らす。伝わってくるのは凄まじいほどの瘴気と邪気。生還確立ゼロ%の異界。先頭は渚杜。続いて黒緋と裏柳、和貴と綾音が足を踏み入れる。不安そうな表情を浮かべているのは柊乃だけではなかった。浅葱も泣きそうな表情で見送る。本当は行かせたくない。けれど、こうするしか倒せないと知っているから送り出すしかない。すぐに門が閉じ、何もなかったように辺りが静まり返った。


 「私が出来ることはここまでです。一条家は役割を果たした。後はお任せいたします」


 そう言って国澄たちはその場から離れ、百鬼夜行に備えるべく屋敷へと戻った。


 「金狐、手筈通りに頼む。天狐から視せられているのだろう?」


 「ええ。言われなくとも。浅葱さんこそ、失敗しないでくださいね」


 「ははっ。分かっている。渚杜が怨霊を祓うまでの時間稼ぎを始めようではないか」


 柊乃は分かっていると言わんばかりに浅葱に背を向けて歩き出した。彼女が向かったのは地下深くの祭壇。そこで唐衣(からぎぬ)と裳(も)に着替えた柊乃は双眸を閉じて深く息を吸う。今から行うことは一歩間違えれば命を失うかもしれない。それでも、あの子の未来がこの先も続くならと柊乃は両手を一度叩いた。

遠くで何が壊れた音がした。それと引き換えに力が柊乃に戻るのを感じる。瞳を開けた柊乃の目の前には雪邑が複雑そうな顔で立っていた。


 「……雪ちゃん、覗きはダメですよ?」


 冗談交じりに言うが、いつものように言葉は返って来ない。柊乃は困ったように眉を下げた。こういう時、なんと言っていいか分からない。


 「その隈取……。社を放棄したのか?」


 「……はい。そうでもしないと九尾狐を騙せるほどの幻術は使えませんので」


 社を放棄したことで柊乃は本来の力を取り取り戻しており、力を行使する際に現れる朱色の隈取が浮かんでいた。だが、強力な力の行使を続けることは己の霊力を削ることになり、最悪命を落とすことに繋がる。それを知らない柊乃ではない。理解していながらそうせざるを得ない状況に雪邑は唇をきつく噛んだ。事前に聞かされていたとは言え、幻術が使えない雪邑に出来ることは何もない。


 「社を放棄したら結界が緩みます。そこを妖に狙われればこの町を護る結界が崩れる。それだけではなく、私たちのかつて住んでいた屋敷への道も見つかってしまう。雪ちゃん、いいえ。こういう時はちゃんと呼んだ方がいいですね。雪邑、私の社を護ってください」


 「こういう時だけ真面目に呼ぶとかズルいな、柊乃。分かってるよ」


 苦笑交じりに雪邑は言う。社を放棄すると聞かされていた時点で自分の分身を柊乃と自分の社に配置している。古弥煉には劣るが、雪邑には分身を数体造り同時に操る力を持っている。彼らには向かってくる妖すべての討伐を命じてあるため、柊乃が幻術を行使している間は社から離れていても問題はない。柊乃が幻術を使っている間は隙が出来るため、そこを狙われれば作戦が台無しになる。故に雪邑はここでの柊乃の護衛を買って出たのだ。


 「……時間ですね。金狐―狐井柊乃、大規模幻術の行使を開始します」


 柊乃を中心に淡い光が発生し、瞬く間に広がった。

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