最終決戦①
十月二十九日。一条家から少し離れた空き地に渚杜たちはいた。不自然なほど何もない空き地から微かに邪気が漂っている。渚杜の呪詛の完成を見届けに九尾狐が自ら赴くことは予想出来る。同時に邪魔をされないように再び百鬼夜行を起こすだろうと重蔵率いる陰陽寮と国澄率いる一条家、弥生家、篠宮家、久坂家は協議の結果、高槻たち非戦闘員は市民の避難と秘咒の使用、陰陽寮は市民の安全確保、一条家、弥生家、篠宮家、久坂家は自分の屋敷を中心に陰陽師を配置し、百鬼夜行に備えていた。
渚杜と浅葱の二人が空き地に立っていた。浅葱曰く、九尾狐は奪われた力を取り戻すために浅葱を取り込みたいはずであり、相手にとって浅葱は十分な餌になるからとのことで彼女は呪詛の完成間近の渚杜と共に行動したいと進言していたのだ。
「……ほう。ここまでたどり着くとは正直感心しているぞ、童」
十年前と同じ。空が赤く染まり、邪気が濃くなる。同時に妖の群れがどこからともなく発生し、予想通り百鬼夜行が始まった。渚杜たちの元に声が届き、そちらに視線を向けると九尾狐が音もなく姿を現した。
「九尾狐……いや、加賀見皇延」
「そこまで知って尚、この身体の真名に辿り着かなかったのは実に哀れよ。呪詛の完成まで残り数刻もない。貴様はここで死を迎え、儂は永遠を手に入れる」
「加賀見皇延、お前の目的は永遠の命か? それとも復讐か?」
浅葱の問いに皇延の眉が上がる。
「儂は加賀見皇延ではあるが、様々な怨霊が集まった集合体。この身体に入っているのは怨霊の塊よ。中でも加賀見皇延の怨念は格段に強く、怨霊たちを統括しているにすぎぬ。確かに皇延の目的は復讐であるが、まあそれはそこの童を葬ってからでもよかろう」
「……私の体に怨霊の塊が入っていると思うと寒気がするな」
顔を引きつらせる浅葱に渚杜が苦笑する。
「呪詛の完成まで童が抵抗するなら付き合ってやろうぞ。最後まで足掻くがいい」
怨霊はそう言うと邪気を放った。すぐに渚杜は咒文を唱えて相殺するが、その間に距離を詰められてしまう。爪が渚杜の腹部を狙うが、浅葱の狐火と幻術により狙いが外れる。
「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・オン・ボダロシャニ・ソワカ!」
続けて咒文を唱える。怨霊は袖で防ぐとカカカ、と嗤う。もうすぐ死ぬと分かっていながら最後まで抵抗しようとする渚杜が滑稽に思える。さっさと諦めて死を受け入れれば楽に死ねると言うのに、と目の前で尚も咒文を紡ぐ少年を見る。鼻で笑った怨霊は妖を複数召喚し、渚杜たちへと向かわせる。浅葱が何体か倒したが、数体渚杜に向かう。
「そっち行ったぞ!」
浅葱の声に渚杜が妖の接近に気付いた。咄嗟に咒文を紡ぐのは無理だ。妖に喰われるだろうと予想して怨霊が口角を上げる。が、
「ウン!」
瞬時に印を結び、一言唱えただけで妖が祓われた。予想外の出来事に怨霊は唖然とする。その隙を見逃さず、渚杜は続けて印を結びながら「オン・ソンバニソンバ・ウン・ギャリカンダギャリカンダ・ウン・ギャリカンダハヤ・ウン・アナウヤコクバギャバン・バザラウンハッタ。つなぎ留めたる津まかいの綱、行者解かずんば、とくべからず」と唱え、息を吸い、怨霊を見据える。
「くっ!」
避けようとする怨霊を浅葱が術で拘束する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列……っ!?」
途中で渚杜の顔に苦痛の色が見えた。胸を抑え、膝を付く渚杜に浅葱が駆け寄る。拘束から解放された怨霊が「はははっ、あはははは!」と嗤い出す。
「苦しいか、苦しいだろうな。だが、もう楽になるぞ? カカカ!」
蹲る渚杜の体から邪気が溢れ、渚杜が地面に倒れ込んだ。苦しいのかのたうち回り、浅い息を繰り返す。その悲鳴を聞きながら怨霊は恍惚たる表情を浮かべた。
「渚杜、渚杜!」
浅葱の泣きそうな声と、苦し気に呻く渚杜。やがて渚杜が動かなくなり、浅葱の泣き叫ぶ声が響いた。それに怨霊が勝利を確信し、嗤いだす。
「やった! ようやくだ! 我が大願果たしだぞ! あはははっ……!?」
突然、怨霊の嗤い声が止まる。何が起こったのか理解できず、困惑の色を顔に滲ませている。九尾狐の身体から怨霊たちが少しずつ祓われているのだ。
「ど、どういうことだ!? 何が起こっておる!?」
たまらず叫んだ怨霊に浅葱が答える。
「どういうことか、だと? 当然、渚杜がお前を祓っているからに決まっているだろ」
「なに!?」
「金狐、もう良いぞ」
そう言って浅葱が指を鳴らすと、周囲の景色が一気に変わった。さらに怨霊は混乱する。死んだと思っていた渚杜が消え、そこには浅葱と先ほどまでいなかった明彦が立っていた。
「どうだ? 金狐の幻術は。いい出来だろう? お前が視ていたのは白藍が千里眼で視た呪詛が完成し、渚杜が死ぬ未来を私と金狐の幻術で作り上げたものだ」
「幻、術……だと? なら、童は……」
「そうだ。お前が祓われているという事は渚杜がお前の本体に辿り着いたという事だ」
「いや、有り得ない! 呪詛を掛けた時から確かに丸十年だ。それに屋敷には双鬼が待機しているはずだ! 突破できるはずがない!」
否定するように怨霊が叫ぶ。呪詛は掛けてから発動に十年の年月を要するが、代わりに自分が死なない限り十年目に発動する。時間操作でもしない限り不可能だ。さらに、加賀見皇延の遺体がある部屋に辿り着くまでに強力な妖や双鬼を配置しているため、並みの陰陽師では突破できない。過去に乗り込んで来た陰陽師たちは双鬼によって殺されているのだ。渚杜一人で倒せる相手ではない。
「そうだな。教えてやろう。一つ、お前は白藍の存在を忘れている。二つ、渚杜には共に戦う友がいる。それが、あの子がお前に辿り着いた理由だ」
「バカな! そんなこと、あるはずが……! ああああ! 怨霊が抜けていく……」
「それが有り得るんですよね。十年ぶりですね、怨霊」
「貴様はあの時の童か!? なぜ生きている!」
九尾狐の身体から怨霊が祓われて行く中、かつて殺した少年、否、青年が問いに答えることなく、にこやかに手を振っている。
「気付かなかったのか? 先程まで戦っていたのは渚杜ではなくこやつだと」
「なっ!」
信じられないと目を丸くする怨霊はいつから、金狐の幻術に掛かっていたのだと思考を巡らせる。
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