加賀見 青芭(かがみ あおば)

 受け取った渚杜が手紙を広げると、達筆な文字が並んでいる。暗号のような文字は他者が見ても理解出来ないが、渚杜には読むことが出来た。


 「じいちゃんが書いていた字と同じだ……」


 「太秦様が書かれる字は独特でしたよね」

 「靜がよく特殊な文字だって言ってた」


 国澄曰く、如月家は左遷された後、卯月へと姓を変え、那栖村で物の怪を祓いながら代々陰陽術と文字を継承していったようだ。


 手紙には加賀見皇延と如月家の関りが綴られていた。如月 彰之助(きさらぎ あきのすけ)。彼は皇延と同じ陰陽師として親交があり、互いに切磋琢磨し合う仲であった。ある時、皇延と葵との間に子が生まれた。

 けれど、皇延をよく思わない者たちに知られれば子の命が狙われる可能性がある。そう考え、皇延、葵、彰之助が話し合った結果、秘密裏に皇延の子は如月家へと預けられることとなった。子供の名は加賀見 青芭(かがみ あおば)。青芭は皇延の血を引き生まれつき強い霊力を宿していた。彰之助たちは青芭も自分の子のように接していたが、彰之助が実の親ではないことを知ってしまった青芭は疎外感を持っていた。青芭はよく一人で書庫へ行き陰陽術を独学で学んでおり、いつの間にか陰陽術を身につけていた。その才に陰陽師として育てるか否か彰之助は迷っていた。


 そんな中、青芭が時折屋敷を抜け出すようになり、こっそり後を付けると祠に封じられていた狐と会っていることを目撃してしまう。彰之助は何度か青芭と狐とのやり取りを観察し、そっとしておこうと決めた。それから数か月も経たない内に葵が殺害され、皇延が怨霊に憑りつかれた。彰之助は真実を青芭に伝えようか迷っている間に青芭が皇延の子だと情報が漏れた。


 それを聞きつけた弥生家の陰陽師によって青芭が皇延を鎮めるための生贄として選ばれた。彰之助は皇延たちが託した子への願いを護るために掛けあったが、実の子を生贄として捧げた方が鎮まると信じて疑わない陰陽師たちは聞く耳を持たない。彰之助は手紙の中で何度も後悔を綴っており、青芭や皇延、葵へ謝っていた。生贄として捧げられた青芭を見ても怨霊と化した皇延は気付かず、殺してしまった。そして、青芭の死を見た狐が嘆き、その体を皇延が奪った。九尾狐の誕生の折り、その場にいた陰陽師たちのほとんどが殺害されたが、彰之助は一命を取り留めた。その後、九尾狐は久坂家と霊狐により封じられた。

 

 自分の判断の甘さを悔いていた彰之助の元に古弥煉と名乗る空狐が現れ、青芭の願いを叶えたと伝えてきた。古弥煉は遠い未来、青芭の生まれ変わりが必ず九尾狐を倒すだろうと告げる。九尾狐の討伐は怨霊を祓う事にも繋がり、皇延を解放出来るかもしれないと古弥煉は言う。彰之助は古弥煉に自分はどうすればいいか問うた。古弥煉の指示によりこの手紙を残し、後世へと伝えると同時に皇延を祓うため、陰陽術の継承を目的に彰之助は自ら那栖村を選んだ。


 「……皇延の子が青芭。……彼が俺の前世」


 手紙を閉じた渚杜はポツリと零す。自分の前世の名と皇延との繋がりを示した手紙に視線を落とした。怨霊―皇延を敵だと思っていたが、彼らの思いに触れて渚杜はギュッと拳を握る。怨霊を倒すことは変わりないが、同時に皇延を救いたいという想いが生まれた。


 「以上が私の知る真実だ。あとは君次第で私たちは皇延の屋敷への道を開こう」


 国澄が渚杜に向けてそう告げた。


 話を聞き終わった渚杜たちは一晩一条家へと泊まることになった。入浴と夕食を終え、客間に敷かれた布団に横になった渚杜は天井を見つめていた。考えるのは九尾狐、浅葱、皇延、青芭、そして白藍のことだ。最初は白藍を救うことが目的だったが、記憶の中で本来の目的は怨霊から九尾狐を解放することだと知った。それは青芭の願い。

 そして、九尾狐と白藍を救いたいのは渚杜の願いだ。けれど、国澄の話と彰之助の残した手紙を読んで、怨霊と化した皇延をただの悪として祓うべきなのか、と渚杜は考える。呪詛が完成するまでに怨霊を祓わなければ死ぬのは自分。白藍も浅葱も救えない。渚杜はいつまで経ってもまとまらない考えに布団を頭まで被り双眸をきつく閉じた。


 「……あれ?」


 いつの間にか眠りに落ちていた渚杜は何もない真っ白な空間に立っていた。周囲を見渡した渚杜は背後から掛けられた声に振り向いた。


 「やあ。初めまして、かな? 僕は君を見ていたから初対面って感じはしないんだけど」


 立っていたのは少年。渚杜よりも幼く、元服前のようだ。服装は現代とは異なり、童水干姿だ。渚杜は一目で彼が青芭なのだと分かった。


 「君は、青芭……?」


 「うん。やっとこうして話が出来るね。君が僕のことを認識してくれたからかな」


 そう言って青芭が嬉しそうに笑う。けれど、その笑顔はすぐに曇った。


 「僕の願いの為に生まれ変わった君に辛いことを押し付けて……」


 ごめん、と俯く青芭に渚杜は首を振る。


 「押し付けられたなんて思ってないよ。俺は君で、君は俺。君の願いは必ず俺がやり遂げる。それと、君の父上―加賀見皇延も救うよ」


 渚杜の言葉に青芭が顔を上げた。渚杜は青芭を真っ直ぐ見据えて安心させるように頷く。眠るまで揺れていた考えは青芭に会ってすぐに固まった。皇延もまたこの地に、人の念に囚われた霊だ。なら、陰陽師としてすべきことは決まっている。


 「……生贄になったあの日、僕を殺したのは怨霊と化した父上だったことを知ったのはついさっき、君が彰之助様の手紙を読んだ時だよ。僕は父上の顔を知らない。それでも、なんでかなぁ……父上を助けてほしいって思ったんだ……」


 青芭の双眸から溢れた涙がこぼれる。渚杜は彼の言葉を静かに聞いていた。


 「だから、君があの人だけじゃなくて父上も救ってくれるって言ってくれたことが嬉しくて。……うん、今の君になら預けられる」


 涙を拭いた青芭が渚杜を見つめた。死んだ自分が最後に出来ることはこれだけだ。


 「あの人の名を君に伝える。解放するタイミングは君が一番よく分かってるよね?」


 九尾狐の名を口にした途端、怨霊は九尾狐の身体から弾きだされるだろう。だが、タイミングを見誤れば体を求める怨霊は他の者に再び憑りつくことは安易に想像できる。青芭の言葉に渚杜は頷いた。青芭は「なら大丈夫だね」と微笑んで口を開いた。


 「あの人の名前は”琥珀(こはく)”綺麗な金色の毛を持つ心優しい狐。僕を救ってくれたとても大切な人。約束をしたんだ。いつか二人で遠くまで旅をしようって。守れなかったけど……。渚杜、あとは任せてもいい?」と青芭は泣きそうな顔で言う。


 「うん」


 琥珀の名と約束を胸に刻んだ渚杜が頷くと、満足そうに青芭が笑ったのと同時、時間切れなのか青芭の体が透けてきた。消える直前、青芭が渚杜にもう一つ伝言を預けた。


 「大丈夫。必ず伝える」


 青芭が消えて誰も居なくなった空間で渚杜はそう呟いた。

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