第29話「俺の義妹は変態らしい」


<鹿住時雨>

 

 一緒に帰ってきて、先にお風呂に入って雄太とバトンタッチした後、私は雄太のお姉さんの彩夏さんからマグカップに入った牛乳を貰った。


「あ、ありがとうございますっ」

「ん~ん。やっぱりお風呂上りは牛乳って決まってるからね!」

「はははっ」


 元気にサムズアップする彩夏さん。雄太もよく言っていたがあの質問攻めの時と言い、このお姉さんは凄く陽気な人だった。


 まぁ、私としてもお姉ちゃんができるなら明るくて優しい人がいいなと思ってはいたのでその願いはかなったっぽいがあまりにも押しが強すぎて少しだけ気おくれしそうになる。


「あ、そうだ。あれだよ?」

「は、はい?」

「私はもう時雨ちゃんのお姉ちゃんになったんだし、敬語とか使わなくていいんだよ?」

「え、いやでもそれはさすがに嫌かなぁと」

「ぜんっぜん! 嫌じゃないよ! むしろ、そっちの方がすぐに仲良くなれそうだし? 時雨ちゃんめっちゃくちゃかわいいから好みだし?」

「こ、このみ?」


 なんか彩夏さんの視線が嫌らしくて怖い。

 目元が雄太に似てるから別に嫌じゃないけど……。


「うん! ユウちゃんも可愛いしね~~、でもそれに負けないくらいって言うか……あ、ユウちゃんも時雨ちゃんの事好きっぽいしそうなのかな?」


 私が首を傾げていると次々と独り言を漏らしていく。

 時雨ちゃんの事が好き――あぁ、そうだ。そう言えば買い物している時になんか言われたっけ。


 姉さんが時雨の事を好きだと勘違いしてるって。


 勘違い、かぁ。

 そっか。私的には好きでいてくれていいんだけどなぁ。

 全然、彩夏さんの言っている通りになってくれていいんだけどなぁ。


「——って」


 思わず自分の世界に入っていて頭を振って正気に戻ると、目の前の彩夏さんが首を傾げている。


「だいじょぶ?」

「あ、は、はいっ! すみません、ちょっとボーっとしてて」

「あははぁ。そかそか、今の聞いてた?」

「い、いえ、聞いてないです」

「ふぅ。そっか、なら、良かった」


 どうやら言ってはいけない事だったようで、肩を撫でおろした。私も何を考えているのやら。本当に危ないったらありゃしない。


 お弁当の件はなんとか強行でクリアしたけどこれからはちょっと考えていかないと。ママを喜ばせながら、それでいて私も雄太と縁を戻す。それが今の目標だし。


 ——でも、なんかさっきの雄太の顔。


 彩夏さんとおかしな話になってからふと思い出したが買い物に行っている最中の雄太の顔は少し変だった。


 特に私に「姉さんに好きだと勘違いされてるんだよね」って言ってた話のときだ。まぁ、私が好きでそうなってくれたらいいなとか言う願望込みでなのかもしれないけど、不思議と頬が赤かった。


 恥ずかしい――のかな。いやでも、たまたま暑かった言うだけかもしれないし。でもまだそこまで暑い季節でもないしなぁ。


 うん、不思議だ。


 あ、それなら彩夏さんに聞いてみた方がいいのでは。


「あ、彩夏さん!」

「ん? それと、彩夏でいいわよ」

「いや、さすがに呼び捨ては……」

「ん~~それじゃ、お姉ちゃんは?」

「お、お姉ちゃん」

「うん、それでよし!」


 ニコッと笑みを浮かべる彩夏さん、いやお姉ちゃん。

 ハッとして思っていたことを聞き出すことにした。


「あ、あのっ——雄太くんって私の事が好きなんですか?」

「え——⁉ あ、いや、別にぃ……」


 否定してたのになんで知ってるんだろうって顔してる。流石に白状しておこう。


「あ、実はその――やっぱり、聞こえてたっていうか……」

「え、聞こえてたの⁉」

「はい……嘘ついてすみません」

「いやまぁ、良いけど。なんでもう一回聞くの?」

「き、気になったというか」


 そう呟くと何かに気づいたのか、お義姉ちゃんはふふっと不敵な笑みを浮かべた。


「あ、あの?」

「そっかぁ、そかそか、こりゃ脈ありなのかなぁユウちゃん」

「え、あのっ——」

「ううん。なんでもないの。ユウちゃんが自分の口で好きと入っていなかったけどね? ただ、時雨ちゃんが来た時の顔と言い、私が話題にしたときの顔と言い、色々と時雨ちゃんの事を気にしていたのは事実かな」

「い、言ってはないんですね」

「うん。それとも、そうであってほしかった?」

「いや、そんなことはない……ですけど」

「ふぅん。そかそか、でもよく分かったよ二人の事は」

「え?」

「なんかすっきりしたなぁ。うんうん。よし!」

「あ、あのそれだけで――」


 なぜか一人で納得したお義姉さんに訊き返そうとするもそのまま台所の方へ戻ってしまう。すると、その途中、また何かに気づいたのか振り向いてソファーに置いてあった洗濯物を手渡しされた。


「え、あの、これは?」

「ユウちゃんの洗濯物だよ。持って行ってくれるかな?」

「は、はい……」


 拒否することも出来ず、すっかり胸に抱えて私は自室に戻ることにした。






 ——そのはずだったのだが、魔が差した。

 本当に行けないことだった。それは自覚していたけれど、私も所詮思春期の女子だった。


 思わず、思わずだった。

 雄太の部屋に洗濯物を置いたとき。


 ひらりと落ちた一枚の布に目が行ってしまった。

 それは――アイスクリームのプリントが入った可愛らしい男物のパンツ。


「こんなの履いてるんだ……かわぃ」


 そんなものに少し目が行ってしまって、おっとりしてしまったのが運の尽き。

 私はそれをあろうことか、手に取り、悪魔のささやきに打ち勝つことが出来ずこっそりと自室に持って帰ってしまったのだ。


 やばい、やばい、やばい。


 心の中では分かっていても、鼻元に持っていくのがやめられない。現れている柔軟剤の香りがするそれを嗅いでも何もないのに。嗅ぐのがやめられなかった。


 そう、あの日と同じ。

 匂いフェチの私が封印していた祠から出て来てしまった。


 この、忌々しくも可愛いパンツのせいで。


 そんな風に嗅いでいると思わず足を滑らせて椅子事転んでしまい、お風呂から上がったばかりの雄太が駆けつけて目が合った。


「な、なんで俺のパンツを嗅いでるんだよ……」


 この時の私はまだ知らない。

 これからの人生でことあるごとにパンツ好きと揶揄されることをまだ知らないのであった。



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元カノが放課後の教室で何やら俺のジャージの匂いを嗅いでいるところに遭遇してしまって超絶修羅場な件。 藍坂イツキ @fanao44131406

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