第2話 目視化の街
太陽の強い日差しと、突き刺すような寒さで目が覚める。朦朧とした感覚は少しずつ平常時に戻っていく。安河内が寝ていたところは玄関だった。昨晩家に着いた途端意識が途切れ、そのまま眠ってしまっていた。ズボンのポケットに微振動を感じ取る。奥村から連絡が来ており、スマホを耳に近づけた。
「もしもーし……」
『先輩!あんた何やってるんですか⁉』
怒声に似た声が受話器から響き渡る。その声で完全に目が覚め、その場で飛び上がる。スピーカーに変え、充電コードを刺す。
「どうしたんだよ。まだ朝の8時じゃないか」
『そんなこと言っている場合じゃないですって!SNSのトレンド見てください』
SNSのアプリを立ち上げ、トレンドを見る。ランキングには10万円と安河内海斗がランクインしており、「They Live」というインフルエンサーが『安河内海斗の写真を投稿した方には抽選で10万円あげます!!』というつぶやきが顔写真付きで灯光され、何万ものいいねを獲得していた。
「なんじゃこりゃ」
『こっちが聞きたいですよ。で、何したんですか』
「昨日ついに撮ったんだよ」
『嘘ですよね……』
「俺がこの手の話で嘘をつくと思うか。とりあえずいつものところで。すぐにスマホの電源を切ってくれ」
通話が終わると、安河内は携帯の電源を切り、アルミホイルで包んだ。そしてポケベルを取り出し、連絡を取る。
「写真が必要ということはカメラの目が危ないってことか。まさかカメラが宇宙人の目になるとはな」
帽子とサングラスを身に着ける。今まで宇宙人に関する写真は速やか且つ隠密に始末されてきた。Wi-Fiに接続されている道具で撮影された物であれば動画や写真データの削除や改ざんは容易だ。しかし安河内が撮影した道具はインターネットに接続されていないフィルムカメラとデジタルカメラだった。そのためデータの削除を行うことができないだろう。そのため本人を捕まえ、直接データを奪うしかない。
スマホのGPS機能によって特定されている。防犯グッズと非常食を詰めたカバンと、撮影したフィルムとSDカードをしまったポケットバックを身に着け、窓を開け飛び降りる。周囲を目を動かし、確認し人気の少ない道を進んでいく。変に頭を動かせば不振に思われる。そのため動かす部位は最低限に最善の道を目指さなければならない。今まで追う側だった自分が今では追われる側になっている。自然と鼓動は早まり、目は血走り手足は震えた。
「携帯やらスマホの普及とSNSの普及は宇宙人による陰謀か?まあ、自己承認欲求高めの人間にとっちゃあ自然に見れるわな」
SNSに投稿される写真のほとんどは「映え」を意識したものだ。珍しい建物、派手な食べ物など人の目に留まるような写真をSNSに投稿する。それは自己承認欲求があるからだ。これは人間の古来からあるもので、奇抜な行動や装いなどほかの人にない何かを相手に見せようとする。その自己承認欲求の高さに宇宙人は目をつけたのだろう。
「宇宙人のテクノロジーならカメラのハッキングと画像照合による骨格の特定なんて造作もないことだ。どうやってこのデータをアキラに渡すか……」
早乙女アキラ。安河内がポケベルで連絡をした相手であり、大手メディアで働いている友人だ。同じ高校を卒業し、安河内が宇宙人やUFOを写真に収めたら報道する約束をしていた。「ルー」では戯言程度に思われる。ならば大手且つ誰もが目にするメディアに報道させるのが一番だ。安河内海斗は金や名声のために宇宙人を追い求めていたのではない。ただもう一度人々に宇宙人を真剣に考えてほしいだけだった。
安河内海斗の父親は宇宙飛行士だった。小さいころから宇宙の話を聞いてきた。宇宙が広がり続けていること、ダイヤモンドの星があること。父の話は彼にとって胸躍るものばかりだった。その中でも彼の興味を引いたのは宇宙人の話だった。話のほとんどは妄想とエンターテイメントから引っ張ってきた話ばかりだった。だが自分の知らない世界で違う生活を営む生命体がいる。そう考えるだけで夢が広がった。
先ほどまで見向きもしなかった人たちの視線を感じるようになった。
(まさか……この服装でバレたか)
足早に歩きだす。道行く人が次々とスマホのカメラを安河内に向けていく。人ごみをかき分け、真っ直ぐに進むが、ガヤはその後ろをつけて来ていた。
「もう電車やらバスは使えそうにないな」
裏路地に入り、狭い道を進んでいく。表の通りでは人通りが多いため、カメラの目が多い。裏路地であれば人気が少なく、比較的安全だ。しかし入る直前まで撮られていたとするならば、宇宙人に場所を特定されている可能性が高い。
「しかしなぜ奴らはあの時攫わなかった。それが目的ではなかったとでも?」
UFOは地球上の生物を連れ去り、解剖、記憶の改ざんをしてきたと考えられてきた。地球に生息する動物の生態、発見されたときの隠ぺいなど理由は様々ある。もしかしたらもうすでに自分の持っている情報は隠蔽された後なのかもしれないと感じたが、東京に住む人間を大々的に使い捜索しているのを見る限り、それはありえなかった。
「もしや、UFOにも役割分担があるのか。調査をする機体と、物資運搬を行う機体で分かれているとかか!」
UFOがどんなエネルギーで動いているか、テクノロジーは見当がつかないが、軍の戦闘機が用途によって機種や武装を分けるにUFOも物資運搬と調査用で分けている可能性があった。今回安河内が遭遇したUFOは調査用ではない別の用途で使われているものだったことが考えられた。
「そう考えると熱くなってきやがった!あれが食料を運んでいるものなら地球上の植物は奴らの口には合わない可能性も。それにもしかしたら空気も合わない可能性が!ケイ素生命体か?それとも……!」
あふれ出す妄想を愛用のメモ帳に書きなぐる。自然と筆圧は高くなり、紙に凹凸が生まれる。未知との遭遇によって自分の身が危険になると同時にせき止められていた粒上のような妄想が連結し流れでる。夢中になっていると異音に意識が向く。鈴虫の鳴き声に似た音だった。周囲を見渡すと、後ろから近づいてくる黒いスーツを着込んだ二人の男が近づいていた。
「あー、ハロー……」
男たちは無言で近づいてくる。道行く人は安河内を見つけるとスマホのカメラを向けていたが、二人の男は無言のまま向かってきていたため異形な存在だった。悪寒を感じた瞬間足早に前へ走り出す。振り向かず、人ごみの中に飛び込んだ。
(あれが宇宙人か!?思ったよりも人間の見た目してたなおい!メンインブラック的な奴か⁉)
皆が歩いていく中で走っている安河内は目立っていた。服装はおそらくすでにSNSに拡散されていることだろう。そのためぶつかった人たちはその姿を見た途端スマホを構える。目立てばあの男たちに狙われるリスクが上がってしまう。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。一刻も早く奥村のもとへ向かわなければならない。
冬が近づき、外気は冷え込んでいる。しかし精神が焦り、走り続けているせいか体中が熱くなり、汗が服にしみこんでいく。今年で40歳になる男には厳しいそんな中安河内は感じていた違和感を整理していた。
(UFOを撮影した時と宇宙人に出会った時と同じ違和感があった。なんだ…季節に合わないこの違和感は)
冬の寒さが全身に感じた途端、安河内は耳を軽く触った。
「鈴虫の音……」
鈴虫の音だった。鈴虫が鳴くのは繁殖期の8月から10月までだ。11月は繁殖期を過ぎており、泣くはずがなかった。だが昨日の夜も宇宙人に遭遇した時も聞こえた音は同じで、関連性がある。宇宙人が近づいたかどうかは音に集中すればいいようだ。見慣れた町並みは走っているせいか巻かれるビデオテープのように流れていった。もうすぐ奥村と落ち合う場所だった。目を凝らし、人ごみの中から奥村を探した。しかし人ごみの中から一人を見つけるのはラブソングで描かれるほど簡単ではない。このままでは証拠が無駄になってしまう。覚悟を決め、息を大きく吸い込む。
「安河内海斗はここだー!」
人ごみから見つけ出すのは簡単だった。その言葉を聞いた途端大多数の人間はスマホを構え、プライバシーも肖像権も関係なくスマホを構え、写真を撮っていった。しかし一人の男だけが冷や汗をかき、口をあんぐり開け声のする方向を見ていた。視界に入った瞬間、闘牛の如き勢いで突進する。
「安河内先輩!」
奥村に近づいた瞬間、証拠とメモ帳が入ったポケットバックを押し付け、真逆の方向へと走り出した。安河内はかぶっていたものをすべて剥ぎ取り、走り出す。時々、「俺が安河内だー!」と叫びながら走った。その声につられるように道行く人は後を追っていった。
奥村はその行動に唖然としていたが、数秒経ってから中の物を見た。中にはアルミホイルに包まれた小包と、メモ帳、住所と「アキラと会うまで開けるな!」と書かれた紙が入っていた。一瞬戸惑い、周りを見渡す。目立つように走ったせいか人は少ない。
「あの人は宇宙人のことについて嘘をつかない人だ」
安河内海斗という男を近くで見ていたからこそそう強く感じていた。
今までばれないように来ていたはずの安河内が約束の場所に着いた瞬間に大声で自分の存在を明かしたのは証拠のためだと悟った。渡された荷物を大事に抱え、奥村伸介は人気が少なくなった東京の街を走った。
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