カメラの目から逃げろ!
榑樹那津
第1話未知との遭遇
カメラ。それは世界を切り取り、一枚の絵として残すことができる道具だ。20世紀に誕生し、人類は様々なものを写真に残していった。風景、人、動物、出来事など人類は様々な世界を写真に残していった。カメラの登場は人類の情報技術を大きく変えた。一瞬にして風景を切り取るカメラは人の語彙や記憶に頼ることなく物事を伝えることができた。カメラは時代と共に形を変え、より機能的に、より小型に変化していった。使い捨てカメラや携帯電話など形の変化によってより多くの人に行き渡っていった。そしてインターネットと、SNSの登場によって撮影された写真たちは拡散していった。
カメラは人々に真実と偽りを与えた。事件、スキャンダルなどはみんなが真実と認めた。しかし宇宙人や、UFOなどは皆偽りだといった。20世紀は世界中の人類が地球の外を夢見る時代だった。最初は皆宇宙人を真剣に考えた。しかし宇宙人をコメディのように扱うメディアの煽動、映像や写真の加工技術の進化によって次第に人々の宇宙人に対する興味は薄まっていった。そして宇宙人に関する写真や動画はすべて「陰謀論」や「コラ画像」という茶番に思われてしまうようになっていった。
11月16日。冬が訪れ、木の葉たちは紅葉で彩られていた。綺麗に掃除された参道には、渇いた風に運ばれたもみじやイチョウの葉が躍りながら落ちた。冬の到来を思わせる秋空の下、二人の男が温かい缶コーヒーを啜っていた。
「安河内先輩、なんでそんな古臭いカメラをいつも使ってるんですか?現像も大変でしょうに」
「フィルムカメラか?フィルムで残しておいた方が証拠出せ!って言われたときに出せるからな。それにインターネットに繋がれたもの使ってたら宇宙人に改ざんされるだろうが」
「でた、先輩の陰謀論的考え。僕、この業界に入って先輩みたいな考えを持っている人見たことないですよ」
「エンターテイメントってのはな、届ける側が信じなきゃ誰も信じねぇ。それに人間が携帯やスマホを手に入れてから生の宇宙人の写真を撮っていないのはおかしいと思わないか?」
安河内海斗は顎をさすりながら後輩の奥村伸介に熱を帯びながら語った。奥村はため息をつきながら胸ポケットに入れた手帳を開き、今日の予定を確認する。
「ええっと、今日の取材は河童のミイラの取材ですね。変なことは聞かないでくださいよ」
ふたりはオカルト系雑誌『ルー』の記者で、世の中にはびこる不思議を記事にしていた。今回の取材では河童のミイラに関する取材をしに茨城県にある満蔵寺を訪れていた。住職に名刺を渡し、質問を行う。安河内がオカルト的な質問を真剣に投げかけるのに対し、奥村は適当に聞き、メモを取っていった。
「今は学生さんと一緒にこの仏さまの研究をしてますからなぁ。詳しいことはまた後日ということで」
「是非!では最後に個人的な質問を住職は宇宙人がいると思いますか⁉」
「おやおや、昔ありましたなぁUFOブーム。この寺で河童の仏さまを祀っている以上いると思うとしか言えんがわし本人としてはいないと思うなぁ」
「なんてことを聞いているんですか。すみません住職、今日は失礼します。何かわかりましたらこちらの方に連絡をお願いします」
安河内は煙草をふかせながら階段を下りていく。まるで張り詰めた糸が切れ、空中で弛んだ糸のようにふらふらとした足取りでゆっくりと階段を下りていく。奥村は会社に電話を一通入れ、ポケットの中にスマホをしまおうとする。階段の上からは紅葉で彩られた参道がより鮮やかに見渡すことができ、奥村は思わずスマホのカメラ機能を起動させ、一枚の写真を撮った。
「罰当たりですよ」
「神も仏もいるかよ。ほら、ガガーリンも言ってただろ。『地球は青かった。しかし神はいなかった』ってよ。神がいるなら俺の夢をかなえてほしいもんだ」
「宇宙人に会うことですよね。なら宇宙飛行士になればよかったじゃないですか」
「俺にそんな頭があるとでも?だからこうやって雑誌のネタを探しながら探しているんだよ」
「たしかに先輩の言うことも一理あると思いますけど、会ってどうするんです?」
「なに、その時考えるさ。酒を飲むなり殴り合うなり」
新幹線のリクライニングシートに腰を下ろし、ノートパソコンを開く。そしてオカルト系のネット掲示板を開いた。もちろん覗くのはオカルト系の掲示板だ。
『814.今日、円盤見た』
ネット掲示板に載せられた画像は一般人が思い浮かべるような円盤状のUFOで、チープなプラスチック感があふれる画像だった。
『814>>スレ画のやつ最近発売した模型じゃねぇかよ。嘘乙』
『てか、ここに来る奴で宇宙人信じている奴なんているのかよ。たわごと程度にしか思っていないだろ』
流れてくる情報はいつも曖昧でふざけた物ばかりだった。宇宙人の存在をエンターテイメント化してしまったからこその光景だろう。しかし安河内が見たかったのはこんなふざけた掛け合いではなかった。
『916.信じるか信じないかはあなた次第。見たところの住所貼っとくわ。東京都T町○○-〇』
「T町ですか。たしかに東京の中じゃあ田舎ですけど、行くんですか?」
「百聞は一見に如かずだ。行ってみる価値はあるだろう」
東京に着くころには空には星が豆電球のようにぽつぽつと現れる。駅で奥村と別れ、コンビニでおにぎりとお茶、缶ビールを買い、T町に電車向かった。仕事終わりのサラリーマンたちがぞろぞろと集まり、電車に揺られる。T町に着くと乗客は安河内と、3人のサラリーマンだけになっていた。
「あのう、ここらへんでUFOの目撃ってありませんでしたか?」
「ゆーふぉー?おれぁ高校生の頃ユーフォ吹いてブイブイ言わせてたんだ。あの頃に戻りてぇよぁー!」
随分と酔っているようで取材ができるような状態ではなかった。とりあえずスマホのマップ機能を基に掲示板で記された住所へと向かっていく。吹く風は日中よりも寒く、羽織っていたコートのボタンを閉めるほどだった。道ばたは枯れ葉で覆いつくされ、歩くたびに軽く渇いた音が空気中に響く。
「もうすぐ目的地だが……まさかここが……」
示された住所は公園だった。電燈が二つあり砂場や、ジャングルジム、滑り台がある小さな公園だ。人気がないことから宇宙人が根城にするにはちょうどいいようにも見えるが、その敷地の大きさは宇宙船を着陸させるには小さく見えた。近くにある空き地に身を隠し、コンビニ袋に入れたおにぎりをあけ、大きな口でほおばる。耳をすませば鈴虫が泣いているのがわかる。
「もうすぐ冬が来るっていうのに虫はのんきなものだねぇ」
狙撃手のように音を出さず、沈黙のまま公園を見続けた。スマホの電源も切り息を凝らし、外気によって冷える皮膚を気にするそぶりを見せない。安河内はこの観察をオカルトジャーナリストを始めてから日課にしてきた。ある時は仕事先で、ある時はネット掲示板の情報なしで夜まで人気のない地域を、フィルムカメラを持って散策していた。だが今まで宇宙人に出会うことはなかった。腕時計を確認すると0時30分を指していた。
「終電はもう行っちまったか。仕方ない、タクシーでも呼んで帰る……オイオイオイ!なんだあれは!」
その目に見た光景は安河内が待ち望んでいた光景だった。青白い光を放ち、ゆっくりと降下してくる円盤。ネット掲示板で載っていた円盤状とは全く違う形で、三角錐上の形だった。ホバリングするような音もなければ、風もない。現代の親類の科学力では成しえないテクノロジーを秘めたその飛行物体が木の高さまで降下すると公園の地面が盛り上がり、円盤を着地させた。発着場はハニカム状の造形が入っており、怪しく光った。
「あれが……UFO……」
急に訪れたUFOに涙を流しながらビデオカメラを起動させ、首にかけたフィルムカメラを構える。荒い息と、震える指を落ち着かせ、フラッシュを焚く。たかれたフラッシュに驚きながら駅へまっすぐに走り去っていく。缶ビールの入ったコンビニ袋を置き去りにし、転びそうになりながらも走った。心臓は破裂しそうなほど打ち、目から溢れる涙を拭うことなく走った。地面に布かれた落ち葉を強く踏み、リ崩れる音が鳴り響く。
「いたんだ。宇宙人はいた!苦節19年、ついに見つけたぞー!」
途中、タクシーを捕まえ、暴れる鼓動と荒げた吐息を落ち着かせようとする。だが彼の興奮が収まることはなかった。落ち着かぬ鼓動が体の中で自宅に戻る。これは思春期の興奮に近いものだった。中学生がR18指定の雑誌をのぞき込むときのように背徳感と性への目覚めを覚えた瞬間のように頭の中で消えることはなかった。
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