ぼくの就職活動記

 この度は弊社の新卒採用選考にご応募いただきありがとうございました。


 慎重に選考を重ねた結果、誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただく結果となりました。



 俗に「お祈りメール」と呼ばれるメールがある。就職活動で不採用になったときに企業側から送られてくるメールのことである。不採用通知はどこの企業も同じような定型文で、末尾には決まって「今後のご健闘を申し上げます」の一言が添えられている。行く宛のない健闘に嫌味を込めて。「お祈りメール」、誰かがそう呼び始めた。


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 大学三年の三月、私も周りと同じように金太郎飴きんたろうあめ的就活生だった。就職活動のためだけに買わされる紺色のリクルートスーツを身にまとい、意味もなく角張った黒のビジネスバッグを携えて、右へ左へ就活イベントに参加していた。


 すごく大変そうに聞こえるかもしれないが、私は割りと楽しんでいた。移動費さえ払えば無料で企業見学できたし、何を聞いても興味のある学生で済まされた。加えて、羽振りの良い企業であれば、美味しい弁当までご馳走してくれた。


 私は数多あまた参加した説明会のなかから、十数社の面白そうな企業を厳選し、選考に臨んだ。そしてこの日、二次面接を受けるため、とある企業の前に立っていた。


 そこは葬式をつかさどるベンチャー企業だった。故人に寄り添うことをモットーに、故人の趣味嗜好にあった葬式を提供するのだという。例えば、音楽が好きな個人であれば、葬儀中にけたたましい音でロック・ミュージックが演奏されるし、サッカーが好きな故人なら青空の下、緑色のフィールド上で葬儀を催すのだという。なんと面白そうなんだろう。説明会であれやこれやと訊きまくっていたら、「そんなに興味があるなら一次面接は免除してあげる」と言われた。両親は息子が葬儀業界に就職しようとしている、と聞いただけで眉を潜めていたが、私の知ったことではなかった。


 二次面接は半日を掛けて行われる。十人ほどが一室に集められ、五人ずつ二グループに分けられると、それぞれのチームに対して課題が与えられた。十個近い選択肢の中から企業の成長にとって必要なものを三つ挙げろ、とかそんな内容だったと思う。チーム内の話し合いを通じて発表用のポスターを作り、最終的にチーム全体でプレゼンをした。


 グループワークは就職活動を通じて飽きるほどやったので、細かい内容はもう覚えていない。問題は後半の集団面接だった。グループの五人が別室に呼び出され、面接官と質疑応答を繰り返す。


 「ではまず、出身大学と氏名、前半のグループワークの感想をお願いします」


 「早稲田大学〇〇学部の〇〇です。グループワークではメンバー各々の長所が、各々の短所を上手く補い合い、良いプレゼンが出来ました」

 グループワークでリーダーシップを発揮していた女学生は、運動会の選手宣誓のような台詞セリフを恥ずかしげもなく告げた。


 「✕✕大学✕✕学部の✕✕です。グループワークでは各自定めた役割に従ってチームワークを発揮できました」

 グループワークの開始直後にタイムキーパーに立候補したきり、ほとんど言葉を発さなかった男子学生が言った。


 「△△大学△△学部の△△です。グループワークはとても面白かったです。」

 私は無難にそう続けた。

 残り二人も特筆に値しない自己紹介を終えた。


 「ありがとうございます。では次に志望動機をお願いします」

 面接官がそう言うと、自己紹介と同じ順番で回答するように指示された。


 「自分も遺族に感動を与えたい!」

 早稲田出身の女学生は拳を固く握って、熱い眼差しを面接官にぶつけた。


 「故人の気持ちに寄り添うというところに共感しました」

 名誉タイムキーパーは当たり障りのないことを言った。


 やれやれ、軒並み似たような志望動機しか出てきそうにない。私は漫画の噛ませ犬のように鼻で笑う。これでも喰らえ。履歴書に書いた志望動機で啖呵たんかを切る。


 「今の日本は高齢化社会!

  今後ますます死人が増え、市場は拡大する!

  そんな将来性のある業界で私は仕事をしたい!」


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 二次選考から幾日が経ち、私のもとに一通のメールが届く。


 「慎重に選考を重ねた結果、誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただく結果となりました。」


 最初の一文を読み、私はがっくりと肩を落とした。

 しかし、続く文は珍しいことに定型文ではなかった。


 「私たちの会社は人に寄り添うことをモットーとしています」


 それは確かに業務説明会で何度も聞いた。


 「動機から察するに、貴殿は人の心というものが薄いように感じられました」


 私は一瞬、相手が何を言っているのか理解できなかったが、徐々に思考が追いついてきた。いくら死人が増える事実があったとしても、それを正直に動機にするのはご法度はっとらしい。携帯を握る手はわなわなと震え、手の甲からはみるみる血管が浮き出てきた。気づけば思いの丈を家の壁にぶつけていた。


 人の心がないのはお前らも一緒じゃボケ。わざわざオリジナリティあふれる文で就活生の傷口に塩を塗り込んで来るんじゃねえ。そもそも慎重な選考どころか、志望動機を読んだ瞬間に採用を見送ってるじゃねえか。


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 以上が私の就職活動記である。就活を頑張っている学生たちの一助いちじょになれば幸いである。


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