マンションのエントランス、最近の小学生

 田舎出身の人の多くは、帰省中のふとした瞬間に地域の温もりを感じるのではないだろうか。



 ***



 新幹線を乗り継ぎ、在来線に揺られること数時間。何度か山を越えた先に小さな街がある。どこにでもあるような田舎の中都市、ここが私の地元である。



 キャリーケースを片手に駅を降りると、ジャージ姿の女子高生たちが目に入る。夕暮れに照らされ、一列にはしゃぐ姿はカラスさながら。私は華麗なステップで彼女たちをかわすと、駅前の商店街へ脚を進めた。


 商店街とはいうものの、隆盛りゅうせいを誇ったのも半世紀以上昔の話。かつて城下町として栄えた名残なごりだろうか。堅牢けんろうなシャッター街が左右を囲う。学生の頃から変わらぬ街並みに感心していると、商店街を抜けた先に実家のマンションが見えた。


 マンションのエントランスに入り、インターフォンで実家の番号を呼び出したが、一向に反応はない。携帯で母にメッセージを送ると、もう少しで帰宅する、と返信がきた。時間をつぶそうにも商店街は時計宝石店くらいしかやっていない。母が到着するまでエントランスで待つことにした。



 エントランスに留まること十数分。子供のころ、学校帰りに母の迎えを待っていたときはどうやって暇を潰していたんだろう。私はインターフォン横の壁にもたれかかりながら、死んだ魚の目をして外の景色をながめていた。といっても、人通りのないすすけた道路しか見えないが。


 すると突然、外側の自動ドアが開いた。小学校低学年くらいだろうか。大きなランドセルを背負しょった男の子が立っていた。誰しも経験はあるはず。集合住宅のエントランスで、見知らぬ人に鉢合はちあうのは気まずい。


 予期せぬ相手に混乱しながら、私は状況を整理した。まずは自分が怪しいものではないことを証明しなければ。うつむきがちに少年に会釈えしゃくすると、インターフォンから離れる方向へ、壁を伝って横歩きを始めた。


 沢蟹の物真似をしながら、大移動を終えると、私は前髪越しに少年を覗き込んだ。


 じっとこちらを見つめる少年と目があった。


 私の行動を終始、その澄んだ瞳で観察していたのかもしれない。若干の緊張感に押し黙っていると、



「こんにちは!」


 瑞々みずみずしい声がエントランスに響いた。



 私は突然の出来事に目を丸くして、まじまじと少年を見つめてしまった。最近の小学生のなんと礼儀正しいことか。見ず知らずの人間にも挨拶ができる。それも、進んで、自分から。地域の未来はなんと明るいのだろう。私も嬉しくなって挨拶を返した。


「こ、こんにちは」



 ***



 その後、母が帰宅し、私は無事に実家への凱旋がいせんを果たす。そして、エントランスの出来事を喜々として語るのだった。物事の順調な滑り出しは人を心地よくする。私が意気揚々いきようようと語ったのち、母は卓上のチラシに目を落としながら、小さくつぶやいた。



「不審者を見かけたら挨拶するように、最近は学校で言われてるんだって」

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