天才こども料理評論家

 私が子供のころ、テレビではよく料理番組が放映されていた。


 料理人は自らの腕と発想を振るって料理を作り、何もしない偉そうな評論家の前に皿を置く。評論家はスプーンの先っちょにだけ料理を乗せると、眉間にシワを寄せて味を確かめる。そんな微量びりょうで本当に味が分かるのか。くちびる真一文字まいちもんじに結ぶ料理人。いかつい顔の評論家。カメラが二人の表情を行き来する。



 「95点」


 その日の最高得点。スタジオは歓声に包まれた。



 ***



 当時の私は小学生。子供の感受性かんじゅせいというのは大変豊かなもので、見たもの触ったものすべてに影響を受ける。少年漫画のアニメが流行れば、その技名わざめいを声高に叫ぶし、一発屋芸人が出てきたら、そのネタを腐るまで真似る。


 で、何よりも当時のメディアの中心にはテレビがいたので、その影響力は絶大だった。

 私は前日に放映された料理番組に感化されると、早速さっそく翌日の学校給食に目を付けた。



 ***



 スピーカーから流れるチャイムが午前の終わりをつげる。生徒たちの緊張の糸はすっかり切れ、にぎやかな笑い声と足音が教室中を満たす。白いエプロン姿の給食当番がいい匂いと一緒に教室に入ってきた。私たちは班ごとに机を向かい合わせに並べると、給食をお盆に取り、開始の合図を待つ。


「いただきます!」


 その日の日直が声を掛ける。みんなの唱和しょうわする声が教室中に響き渡った。



 一斉にクラスメイトたちが給食を食べ始めるなか、私は神妙しんみょうな面持ちでお盆の上の食事を見つめていた。


 正面に座っていた女子は心配そうに声を掛けてくる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 その子の声で、班のみんなの視線が一斉に集まる。私は声を掛けてくれた優しい同級生には目もくれず、先が三つに割れたスプーンを手に取ると、そのまま流れるような動きでスープをすくい、頭を寄せて、勢いよく液体を吸いこんだ。



「80点!」



 私が点数を大きく叫ぶと、少し回りは呆気あっけにとられた表情。しかし、班の一人の男子は私のやっていることを理解したようである。


「昨日のアレじゃん!」


 彼の一言をきっかけに風船が弾けるかのように反応が広がった。番組の話をするものや、好きな給食について話すもの、新たに評論家を演じるものまで現れ、昼食中の班内は大いに盛り上がりを見せるのだった。

 思いのほか同級生たちの反応が良く、私は少し得意げだった。



 ***



 ──もう一度同じ興奮を味わいたい。



 焼け石に水と言われるだろうが、以後の展開についてはあらかじめ言い訳しておく。私は当時小学生だった。


 家で同じことをすればもっと盛り上がるんじゃないかと考えたのである。一緒に番組を観ていたんだから、元ネタが伝わらない心配もない。


 善は急げ。晩ご飯を決行の場に決めた。



 ***



 食卓に母の手料理が並ぶ。その日のメインディッシュはハンバーグ。出演二回目ともなればこなれてくる。勿体もったいぶった動きでハンバーグを口に運ぶと、うなり声をあげた。


「う~~ん、90点」


 すぐに反応が来るだろうと、芝居がかった表情のまま周囲を見渡すが、反応は薄い。母はいぶしげにこちらをチラと見ただけで、すぐに自分の食事へと戻っていった。



 学校であれだけ盛り上がったのに、家で盛り上がらないのはおかしい。

 ハンバーグを噛みながら思考を巡らせた。そうか、高い点数ばかりでリアリティがないからダメなんだ。


 私は菜っ葉の煮浸にびたしのようなものを手前に寄せると、はしでつまんで口へ放り込んだ。目を閉じ、舌先に神経を集める。草の苦みが口内に広がっていった。気分はまるで魯山人ろさんじん。目をつむったまま、眉間にしわを寄せていく。


「65点」


 私が点数を告げたとき、あたりはしんと静まり返っていた。瞳を閉じていても、空気が凍り付いていくのが分かった。不安になった私は目を開けようとする。


 刹那せつなまぶたの裏に火花が散った。


 そこには掌底しょうていを突き出し、怒髪どはつてんく母の姿があった。姿はまさに鬼のようだった。母は続け様に二発目の構えをすると激昂げっこうした。お前はもう食わなくていい。誰が飯を用意しているのか考えろ、と。


 私はぐらつく視界のなかで何を失敗したのか反芻はんすうしていた。学校では盛り上がり、家でもその興奮を再現できるはずだった。付けた点数があまりにも辛すぎたか。それとも評論家として未熟であったか。


 何にせよこの場は謝るしかない。両目に涙を浮かべながら、同じくつわを二度と踏むまいと誓うのだった。



 ***


 あれから20年近い歳月が経つ。私が持つ唯一の長所がある。大人になってから、食べ物の好き嫌いがないのである。大体のものをどれも同じように美味しく感じる。


 いつからだろうか。心当たりはあるが、今度はそれを母に伝えずにいる。

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