第4話 男と女は仲造とテルの事件について語り合う

 「そういう話だったようだよ。講釈師見てきたような嘘を言いという言葉があるが、細部はわからないが、聞いた話と戒名から見ると大筋今の話のようだ」

 

 「ふうん。なかなかベッドの上のことに詳しいじゃない。寝間着の裾を掻き分け赤い腰巻を捲ってなんて江戸のリアルよね」

 

 「ベッドじゃなくて床の上だろう」

 

 「ふん、細かいやつ。じゃ血のつながりはないんだ」

 

 「先祖の祭りが途絶えてしまってはいけないので、家を継ぎ、祭祀をするということで親戚から夫婦養子の形で夫婦が入ったらしい。それが俺の先祖」


 「警察沙汰にならなかったんだ」

 

 「それが慶応三年だろう。明治の前年だよ。まだ警察はない。本家の旦那さんは名主だし、親戚、近所など関係者が夫婦心中と納得して、事実はお坊さんの胸に納めてもらって、外に話が漏れなければそれでよかったんだろう。お坊さんが話の分かった人だったんだろうな」

 

 「そういうの話の分かった人と言うの?グルじゃない。悪代官が越後屋から切り餅をいくつか差し出され、悪巧みを持ちかけられ、越後屋そちも悪よのう、じゃない。」


 「まあまあそれが江戸だ。関係者全員身内から縄付きを出すのが嫌だったんだろう。それにしてもなかなかだよな。仲造の戒名。楓と大いに悟るだよ」


 「二人の戒名を見ると全部誤魔化したんじゃなく、ある程度事情が透けて見える名付けだし、ウイットに富んだというか、度胸があるというか、清濁合わせ飲む頼りになるお坊さんだったのかもね。ところでさっきの話の中で出てきたザカンって何?」


 「ザは座る、カンは棺桶の棺だよ。昔は縦型の桶に座らせて遺体を納めた。正座じゃなくて膝を立てた胡座のような形だね。蓋をして縄で結えて棒を縄に通して墓場まで担いで行った。提灯を先頭に竹や紙で色々と作った飾りを持ってゾロゾロと歩いて行った。土葬の穴は深さ3メートルくらいだった。らしいよ」


 「やけに詳しいわね。穴を掘ったの?」


 「まさか。そんな年ではないよ」


 「ねえ私の目を見て。こういう目付きは何て言うか知ってる?」


 「ええっと、ジト目」


 「ふん、知ってるじゃない。分かっていればいいのよ。それでテルさんが拒んだ原因は何だったの」


 「その辺は聞いてないな。祝言の翌日に殺されてしまったから、テルさんの実家とは縁がプッツリと切れてしまって、実家にいたころのテルさんの様子は何一つ入ってこなかったんだろう。聞けないしね。嫁に来る前のことは何も分からないんじゃないか。来てからもすぐ亡くなってしまったから何も情報がないだろう」


 「年齢差が10もあるんだよ。男が28なんて当時としてはもうおじさんで晩婚じゃない。それが18の娘さんと結婚なんて、なんか人身御供じゃない。きっと見合いもしてないのよ。祝言の日に初めてお互いの顔をみたのよ」


 「当時は女の18もそろそろ行き遅れじゃないか」


 「そうかもしれないけど、まだ決定的に行き遅れじゃないだろうから、なにもおじさんでなくてもいいんじゃないかしら。22、3までの男の人だっていたと思うよ」


 「テルさんの親父さんは中風だっていうから、それが原因かなあ。働き手が一人減って、病人が増えた事になるから経済的に苦しくなるね。テルさんの実家の経済状態は分かっていないんだよ。裕福なら兄さんがいるんだし、そう困りはしないだろうけど」


 「人身御供の原因はテルさんの実家の経済状態、家庭の状況ということでいいかな。仲造の家はどうだったの」


 「少なくとも小作人ではなかったようだ。自分で田畑を持った自作農だね。ただ貧しくはあったんだろう」


 「田畑なんて、田んぼはこの辺にあるの」


 「駅から家に来る間に団地があったろ。その真ん中に流れている下水路がある。流路は直線に変更になっているけど、あれが昔小川で両脇が田んぼだったんだ。あとはこの家から北側に少し行くと下がっていく。下がり切った所にも小川が流れている。その川から北側百メートルくらいが田んぼだった。その先はまた登り坂になっていた。低い丘陵地帯で丘と丘の間に小川が流れ少し田んぼがあるような所だ。この辺は東西に伸びたゆるやかな丘の上だよ。だから家の周りは畑地帯だった。少し下流に行くと見渡す限り田んぼになる。だからこのへんは台地の端に近いね。」


 「そうなんだ。塀をよく見ると確かに地面は南が下がっているわね」


 「ああ畑で思い出した。おかぼというのがあって、漢字でかくと陸の稲だけど、漢字の字の通り畑で作る米だ。おかぶって言ってたな。昭和30年代ころまでこのへんで作られていた様だよ。田んぼで作った米は売り物になるので売って、百姓が食べるのは陸稲だった様だ。これがまずいらしい。特に冷えたら食えたものではないな。多分江戸時代も田んぼの米は年貢で、名主などは違うだろうけど、普通の百姓が食べるのはおかぼやヒエやアワに麦、それもひき割り麦を入れた飯だったのじゃないかな。脚気にはならなかったかもしれないけど不味かったろうな。でも今じゃ雑穀米などと言ってプレミアムな健康食か」


 「おかぶって言ってたなんてあなたいつの時代の人よ。冷えたら食えたものではないなんて食べた人の感想だよ。耳が尖ってない?食べてたんでしょう、お・か・ぶ」


 「いや、それはその、年寄りが話していたのを聞いたのかも」


 「ひき割り麦も聞いた事ないけどまあいいわ。衝撃的なおかぶ食生活の告白で話が逸れたわね。人身御供の原因は一応わかったことにして、拒んだのはどうしてなのかしら。テルさんには想い人がいたのかしら」


 「わからないな」


 「わかっているわよ。拒んだ原因は恋よ。道ならぬ恋かも」


 「恋と言ったって封建社会でなおかつ農家だからな。道ならぬなら話は面白いけど今と違って時間も機会もなかなかないだろう」


 「今と違って時間も機会もーーと言ったわね。そうなんだ。そういうことを考えているんだ」


 「そんなことは考えていないよ。とんだとばっちりだ」


 「女だって考えるんだから、♪愛の花咲く麦畑♪もありよ」


 「急に清純路線から転換するじゃないか。そういう人とは伝わっていないよ」


 「それじゃいい男を遠目に見たとか、幼馴染とか、仄かに男を想っていたのよ。それが封建社会の圧力で見知らぬ土地、見知らぬ男の元に嫁に行けと命令されて、秘めた男の顔を胸に抱き来てみれば、お相手は10も年上の顔も性格も醜男で、こんな男と一生を送らなければならないと思うと、もう嫌で嫌で死んでも嫌だったのよ。封建社会の犠牲者よ。麦畑で想いを遂げておけば良かったのよ」


 「麦畑って大家族で夜も難しい夫婦がと言うのは聞いた事あるけどーーー畝の間隔は狭いからーーー」


 「やっぱりあなた、髪の毛で耳隠してるけどエルフなんでしょう」


 「ラノベの読みすぎ」


 「それじゃ妖怪よ。日本古来の妖だわ」


 「そんな事あるかい。ど田舎生まれの田舎者なだけだ」


 「そう、ちょっと期待したのだけど残念だわ。話を戻すけど、封建社会の理不尽にあがらうには、麦畑で托卵すれば良かったのよ」


 「噂になって親子のDNA鑑定を逃げた女がいたね。あれは托卵だよな」


 「托卵だって社会の理不尽にあがらうなら正義よ。淫乱で出来ちゃったのを知らんふりするとか、不倫だとか、ATM男なんてのはダメよ。DNA鑑定が無い時代なんだから、産月に気をつけて結婚前のワンチャンスにかけて托卵すれば生きられたのに。醜男の元で耐えて好きな男の子を育てるのよ、ロマンよね」


 「何がロマンか。秘め事を隠し通すことを考えるのだから怖いな。弱いように見えてしたたかに強いのかもしれないな。江戸の女も怖いのかな」


 「何が怖い、強いのよ。それに隠し事とは何よ。性格が悪い醜男の方が余程怖いわ」


 「どう、俺と一緒になる」


 「どさくさに紛れて何言うのよ。私も美人だし、首を絞められるのはいやだな。でももう身を任せちゃったから、う~~ん。腰巻きがいい?うわっ、通販で売ってるよ。買おうか。赤い腰巻きを掻き分け黒いショーツをーーー彩りがいいわね。興奮するんでしょ?あ、君は醜男じゃないよ。好きな顔だし」


 秋の夜は更けて行くのであった。

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仲造 テル 殺人心中 SUGISHITA Shinya @MarzJP

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