第3話 仲造の妻殺しを名主・親戚・ご近所総出で夫婦心中と成す
翌朝、近くに住む親戚が畑仕事を手伝いに来たが、仲造が出てこない。何回か呼ぶと、寝間着のひもがほどけ、下帯がたれ、髪が乱れた仲造がふらふらと寝間の板戸を引き開け出てきた。
あまりの様子に親戚は、「どうした」と声をかけた。「何があった。テルは見えないがどうした」と聞いたが、仲造は焦点が合わぬ目をして薄ら笑いをした。
親戚は、仲造が出てきた寝間へ駆け込んだ。そこにはテルの死骸が転がっていた。
「仲造、そこにいろ。動くな」
親戚は仲造に言い置いて家にかけ戻った。
「お〜い、仲造が、仲造がテルを殺した。近所に呼びかけてみんなで仲造を見張っていてくれ。俺は本家に行ってくる」
親戚の男は、本家に走って行って、旦那を呼び出した。
「旦那、仲造がテルさんを殺めたらしい。近所の者に仲造を見張るよう頼んだがどうしたもんか」
旦那は目を見開いたのち目をつむった。しばらくして目を開いて男に言った。
「亡くなったのは確かか?」
「へえ、テルさんの首が曲がって、冷たくなっておった」
「そうか。すまないがお前はこれからテルの実家に行ってくれ」
親戚の男は旦那に聞いた。
「なんて言ったらよかんべ」
「テルさんが亡くなった。何故かは今本家が調べている。急いでおいで願いたい。でよかろう」
親戚の男は隣村のテルの実家に駆けていった。
本家の旦那は田畑に出ようとしていた小作人衆を集め仲造の家に一緒に向かった。
本家の旦那は、仲造の家に着き、薄ら笑いをしている仲造の脇を通り寝間に入った。
そこには裾が捲れ、腰巻きも捲られ、胸もはだけた格好で、首が折れて体も折れ曲がったテルの骸があった。テルはすでに冷たかった。
「仲造、なんでこうなった。何をした。テルに何をした」
「おれは何もしちゃあいねえ。テルが悪い。俺の言うことを聞かねえ。言うことをきかねえから折檻した」
「馬鹿野郎。死んでしまっては折檻とは言わねえ。人殺しだ」
本家の旦那は小作人に言いつけた。
「この野郎を縛っておけ、逃がすんじゃねえぞ。それと女子衆は、テルを着替えさせきれいにしてやってくれ」
昼を回った頃、テルの兄が、「テル、テル」と叫びながら駆けてきた。テルの父親は中風で寝たきりであったため、兄がやってきた。
兄は布団に横たわったテルの死骸を見て手を合わせた。そしてだらしなく着崩れた寝巻きの仲造の薄ら笑いを見るや、兄は仲造に殴りかかった。親戚近所一同で兄に抱き付き仲造から引き離した。
本家の旦那はそれを見て渋い顔で兄に言った。
「テルさんは朝方親戚の者が亡くなっているのを見つけた。すでに冷たくなっており、昨晩亡くなった様だ」
「顔が崩れているではないか。仲造が殴ったのではないか。首に青あざがある。首を絞めたのではないか」
「親戚の者がいうには発見した時、首が曲がっていたそうだ。仲造が殺めたのは間違いない」
「どうしてくれるんだ」
「仲造がテルを殺めたのを隠すことはできねえ。だが一族から縄付きを出すわけにはいかねえ。兄さん、すまねえ。仲造は裏のもみじに吊るす」
仲造はそれを聞くなり、顔を真っ赤にして言った。
「いやだ、俺は何もしちゃあいねえ」
わめきながら逃げようとした。
一同は、ワッと仲造に覆いかぶさり、必死に逃げようとする仲造を縛り上げた。
本家の旦那は一同に指示した。
「裏のもみじの木の下へ連れて行け」
一同は仲造をもみじの木の下まで引きずって行った。
旦那が再び指示を出す。
「首吊りの縄を木に掛けろ」
小作人は、縄の端に輪を作り、輪から伸ばした縄を枝に引っ掛け、さらに一同の元まで縄を伸ばし綱引きの様に皆に持たせた。
「それ、仲造を吊るすぞ」
本家の旦那が言うと縛られ転がされていた仲造は、どこにそんな力があったのかと思うほど縛られた上体を振り、きつく結ばれた脚を振り、何人かを振り払った。テルの兄が仲造の腹を思いっきり蹴った。一同は少し力がそげた仲造の頭を縄の輪の中に押し込めた。
「それ引け。誰も抜けてはならねえ。皆んなで引け」
本家の旦那の号令とともに一同は縄を引っ張った。仲造は暴れたが、縄に引っ張り上げられ枝に吊るされ、しばらくすると静かになった。
「よし、引っ張った縄の端は枝に結えろ。体を縛ってある縄をほどけ。仲造は自分で首吊りをしたんだぞ」
本家の旦那は兄に向かって土下座して言った。
「兄さん、仲造はこの通りだ。これで堪忍してくれ。仲造はテルを殺めたがその後首を括った。夫婦心中で堪忍してくれ」
本家が詫びた。
「堪忍はできねえ。テルは、器量よしで気立てのいい娘だった。それを仲造の野郎が殺してしまった。許せねえ。だが、おめえさんたちの覚悟は見させてもらった。テルはもう帰ってこねえ。テルは引き取る。おめえさんたちもテルの後生を祈ってくれ」
兄は、テルを本家から持ってきた大八車に嫁入りに持たせた布団ごと乗せながらつぶやいた。
「こんなことならテルを嫁に出すんじゃなかった。小作人じゃないし、舅、姑もいないし、話を持ってきた人は仲造は人柄も良いと言っていたから嫁に出したんだが」
兄は大八車を引いて家に帰って行った。詫びるため親戚と近所の男二人が大八車を押しながら付いて行った。
大八車を引いて帰る兄を見送った後、本家の旦那は一同を集め言った。
「寺に行って和尚に話をしてくる。明日は葬式だ。夫婦心中だぞ、いいな。間違えるな」
本家の旦那は家に帰り、着替えて、小作人の引く馬に乗って寺に向かった。寺に着くと和尚が庫裡の前で掃き掃除をしていた。
「おや旦那さん、どうなすったか」
「和尚さん、相談がある」
「まあ、お上がりなさい。お〜い名主さんだよ。お茶をお出しておくれ。難しい顔をして深刻な話かいの。お茶を呑んでから話を聞きましょうかね」
出されたお茶を呑んで旦那が話し始めた。
「実はうちの身内の仲造のことで相談にあがった」
「ほう、何かあったかいの」
「仲造が新妻のテルと夫婦心中をした」
「ーーー新妻を殺しなすったか」
「いやテルを殺したのではなく夫婦心中だ」
「仲造さんは祖父母も両親も亡くなってしまって、一人で暮らしをしていた様だったが」
「それが世話する人がいて、一昨日結婚した」
「難しい人だったが二日と持たなかったか。テルさんはどんな人だったかいの」
「テルさんは、綺麗な人で世話した人の話によると心根も優しく頭も良いということであった。ただ多少体が弱く力仕事はあまり得意ではない様であった」
「なるほどのう。あの仲造さんには過ぎた人だったんじゃろう。気難しくて粗野で短気な仲造さんとは合いはせんじゃろうな。仲造さんの家は仲造さんを除くと皆亡くなってしまって、最後の母親の葬儀では、施主が仲造さんで儂も苦労したものだ。それで仲造さんが新妻を殺しなすったか」
「和尚様、お願い申し上げる。なにとぞ夫婦心中ということで納めてくだされ」
「仲造さんがテルさんを一方的に殺めたのではなく夫婦心中にしたいということですかいのう。テルさんはいつ死になすったか」
「ーーー昨晩のようだ」
「どのような死に様であったかいの」
「ーーー首が曲がっており、あられもない寝姿であり申した」
「首を絞められたのかの。仲造さんはどんな死に様であったかいの」
「家の裏のもみじの木で首を吊ったようだ」
「誰が見つけたのか。またそれはいつかいの」
「朝方、親戚の者が畑仕事を手伝いに仲造の家に行って見つけた」
「昨晩テルさんが首を絞められ、仲造さんが首を吊った。それを親戚の人が朝方見つけたと。それで夫婦心中と言う事かいの。仲造さんの素行を考えると夫婦心中とするのは難儀なことじゃ」
「一族から縄付きを出すわけにはいかんのでなんとか夫婦心中で納めて下され」
「親戚や近所の人は夫婦心中と思っているんかいの」
「それはもちろん、夫婦心中で間違いありません。そうそう、些少ですがこれはお布施です。お納めくだされ。何卒、何卒よしなにお願い申す」
「ううむ弱った。が、戒名をつけねばならんの。弔いの日取りは」
「和尚さんの都合がよろしければ明日午前にお願いしたい。なるべく早く墓に埋葬してやりたい」
「では明日午前。ほか一切承知した」
「ありがとうございます。では明日お願いいたします」
翌朝、座棺が二つ居間に並べられた。棺は二つともしっかり縄で結わえてあった。
和尚が駕籠に乗ってやってきて弔いが始まった。身内のひっそりとした集まりであった。
和尚は戒名を披露した。
「仲造さんは紅葉に縁のあるようだったので戒名は、楓樹院大悟日守法師位。テルさんは美しく優しい人だったと聞いているので戒名は、芙蓉院妙覺日照法尼位とつけた。芙蓉の花は美しいが一日で萎む。こちらに来てすぐ散らされてーーー散ってしまったテルさんにふさわしかろう」
和尚の戒名の披露が終わり、和尚はお経をあげた。
参列者一同、お経をあげる和尚の背中に手を合わせた。
出棺の時、棺の一つは担ぎ上げると、ゴロゴロと石がころがるような音がした。
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