06 作戦会議

 休憩室。ホワイトボード前。


「それでは会議を始める」


「「「おー」」」


 書記係兼司会に抜擢ばってきされた景虎はペンを持ち、本日の議題をホワイトボードへ書いていく。


「売上アップ会議……っと」


 休憩室の机には、売れ残りの焼き菓子とティーカップが4つ。会議というより、お茶会が始まりそうな光景だ。……と、その前に。


「あの、さらっと自然に座ってますけど、仕事はいいんですか? 久次良くじらさん」


「いいんだろ別に、暇だし」


「まぁ……」


 シガーレ(葉巻の形をした焼菓子)片手に、紅茶をすするおっさんは当店のパティシエ、久次良くじら亥三郎いさぶろう。小萩がメインなら、彼はサブ。さらに遥が製菓補助という位置づけだ。

「はい、はい、はーい! 議長! 発言したいです」


「はい、どうぞ小萩さん」


 小萩が我先われさきにといった様子で手を挙げている。そうせっつかなくとも、ここには自分と遥と亥三郎しかいないというのに。


「新商品を作るのはどうでしょう!」


「却下」


「え! なんでっ」


 当たり前だ。新商品を作るにはそれなりに時間と労力、金がいる。すぐに結果出るわけではない。他のことと平行で行うならともかく、優先的に取り組むことではない。


「新商品の作成はあくまでサブ。メインの方針はすぐに客が来るようなものがいい」


「まぁなー。作ったところで買ってくれる奴がいないんじゃなぁ」


 亥三郎が言う。それに対し、小萩が答える。


「でもでも、可愛い商品とかお店のホームページに載せたらお客さん来てくれるんじゃ!」


「小萩よ。残念ながら店のホームページが存在しない」


「はっ! そうだった」


 というか、SNS的なものをやっていない。アカウントも持っていない。

 従業員全員、流行りに疎いのだ。


「でもそうねぇ……ホームページくらいはあった方がいいわよね」


「そうですね。うちのお客さんは、この辺りの住人くらいですから」


 まさにご近所づきあい命。

 やはり新規客拡大を目指すなら今の時代、インターネットが重要になってくる。


「遥さん、この店ってそもそも回線引いてますか?」


「回線? 電話ならあるじゃない。ほらカウンター前に」


 遥はにこにこと微笑んでそう言った。


「ちなみにそれって光回線……いや、違いますよね」


 普通に電話回線のほうだろう。壁に線、繋がってたし。


「ネットなら繋がってるぞ」


 ほら、と言って亥三郎がスマホを見せる。


「わいふぁい、飛んでるだろ?」


 あぁ確かに。電波マークがついている。微妙に変な発音なのは多分WiFiと言いたいのだろう。


「つーかさ、こう、ぐだぐだ話してたってアレだしよ。とりあえず、今日やること考えようぜ?」


「まぁ、たしかに」


 亥三郎の言葉は一理ある。勤務中だというのに焼き菓子片手に会議とはかなりゆるい会社だ。おまけに香り豊かな紅茶付き。新入社員なら両手をあげて喜ぶレベル。いや古株も喜ぶ。


「じゃあ、ふたりで駅まで宣伝に行ってくれる?」


 遥が言う。


「宣伝……、チラシ配りとかですか?」


「そうそう、呼び込み。お願いできる?」


「それは構いませんけど、それなら、俺より遥さんや月見がいったほうが良いと思い

ますけど」


「まぁそうだな、そっちのほうが釣れるしな」


「釣れ……? なにを?」


 小萩が聞いていたが景虎も亥三郎もスルーする。

 せいぜい頑張って男どもを釣ってこい!


「ふふふ。そういうことなら、適任じゃない。景虎くん、まぁまぁかっこいいもの。物好きな女の子が来てくれるわよ」


「…………」


 それは褒めているのか、けなしているのか。

 遥の言葉に地味に傷ついた。


「あ、それなら天野さんにお願いしたらどうですか? すっごくカッコイイですもん。女の子はみんなイチコロですよ」


 イチコロって最近聞かないな。まぁ流行語とかにもみんな弱いから仕方がない。

 ところで小萩の隣で「これは俺の出番だな」と言い、何故か意気込む亥三郎がいるのは見なかったことにした。


(まぁでもたしかに)


 あの男、確かに男の自分から見ても美男ではあった。

 なんかこうドラマの主役をくってる脇役俳優的な。放送クール終わったら○○ロスとか言われるやつ。まさに流し目ひとつで、視聴者の心はイチコロだろう。


「だめよ、小萩ちゃん。それだと声をかけただけで、女の子が失神しちゃうわ。天野さん、声もかっこよすぎるから……」


 遥は頬に手をあて、溜息をついた。その表情はあの男に気があるとかではなく、純粋に心底困ったわ、という顔だ。


(何を言ってるんだ、この人は)


 気を失うほどの美形なんて男女ともに今まで見たこともないし、声で失神てどういう状況だ!


 遥の中の評価がいまいちよく分からない。


「そうですかぁ……。それじゃあ、やっぱり景くんしかいないかー」


 小萩よ、そこでガッカリするのやめてくれませんか?

 小萩の言葉にダメージ50。遥の攻撃ことばを合わせると残りのライフは20だ。


「それじゃ、はい決まり。ウエイター姿の景虎くんと、メイド姿の小萩ちゃんで頑張って宣伝してきてね」


 遥がパンと両手を叩いて言った。

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