サイドストーリー

6.5話 美味しいハロウィン

 街は秋色、ハロウィンの季節。

 自分はこれまで、街のイベントとは疎遠だった。ヴァレンタインにイースター。夏至祭にクリスマス。それらを楽しむには、ひとりではエネルギー不足。自然と興味の対象から外れて、本来の意味や楽しみ方もよくわからない。故に、他の日と同じく名もなき一日として流れ去るのが恒例行事だった。これまでは。


 自分は今、パトリックと暮らしている。本物の家族ではないし、そこまで親密な間柄でもないけれど、二人で楽しんだってバチは当たらないはず。そう思って、日用品のお買い物ついでにハロウィンを手に取ってみた。

 瞬時に湧き上がるワクワク感。次の瞬間には、喜んでもらえるか否かの不安と期待が胸の中でせめぎ合いを開始。初めてのイベントが教えてくれた感情は、とても賑やかだった。

 家に戻りキッチンへ直行。偶然にも、パトリックがコーヒーを淹れていた。

「おかえりなさい」

「ただいま。ねえパトリック。ハロウィン買ってきたよ」

 早く楽しみたい気持ちが先走り、袋の中身を両手で差し出す。彼が小首を傾げる様子は目に入らなかった。

「こっちの大きい方がパトリックのハロウィンで、小さい方は自分のね」

 後で一緒に食べようね、そう続けたかったけれど、彼の微笑みに先を越された。

「フフフ。美味しそうなハロウィンですね。ありがとうございます」

 口角が上がりっぱなしの様子を見て、自分の間違いを悟った。

「ごめん……何か間違えた?」

「エイトさんはもしや、南瓜をハロウィンと思っていますか?」

「うん。違うの?」

 自分が手にしているのは、ふんわりクリームが乗ったかぼちゃプリンと、カラメル入りのかぼちゃプリン。街に出れば至る所にあるかぼちゃのデコレーション、それこそがハロウィンだと思ったのに。どうやら見当違いらしい。

 パトリックから、あれはジャックオーランタンという盛り上げ役と聞き、意気消沈。

 やっぱり、ひとりに慣れた自分がイベントだなんておこがましい。

 悔しさで徐々に下降する両手を、パトリックがそっと支えてくれた。恥ずかしくて、目を合わせられなかった。

「ハロウィンを、一緒に楽しみたいなって、思って。でもこれは本物じゃないから、無理して食べなくていいからね」

「貴方の思う本物が、本物ですよ」

 見上げればそこに、優しい微笑みが待ち構えていた。

「エイトさんの紅茶も淹れますね。一緒に楽しみましょう、ハロウィン」


 間違いだらけのイベントが、温かく教えてくれたことがある。

 何を楽しむかではなく、誰と楽しみたいかがきっと大切。ふんわりクリームかぼちゃプリンを満喫する横顔を見て、そう思った。

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愛情の記憶 木之下ゆうり @sleeptight_u_u

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