隣で眠るが人助け?熟睡令嬢は寝言が凄い

しろねこ。

短編

私、ロゼッタはパレス国王陛下の婚約者となった


王妃なんてなりたくなかったのに。

婚約者候補にも名乗りあげなかったのに。


自分でも選ばれた理由がわからな過ぎて、胃が痛い。




ここパルス国は宝石が採れる裕福な国だ。


鉱脈も多く貴金属の加工も盛んで、周囲との貿易も滞りなく行われておる。

財源も豊富だ。


そんな華やかなイメージとは裏腹に、先代王が急死したのをきっかけに次なる王を巡って内部で争いが起きた。




ここ最近になってようやく長年の王位争いが終わったのだ。


新たな国王の名はルアネド=バンフェルグ。


ロゼッタを王妃にと推した人。




ルアネドは側室の子であったものの貴族からの後押しがあり、先代王が亡くなってから長らく空いていた席に座ることが出来た。


そしてすぐに決めるべきだと言われたのは王妃となる伴侶。


ルアネドも25歳。


国を安定させるためにも世継ぎのためにも、早急に決めねばならなかった。


数々の令嬢が是非にと名乗り挙げていたのだが、選ばれたのは侯爵令嬢のロゼッタ=ウォルミア。


ウォルミア侯爵家の次女である。

何ら特筆すべきものを持たない彼女が選ばれたことに、周囲は驚いた。


ウォルミア家は歴代で数多くの重臣を排出している家系なので、家柄は問題ない。


問題はロゼッタが選ばれたこと。


婚姻相手としては長女のアルテミアが選ばれると考えられていたのだ。


眉目秀麗で宮廷術師として仕えている、優秀な人材である。


一方のロゼッタは王宮務めではあるが、普通の文官。


魔法も使えないし、華やかなウォルミア家の一員とは思えないと昔から言われていた。


ロゼッタ自身もなんら特筆すべきものがない自分が、なぜ選ばれたのかわからない。


背も低く、美しい姉とは比べ物にならない地味な顔。

薄茶の髪は細く柔らかい為かクルクルとしており、薄紫の目は遠くが見えない。

大きなメガネは見る人に野暮ったさを与えている。




「あぁ、何とかこの婚約を破棄出来ないものか…!」


婚約者として王宮に移り住んで数日。

不敬な事を呟きながら、部屋中をうろうろしている。


今は眠りに就く前の時間。

落ち着く一人時間だ。

勉強などにも追われずじっくりゆっくり自分の為に考えられる時間帯だ。


ロゼッタは本を読むのが好きだが、まだ環境に慣れてないので読書をする気にもなれなかった。


まずは現状の打開策を考えねばならない。


婚約者となった今も忙しいのに、王妃になどなったらゆっくりなどしていられない。

昨日から始まった王妃教育もとても大変で、今から辛い。


夜寝る時にルアネドと一緒の部屋、というのも何より落ち着かなかった。


抗議したが強制的に決められた。

進言したのは何と実姉だ。


婚姻前なのに!


「ロゼッタは怖がりで、怖い夢を見ると泣きながら私のベッドに入って来るぐらいですの。慣れない王宮生活できっと心細くて泣いてしまいますわ。陛下が隣にいれば私も安心です」 

なんて言うものだから、一緒にされてしまった。

いや、確かにこの年までずっとお姉様と一緒だったけど。

まだ婚約者で婚姻もしてないのに、一緒ってあり得なくない?


ベッドは別だし、手を出される事はないが…当たり前だが気を遣ってしまう。


寝入ってしまえばロゼッタは全く気づかない。


なのでルアネドは気を遣ってロゼッタが寝てから寝所に入るのだが、明くる日にルアネドがいるのを見てロゼッタは毎日驚きの声を上げていた。


何日経っても慣れることが出来ない。


異性への耐性もないのに隣に美形がいるなんて、本当に勘弁してほしい。


ルアネドはさすが王族といった容姿だ。

紫がかった綺麗な黒髪と金色の瞳。

金は魔力が高い証らしい。


整った容姿は誰もが見惚れるものだ。


折角なんだから陛下ももっと美人を選べばよかったのにと、婚約の誓約書にサインしてからもロゼッタは諦めていなかった。


ルアネドの為にもぜひ良き伴侶を見つけるぞと意気込んでベッドに入る。






…ルアネドはベッドで寝ているロゼッタを見て、ため息をついた。


なんと可愛らしいのだろう。


今は眠っているが、起きている時の彼女は、小柄でぴこぴこ動く様は鳥の雛のような、生まれたての子鹿のような、とにかく守りたくなるほど愛らしい。


ふわふわのくせ毛は柔らかな綿毛のようで、今は見えないが薄紫の瞳は奥ゆかしい清楚さを感じる。

まつ毛も長く、美しい。

日にあまり当たらない肌は白く陶器のようにキレイだ。




ルアネドは幼い頃に命を狙われ、ウォルミア家に匿ってもらった事がある。


そこで知ったが、ロゼッタは未来が見える珍しい能力の持ち主だった。

最初はむにゃむにゃと呟く寝言がまさか予言とは思わなかった。

そして彼女は自分の口からそんなものが出てるとは知らないらしい。


悪用されては大変と彼女の家族と相談をし、何とか側に居てもらってるが…避けられてる感は否めない。


ロゼッタの姉は面白がりながらも応援してくれており、ロゼッタの両親もニコニコとして受け入れてくれてる。 だが、頑なに彼女だけは抗っている。




昔した約束を忘れてしまったのか。


悲しくもなるが、諦めてなるものかと毎日必死に口説いている。


ルアネドも自分のベッドに入り、眠くなるまでロゼッタの寝顔を見つめていた。


翌日、ここ最近の日課であるロゼッタの悲鳴という目覚ましで起こされた。




「あの、ルアネド様。お願いが…」

「何だ?」

今はお茶の時間だ。


花々が美しい中庭でのティータイム。


季節は春先、色鮮やかな花々が所狭しと咲き誇っている。


「私、あちらに座りたいのですが」


今いるのはルアネドの膝の上。


落ち着くわけがない。


「あぁ、君の座る場所は俺の膝と決まっている。そしてあちらの椅子はつい先程壊れてしまった、なぁシュゼット」

「ソウデスネ」


無表情で受け答えする従者の目は焦点が合ってない。

呆れ返っているのだ。


私を見捨てないで!思考を放棄しないで!


シュゼットはルアネドに口出し出来る、数少ない者だ。

そんなシュゼットが止めてくれないとロゼッタじゃ止められない。


溺愛が半端ないのだ。


「今度の婚約パーティが楽しみだ」

優しく髪を撫でられ、慈しむ声が聞こえる。

イケボ過ぎて耳までどうにかなりそうだ。


パーティまで心臓が保つかしら?


深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

「ルアネド様、今からでも間に合います。別な方にいたしません?」

「変える理由がないな」


きっぱりと言い切られた。

「いや、私より相応しい人はいっぱい居ますけど」

「…そんな者、いたかなぁ?」


ルアネドがシュゼットを見る。

溜息をつきつつ従者が答えた。


「ロゼッタ様以外に陛下の寵愛を受け止められる方はいませんね。ロゼッタ様、もう諦めてください」

シュゼットの声音には変えられないという事以外にも、もう面倒だから文句も言わず王妃に収まれという投げ遣りなものが含まれていた。


決定は覆らないという通達だ。


「パルス国には素晴らしい公爵令嬢の方々がいらっしゃいますよね。隣国にも素敵な王女様がたくさん」


外交先でも社交の場でもルアネドは人気がある。


特に周辺諸国。

パルスは宝石の国なので令嬢方に話しかけられるのは多々あった。

ロゼッタは壁の花となり見ていたが、毎回パーティでのルアネド人気は凄かった。


他の王子も人気だったが、物腰が柔らかく驕らない態度のルアネドは好感度が非常に高く、パーティ会場でロゼッタが近づくことは今まで一度も出来なかった。


「他の令嬢で、こんなにふわふわな髪を持ち、白磁のような肌をして、アメジストのようなキレイな瞳をした、俺の腕に収まってくれる小柄で可愛らしい女性がいるのかな?」

「……」


まずここまでくるくる髪の令嬢がいただろうか。


膝の上で真剣に考えているロゼッタがたまらなく愛おしい。


いるわけないと知っていて言ったのだから、ロゼッタがいくら考えても出てくるわけがないのだ。


結局ロゼッタはティータイムが終わるまで膝からおろして貰えなかった。




「はぁ、今日も疲れた…」

ティータイムなのに全くリラックスできなかった。

ロゼッタは堪らなく重い体を引きずり、ダンスのレッスンに向かう。


「愛されてますね、ロゼッタ様」

侍女のアンジュがニコニコしている。

「ありがとう、そんな風に言ってもらえるのは嬉しいわ」


膝に乗せるなんてやりすぎにも程があると思うのだが、愛されていると周りから言われると嬉しい。


ロゼッタとてルアネドが大好きだ。


優しい人だし、あんな美形に微笑まれて、クラクラしないわけではない。

ただ自分が隣に立つのは不釣り合いだから、釣り合いの取れる令嬢がいいと思っているのだ。


ルアネドの為にも。




周囲からしたらルアネドが婚約者を大事にしてるのは明白で、微笑ましいものだった。


そもそも文句や陰口を言うのは、選ばれなかった令嬢やその家族。

王宮の者はルアネドの決定に異を唱えない。


殺伐としていた王宮、ルアネドが王になりロゼッタという婚約者が来てから、一気に華やいだからだ。


ルアネドは元より家臣達にも気遣いがある人だし、ロゼッタはある意味貴族らしくなく誰にでも優しく接していた。


時折メイド達のところにお菓子を持っていって一緒に食べたりしてるのだ。

「美味しいものは皆と食べたほうがより美味しいのよ」

と。

これはアルテミアの受け売りで、共犯者を増やす言葉である。

こっそりお菓子を食べても皆と一緒なら怒られないだろうという魂胆だ。


優しい二人により良い環境をと、侍従達はやる気に満ちていた。




そんな中突如としてロゼッタの頭の中に、ある映像が視えた。


きらびやかなシャンデリア、飾り付けられている様子からパーティであるのがわかる。

顔触れ、雰囲気などから今度の婚約パーティのようだ。


着飾ったロゼッタとルアネド。


周囲には近親者がいる。


ルアネドが給仕のリッカからワインを受け取った。

リッカの顔は不自然に青白いが、ルアネドは気がついていない。


そのワインを飲み干すとルアネドの顔色が変わり、血を吐き、倒れる。


騒然とするパーティ。


ロゼッタは倒れるルアネドに縋りついた。

体を揺さぶるが、目を開けることはない。


冷たくなる手にロゼッタも体温が降下していく感覚がした。


「なに?今の…」


廊下の途中だが、腰が抜けてしまい立ち上がれなくなる。

「ロゼッタ様、大丈夫ですか?!」


アンジュは青褪めた表情のロゼッタの体を支えると、すぐさま人を呼んだ。

 



部屋へと運ばれるとすぐに王宮医が来てくれた。

ひと通り診察が終わり横になって休んでるとノックの音が聞こえる。


ルアネドだ。

顔色が悪い。


「大丈夫かロゼッタ?急に倒れたと聞いて…今は落ち着いたか?」


この時間は執務中のはずなのに、ロゼッタの為に来てくれたのだ。


「大丈夫です、落ち着きました。それよりも執務中では?」

「ロゼッタが倒れたと聞いて仕事が出来るわけないだろ、今日はずっと一緒にいる。何か欲しい物や必要な物はないか?俺に出来ることはないか?」

ロゼッタの手を取り、両手で優しく包みこまれる。

金の瞳が心配そうにこちらを見つめていた、整った顔立ちは見れば見るほどやはり綺麗だ。


この人を失いたくはない。


「欲しいのは、あなたです」


あんな悲しい別れは嫌だった。

生きていてくれれば何でもいい。


ぼんやりと呟いた言葉にルアネドが目を見開き、顔を真っ赤に染めた。

耳も首も赤くなり、握る手にも力が入る。


「…?」


何だろう、私今…。


「!!!」


ロゼッタはうっかり呟いた言葉を思い出し、布団を跳ね除け起き上がる。

「違います!いや、違いませんが、誤解です、そんなつもりでは言ってません!」


唐突な愛の告白をしてしまった。

意図せず言ったことにロゼッタは顔どころか体中羞恥で赤くなる。

(いや、えっと、えっーと!)

巧く誤魔化さなければいけない。


「えっと、ルアネド様を失いたくないっていうか、命を大事にっていうか、居なくならないでほしいっていうか」


どれも愛の囁きにしか聞こえない。


「ロゼッタが、そこまで俺を大事に思ってくれていたなんて…」

ルアネドは恥ずかしそうにしながら嬉しそうな声を出し、片手で隠すように顔を覆っている。


「もう婚約パーティなどまどろっこしい、結婚式を即座に挙げるぞ!」


絶対にシュゼットに怒られるから止めてー!と心の中で叫んでしまう。


「違うんですルアネド様、私さっき婚約パーティを見て…」


はたと気づく。

こんな荒唐無稽な話を信じてくれるのか?

頭のおかしい人と思われないか?


ただの妄想?幻覚?


感覚はリアルだったが、現実とは思えない光景だった。


何より、長年仕えていたリッカがそんな事をするとは思えない。


「婚約パーティを見た?何かあったのか?」

ルアネドが続きを促してくる。

「えっと…」


どう話そう。

証拠もなくリッカを悪人に仕立て上げてしまう可能性もある。


しかし、本当に起きたら取り返しのつかないことになってしまう。

どうしたらいいのか。




…頭のおかしい人という事で婚約破棄になるかも。




ロゼッタはありのまま話して様子を見ることにした。


「そうか…」

ルアネドはしばし考え込んだ。


「リッカの事を少し調べてみるが、証拠が見つかるまでは不当な扱いはしない。冤罪が心配で言えなかったのだろう?」


何故かすんなり信じてもらえたようで、婚約破棄はなさそうだ。


だがこれでルアネドの命は守れると思う。今はそれで充分だ。


「他に気になる点はあるか?何か見たとか聞いたとか?」


あの時の映像をもう一度思い出してみる。


「リッカはちらちらとある方を見てました…ごめんなさい、名前が出てこないのです。見たことのある顔なのに」

「来賓者のリストを見てみよう、今シュゼットに持ってきてもらう」


「ロゼッタ様大丈夫ですか?そしてルアネド様、いかが致しましたか?」


呼び鈴の音にすぐ駆けつけてくれる。

ロゼッタの顔色が良さそうでホッとしているようだ。


「ロゼッタは大丈夫だが、大事をとって今日はこのまま休んでもらう。俺の残りの執務は明日に回してくれ、このまま付き添いたい。夕食もこちらへ運ぶよう伝えてくれ。それと」

スラスラと命を出していく。

「婚約パーティのリストが欲しい。ロゼッタがパーティで俺が暗殺されるのを見たそうだ」

「はっ?!」

シュゼットが顔を顰めた。


待ってほしい。

まさか私の妄想のような話をシュゼットにまで言うなんて。


ロゼッタはオロオロしてしまった。


シュゼットは怪訝な顔をしている。

「暗殺とは穏やかではないですね…すぐお持ちいたします」

「頼む」


ロゼッタが言い訳するより早くシュゼットが出ていってしまった。


「どうしてシュゼットにまで言ったのですか?私の妄想かもしれないじゃないですか?!」

「シュゼットの協力は必要だろ?俺は君の言ったことを信じる」




シュゼットが持ってきてくれたリストを見ると、ロゼッタが見たのは先代の王弟ールアネドの叔父にあたる人のようだ。


「叔父が何故…俺を王にと後押ししてくれたのに」

さすがのルアネドもショックなようだ。




パルスでの後継者争いでルアネドの叔父、カルサスはルアネドの支援をしてくれた。 


王弟で大公という地位にいたカルサスの後押しは功を奏し、無事に王位を継げた。


争ったルアネドの兄弟達は臣下に下ったり、暗殺を謀ったものは断種の末追放した。


争いの種を摘み、ようやくルアネドも婚約者を取る算段となったのに。


「落ち着いた今だから動き出したのでしょうか」

シュゼットも沈痛な面持ちだ。


王弟であったが、後継者争いの中では順位が低かったカルサス。


しかし貴族としての社交性は高く、カルサスがいたから周囲の賛同をが得られたのだ。


ルアネドにとって感謝してもしきれない恩人。


「やはり、私の気の所為です。カルサス様がそんな事をするとは思いませんし」


ロゼッタは自分の一言が波乱を生んでしまったと後悔している。

やはり言わなければよかった。


ルアネドが震えるロゼッタに気づき、頭を撫でる。


「ロゼッタが言ってくれなければ俺は死んでたかもしれない、ありがとう。夫婦になるんだから、気になったことは隠さず伝えて欲しい」

優しい笑顔を向けられ、ロゼッタはほっとする。


「すぐにカルサス殿とリッカの調査を。時間がないから急いでくれ」

「はい!」

シュゼットが出ていく。


「俺も君に内緒にしている事がある。滞りなく婚約パーティが終わったら、ぜひ聞いてくれ」




そして婚約パーティの日が来た。


紫を基調としたドレスは足元に向かうにしたがって黒へと変わっていく。

細かいダイヤが散りばめられ、夜空のような美しさだ。

生地は薄手のオーガンジーを使用しており、軽やかな印象になっている。

髪は軽く結い上げられ、薄紫の花がつけられていた。

イヤリングやネックレスなどつけるアクセサリーは金色で統一されている。

ルアネドの髪と瞳の色で彩られていた。


ルアネドは濃い紫の衣装の中、柔らかいクリーム色のスカーフをつけていた。

装飾品はアメトリンをメインにし、その色は神秘的だ。

スラッとしたデザインはとても凛々しい。

二人で並ぶと装いを揃えたのが目に見えてはっきりとしていた。



パーティではたくさんの人が二人に挨拶に来る。


見知った顔もあるが、ロゼッタにとっては初めての人の方が多かった。

今後も会うことがあるだろうと顔と名前を覚えようと必死になる。


ロゼッタの家族とも久々に会い、気兼ねなく話せた。


「ルアネド様、妹を大事にしてくださりありがとうございます。しっかりと約束をお守り下さいね」

「式までは我慢するさ。こちらも約束は覚えている。落ち着いたら必ず」

「?」


ルアネドとアルテミアの会話にロゼッタは訝しむ。

「お姉様、何の話でしょうか?約束とは」

自分に関わる気がしてならない。

「うふふ、いずれわかるわ」

艶っぽく笑うだけでアルテミアは教えてくれない。

「結婚したら話すよ」

視線を感じたルアネドもはぐらかした。




ルアネドの友人だという他国の男性とも挨拶をする。


金髪翠眼のこれまた美しい男性と、琥珀色の髪と褐色の肌を持つ大柄な男性。

その隣には美しい伴侶がそれぞれいた。


「影を貸した甲斐があった。今度はアドガルムにも貢献してもらうぞ」

「可愛らしい女性だな、ぜひ我が国にも遊びに来てくれ。ルアネドに飽きたらぜひ側室に…」

「グウィエン、笑えない冗談は止めろ。ルアネドがひくついてるぞ」

「あぁすまん。ルアネドがやっと婚約したのが嬉しくてな、何ならずっと独身かと心配した。エリックだって、そうだろ?」

「最初から素直におめでとうと言えばいいのに。側室などと口にして、後で奥方に叱られてしまえばいい」


友人同士の軽口にルアネドの表情が和らいだ。

「エリック、グウィエン、ありがとう。国が落ち着いたら必ずロゼッタと遊びに行かせてもらうよ」


気のおけない友人達との会話にルアネドはすっかり緊張がほぐれたようだ。





(いよいよだわ…)


あの時見たのと同じ場面。

周囲を見渡した。


遠くでは歓談と軽食を楽しむ姿が見える。

ダンスを踊る姿も見られ、優雅な音楽がホール中に響き渡る。


今ルアネドの周りにいるのは近親者のみ。

ひと通りの挨拶が終わり、歓談に興じているのだ。


近くには青ざめた顔のリッカが見えた。


リッカは古参の使用人だ。

けして裏切るはずがないと信用されていた。


今だって明らかな動揺が見えている。

何らかの事が起こったに違いない。


ルアネドやロゼッタ、他の主賓にワインを渡していく。


ルアネドに手渡したのはやはりリッカだ。


皆に行き渡ったところで、ルアネドは周りを一瞥している。


(この後どうするのだろう?)

ロゼッタはあれからルアネドとシュゼットの計画は聞いていない。

ルアネドは皆を見たあと、ロゼッタに目を向けるとイタズラっこみたいに微笑んだ。


そして、一気にワインを煽る。


途端、ルアネドの体が大きく揺れる。

「ルアネド様!」


ロゼッタの大声に皆が一斉に注目した。


ルアネドは、血を吐き倒れる、などしなかった。


「いや、もう少し度数を抑えてあるものだと思ってた…」

口元を押さえ、少し離れたところにいるシュゼットを睨む。


シュゼットがいる位置はカルサスが万が一逃走しても捕まえられる位置だ。


その口が何かを言うように動く。

何かの合図だろう、ルアネドが立ち上がった。


「すまない、急遽ワインを変更したみたいで思わずびっくりしてしまった。変えざるを得ない事が、あったようだ。なぁカルサス殿」


名指しを受けたカルサスは目を見開く。


「陛下、何故私に?そちらのワイン事情など知りえませんが…」

「給仕のリッカを脅しワインに毒を入れただろう。指示したのはカルサス殿だな」


その一言で王家の影はすぐにリッカを取り押さえる。


カルサスの周囲も騎士たちが取り囲んだ。


「何をおっしゃってるのかわからない、これは何かの間違いだ」


「国が落ち着いてきた今、俺を毒殺し成り代わろうとしていたのだろう。

王位を阻む者が俺だけになるのを待ち、暗殺されないよう興味がないふりをしてこの時を待っていたな。

カルサス殿は俺を王にするべく頑張ってくれた立役者だ。その俺が毒殺されたとなれば、大いに悲しむだろうと皆に思われる。

情に深い男を演じて同情を集め、王になるつもりだったのだろう。

他の継承者を排除した今、俺を除けば一番王に近いのは貴方だ」

騎士たちがカルサスを捕縛する。

「待て、何かの手違いだ。私がこの国にとって大事な王を、可愛い甥っ子を殺そうとするはずがない。ルアネド信じてくれ!」

必死の訴えにもルアネドの表情は動かない。


「リッカの家族を攫い彼女を脅したことも知っている。証言も証人も揃っているよ。

毒は貴方の私兵が他国より輸入していた。即刻反逆人カルサスを捕らえ、牢に送れ」

「待て、ルアネド!」

「続きは裁判で話しましょう、会えればですが」

引きずられていくカルサスをロゼッタは黙って見るしか出来なかった。


微かに視えた彼のその後は、口にすることすら憚られるものだった。


ルアネドは忠実だったリッカに目を移す。


「リッカ…毒のワインは証拠としておさえてある。そして家族は無事だ、俺の配下が助け出しているから安心してくれ。正直に証言してもらえれば処罰は軽くする」

リッカはか細い声でお礼を言い、涙を流しながらも自らの足で騎士達に付き従った。






婚約パーティが終わった数日後、ようやく二人っきりのティータイムとなった。

今日は膝の上ではなく、なんとか隣に座らせてもらった。


「聞こうと思っていたのですが、何であの時私が視たものを信じてくれたのですか?」


単純に疑問だ。


いくらなんでも荒唐無稽な話で信じてくれるとは思わなかった。 


「いつだってロゼッタの言うことは信じてるよ。けど、それでは納得しないよな。いつか伝えようとは思っていたが、君は未来を視ることが出来るんだ」




ウォルミアがルアネドを匿った大きな理由。


幼いロゼッタが、ルアネドが死ぬと国が無くなると予言したからだ。


「ロゼッタは怖い夢を見てからアルテミア嬢と寝ていただろ?

そこで不思議な事を話す君に気づいたそうだ。君が言ったことは後日確実に起きると」


ロゼッタは当時3歳。知らないはずの事を何でも言い当てたそうだ。

怖い夢とは誰かが怪我したり、死んでしまう夢。

ロゼッタは内容を覚えていなかったが。


「君の両親も確認して事実だと知った時は驚いたそうだ。未来が視える娘を周囲から隠さねばと躍起になったそうだ」

「そういえば…」

両親からも他所へのお泊まりを禁止されていたし、大きくなってからも姉と別の部屋に寝ることを反対された。


その予言を聞くためだったのか。


「危険な事だから外部に漏らさないよう内緒にされていたんだ。もしも俺と敵対する者に知られたら、以前も今回も防ぐことが出来ず死んでいただろう」


ロゼッタが事前に教えてくれたからこそ助かった命だ。


「だからこれからも皆には内緒だ。君を無理矢理自分のものにしようとする奴が出るかもしれない」

ギューッとロゼッタを抱きしめる。


「未来が視られるから、私と婚約したのですか?」

「それは違う!」


ルアネドは強く否定した。


「君は暗殺に怯え、夜も眠れない俺に優しく言ってくれたんだ。怖い時は誰かと一緒に眠るといいんだよ、私が一緒にいてあげるって。その約束を俺は守りたかった」

「えっ?!」

そんな大胆な事を言っただろうか?

それに幼い頃にルアネドに会っていたなんて、覚えていない。


「あの頃の俺は身を隠すため令嬢の格好をしていた。そのために覚えてないかもしれない。一時期ミアという令嬢がロゼッタの家に泊まりに来ていただろ?」


ミアのことは覚えている。


長く美しい紫の髪に、お人形のような白い肌。赤い唇。

幼いのに大人っぽい雰囲気で、ミステリアスな魅力をもつ令嬢だった。

確かにあの頃のミアは常に何かに怯え、怖がっていた。

自分と眠るようになってから安心することが増えたのだと笑顔になっていった。


「思い出してくれたようだね。俺は毎夜君の予言に従って命を永らえさせることが出来た。

こうすれば生きられるって君が導いてくれたおかげだ、君は俺の救いの女神なんだ」

死なない方法を知れば、怖さなんてなくなった。

安心して眠れるようになり、精神も安定した。

何よりもロゼッタと一緒に眠ることは、感じたことのない温もりと安らぎがあった。


「眠りにつく数分だけ予言を齎してくれるんだけど、その後の君の寝顔が可愛くて…成長した今は本当の女神のように美しいよ」


予言を言った後の寝顔が、ルアネドは大好きだ。

特に明日のおやつにはケーキが出るなどの嬉しい予言だと、ふにゃりと幸せそうに笑うのだ。


誰にも見せたくはない。


「これからも俺の隣で眠ってくれよ。君の寝顔は誰にも知られたくない」

くいっとロゼッタの顎をあげさせると啄むようにキスをする。


「っ!!!」


突然の事に声が出ない。蒸気が噴き出すんじゃないかというくらい顔が熱い。


「愛しいロゼッタ。ずっと傍にいておくれ」


強い視線と艶めいた声。

熱く甘く、心が搦め捕られてしまう。




この寵愛は不当だ。

私のほうがこの人に溺れているのだから。


婚姻まで心が持つのか自信がない。

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