最終話 2人が過ごした時間
千紗乃を探して校内を走り回るがどこにも姿は見当たらず、僕は体育館の裏までやってきていた。
一通り全ての場所を見回ったはずなのに千紗乃の姿は一向に見当たらない。
ということは、トイレのように僕が見つけられるはずのない場所に隠れているのか、もしくは僕と同じように校内を移動していてすれ違ってしまったのだろうか。
考えはまとまらないものの学校中を走り回って流石に息が切れたので、僕は体育館の入り口前の段差に腰掛けた。
「はぁ、はぁ……。これだけ探し回っても見つからないってことは、もう僕と千紗乃は結ばれない運命だったりするのかもな……」
あまりにも千紗乃が見つからなさすぎて、先程まで前向きだった心も少しずつ後ろ向きになり地面を見て俯いてしまう。
気持ちを伝えようと決心した時に限ってこれだけ走り回っても姿を見つけられないのだから、どこぞの神様が適当に決めた運命とやらのせいなのではないだろうかと疑いたくもなる。
もう諦めるべきなのかのだろうか……。
いや、まだ諦めるな僕。
ここで諦めていたら今までの自分となにも変わらないじゃないか。
そんなことを考えていた矢先、わずかに聞こえる文化祭の賑やかな音の中に、僕の方に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
文化祭は校内と校庭の一部スペースを使用して行われており、体育館に用事がある生徒なんて僕のように特別な理由がある生徒以外いないだろう。
こちらに向かってくる足音は少しずつ大きくなり、僕は足音のする方向に視線を向ける。
「灯織君っ‼︎」
「えっ、ちょっ--」
走って近づいて来る足音の方に視線を向けると、その足音の主は千紗乃であることが判明した。
ついに千紗乃を見つけたことに喜んだのも束の間、視線を向けた時にはすでに千紗乃は地面を蹴って僕に向かって飛び込んできており、千紗乃に飛び込まれた僕は一緒に地面に倒れ込んだ。
「ってててて……。な、何だよ急に飛びついてきて‼︎」
急に飛び込んできた千紗乃に対して僕は飛びついてきた理由を問う。
「ゔぅ……」
「……ってちょっ、泣いてるのか?」
「だって……だっでええぇぇぇぇぇぇぇぇ」
飛びついてきた理由は全く分からないのに、千紗乃は急に泣き始めてしまった。
千紗乃が泣き始めた理由も分からず僕の頭は混乱していくばかり。
一体何が起きているというのだろうか……。
「どうした? 今飛び込んだ時にどこかぶつけたりでもしたのか?」
「違う。どこも痛くない……」
「なら何か嫌なことでもあったのか?」
「嫌なことなんて無い。むしろ逆」
嫌なことが無くむしろ逆というのであれば、何か嬉しいことがあって嬉し泣きしているのだろうか?
しかし、嬉し泣きとも雰囲気が違う。
「逆?」
「自分勝手な理由で灯織君に対しての態度をずっと悪くしてたはずなのに、それでも灯織君は私に対して優しくて……それで、それでえぇぇぇぇぇぇぇぇえ」
「ちょ、分かった、分かったから‼︎ 一旦落ち着いて‼︎」
「ゔん……」
ここまで子供のように泣きじゃくる千紗乃の姿は初めて見た。
とはいえ、悲しんでいるわけでも怒っているわけでもなく、むしろ嬉しいことがあったようなのでひとまずは安心である。
それにしても、僕が優しいというのはどういうことなのだろうか。
「まずさ、千紗乃が俺に対して冷たい態度をとってたのはもちろん気付いてるんだけど、僕が優しくてっていうのはどういうことだ?」
「……メイド服。急にロングタイプが追加されたの、灯織君が言ってくれたんでしょ?」
「--えっ、誰から聞いたんだそれ⁉︎」
「……内緒」
要するに、怒っていた千紗乃がこうして僕の元にやってきてくれたのは僕が千紗乃のためにロングタイプのメイド服を作るよう依頼したことを聞いたからなのか。
千紗乃の耳に入るとは思っていなかったが、自分の行いはちゃんと自分に返って来るものなんだな。
「……はぁ。まあ言われて困ることでもないからこれ以上は追求しないけど」
「とにかくっ‼︎ ……あ、ありがと」
「あのさ、僕がなんであの日千紗乃がパジャマの裾をヒラヒラして僕を揶揄ってきたことに怒ったか分かるか?」
「べ、別に揶揄ったわけではないけど……。揶揄われてイライラしたんじゃないの?」
「千紗乃が僕以外の男にそんな淫らなことしてる姿を想像したら嫌になって、そうならないために真面目に怒ったんだよ」
僕は千紗乃に自分が考えていたことを正直に伝えた。
これを伝えたということは、もう後戻りはできないということである。
「……え?」
「まあ色々細かい説明は省かせてもらうけどさ……」
この気持ちを伝えれば僕たちの関係は今より先に進むかもしれないし、完全に無かった物になってしまうかもしれない。
間違いなく言えることは、この気持ちを伝えれば僕と千紗乃の関係がどういう形であれ変化するということ。
人は変化を恐れる生き物だ。
現状維持バイアス、なんて言葉を昨今よく耳にするが、現状を変化させるのは誰しもが嫌がるし怖がるものである。
しかし、僕は現状が変化してしまうことを覚悟の上で、この気持ちを伝えると決心したのだ。
「僕は千紗乃が好きだ。だから千紗乃のあんな姿を誰にも見られたくなかったんだよ」
「……好き? え? 好きってその……えっ⁉︎ 好き⁉︎」
「そうだよ。だから怒ったんだ。あの時は怒られて腹が立ったかもしれないけど、この理由に免じて許してほしい」
「そ、そんな理由じゃなくったってもう許してるし気にしてないけど……。まさかそんな理由だったなんて……」
「……悪いかよ。僕が千紗乃のこと好きになったら」
「そんなわけないじゃない‼︎ それはもちろん、嬉しくてたまらないけど、その、反応に困るって言うか……」
反応に困るということは、千紗乃は僕のことを恋愛対象としては見ていなかったのだろう。
要するに、僕は振られるのだ。
とはいえ、自分の正直な気持ちを伝えたこの行動が間違っていたとは思わないし、そこに後悔なんて感情は微塵も無い。
「ごめん。反応に困らせて。振られても今までみたいに友達として仲良くしてくれると--」
「え、なんで振られる前提なの?」
僕は千紗乃の表情を見ながら目を見開いた。
「え? だって反応に困るって……」
「そ、それは嬉しすぎて反応に困ってるだけ‼︎ わ、私もその、パジャマとかヒラヒラしたのも全く私に興味を持ってくれない灯織君を誘惑しようとしたからで……」
「え、誘惑?」
「そ、そうよ‼︎ 悪い⁉︎ だって灯織君、全然私のことを恋愛対象として見てくれないから……」
「ちょ、ちょっと待て。それって……」
「……そうよ。私も灯織君が好き」
「……--っ⁉︎」
昔の僕であればこんなのただの罰ゲームか何かだろうと信じようともしなかっただろうが、これまでずっと千紗乃と一緒にいたからこそ分かる。
この千紗乃の反応が嘘でもなんでもなく、本当の気持ちであると。
そうして僕たちは目を見合わせた。
「「ふふっ。ははっ。ははははっ--」」
僕たちは笑いを堪えきれず、同じタイミングで同じように笑ってしまった。
なぜ長い期間を共にして同棲までしているというのに、ここまでお互いの気持ちに気付かなかったのだろうかと。
なぜこれほどまでに遠回りをしてしまったのだろうかと。
「遠回りしすぎたわね」
「ああ。遠回りしすぎたし順番が色々と前後してよく分からなくなってるけど、これでようやく本当の恋人になれるってことだな」
「私たち、出会ったその日からカップルだったのにね」
「嘘の、カップルな」
「そうね。逆にこれからは付き合ってないって嘘ついて生活していくのもありなんじゃない?」
「ははっ。なんか皮肉が効いてて良いなそれ」
大体付き合った男女なんてそんなことを思うのかもしれないが、僕は千紗乃とこれからもずっと一緒にいて、別れることなくいつかは結婚するのだろうと思った。
恥ずかしげもなくそんなことを思えるようになったのが成長なのかどうかは分からない。
「とにかくこれからよろしくね。灯織」
「ひ、ひおっ--」
急な名前呼びに僕は思わず顔を紅潮させる。
「ほら、もう戻ろっ。音夢たちにも報告しないとだし」
「千紗乃っ」
顔を紅潮させる僕を一瞥してから校舎の方に向かって歩き出した千紗乃を、僕は咄嗟に呼び止めてしまう。
それはきっと、千紗乃にもう一度自分の気持ちを伝えたいと思ったからだろう。
「ん? どうかしたの?」
「あ、あのさ……」
「……?」
「……やっぱなんでもない」
「えー、なにそれ教えてよー」
「また今度な」
「なにそれめっちゃ気になるんですけど」
千紗乃にもう一度気持ちを伝えるために呼び止めたが、色々と考えて結局伝えるのをやめた。
そして僕は前触れもなく千紗乃の肩を持ち、そのまま千紗乃を僕の方へと近づける。
「んっ--。……ちょっ⁉︎ 灯織君⁉︎」
「焦りすぎて呼び方戻ってるぞ」
「だ、誰だって焦るわよこんなの〜‼︎」
今日はこうして言葉ではなく行動で気持ちを示した。
言葉にしなくたってもう僕の気持ちは伝わっている。
それに、これからは言葉にしたいと思ったら毎日でも、この気持ちを伝えるチャンスがあるのだから。
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同じ高校に通うS級美少女が親の都合で許嫁になったが、可哀想なので親にバレないよう距離を置こうとしたらめちゃくちゃ好かれた 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d
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