第100話 知らないところで
灯織君が藤田さんに連れ去られてから、私は一人で文化祭を見て回っていた。
関係が悪化していたとはいえ、灯織君から『一緒に回ろう』と声をかけられた時は嬉しかったし今度こそ仲直りをしようと思っていた。
そんな時、タイミング悪く藤田さんがやってきてしまったのだ。
ただ藤田さんがいつも通り灯織君を探して楽しくお喋りしようとしているだけだとしたら、『今私と二人で文化祭回ってるんだけど』と言って引き止めることもできた。
それなのに、私が灯織君を引き止めなかったのは藤田さんが灯織君に何の用事があったかのか察したからだ。
灯織君は何も察してはいない様子だったけど、藤田さんのあれだけ真剣な表情を見れば誰だって今から何をしようとしているのか察することができる。
灯織君はわざと気付かないようにしていたのか、それとも本当に鈍感なだけなのか……。
うん、絶対後者ね。
「はぁ、引き止めるべきだったのかな……」
藤田さんが私のもとにやってきた瞬間はこうして灯織君と藤田さんを二人きりにするのが正解だと思っていたが、今になって後悔してしまう。
後になって後悔するくらいなら何も考えずに灯織君を引き止めればよかった。
灯織君と藤田さんを二人きりにしたら、藤田さんが灯織君に告白をして付き合ってしまう可能性もあるんだから。
私の方が灯織君といた時間は長いが、そんな物がアドバンテージになるとは思えない。
完全に私の独りよがりな理由で灯織君と喧嘩してめんどくさい女となってしまった今、私みたいな面倒くさい女の子より藤田さんみたいな純粋で無垢な女の子の方が魅力的に見えるよね。
本当に何やってんのよ私……。
「あれ、チサじゃん。一人?」
自分自身に呆れてため息をついている私に声をかけてきたのは音夢だ。
音夢は水野君と二人で文化祭を回っていたようで、音夢の隣にはわたあめやらりんご飴やら色々と持たされている水野君が立っている。
「音夢。うん。ちょっと気分転換にぶらっと」
「ごめん翔太、先教室戻ってて」
「ちょ、ちょっと! 別に私一人で大丈夫だよ? せっかくの文化祭なんだし二人で回らなきゃ」
ただ一人で歩いているだけの私を見て何を察したのか、音夢は水野君を先に教室に帰らせようとした。
ここで音夢が水野君と別れることになれば、私がしていることは先程の藤田さんと何も変わらなくなる。
この二人には私のことなんて気にせずに、カップルとして学生生活の中で数度しかない貴重な文化祭を過ごしてほしい。
「いいのいいの。私たち超ラブラブだし? そんな私たちよりもチサと灯織君みたいに問題があるカップルの手助けしたいし」
「な、なんで問題があると思ったの?」
「雰囲気? としか言いようがないかな」
音夢には特別今回の問題を相談してはいなかったが、付き合いが長いせいか見抜かれてしまっていたようだ。
「ま、まあ問題が無いって言ったら嘘になるけど……」
「でしょ。チサが気にならない程度にパパッと話聞くから。ね?」
「音夢……」
そして水野君が教室に戻り、私は音夢と屋上前にある物置スペースで話しをすることに。
「あ、あの……」
「いいよいいよ。別に喧嘩した理由とかが知りたいわけじゃないし」
「え、そうなの? でも理由が分からないと相談もできないんじゃ……」
「相談に乗りにきたわけじゃなくて、一つだけ伝えないと行けないことがあるの」
相談に乗るわけではなく、それでいて今の私に伝えたいこと?
音夢が何を考えているのかは理解することができない。
「伝えたいこと?」
「文化祭で私たちが着てるメイド服さ、途中でロングタイプも追加されたじゃん?」
「うん。それがどうかしたの?」
「あれ、本庄君がメイド服担当の子に掛け合ってくれたみたいだよ」
「……え?」
灯織君が掛け合ってくれた?
自分自身はメイド服を着ることもないので、ロングタイプのメイド服を追加してくれだなんて頼む理由はないはずだ。
「チサが丈の短いメイド服を着たくないって知ってたから、無理言ってくれてたみたい。頼まれた子も予算的にって断ろうとしたらしいんだけど、それなら俺がどこかでバイトして返すとかなんとか。結局その熱意に負けて、食材の金額とか削ってロングタイプのメイド服を購入することになったみたい」
灯織君は自分のためではなく、私のために自分には全く関係の無いお願いをしてくれていたのだ。
そんなの、そんなのもう……っ。
「チサのことこんなに考えてくれる人今までいた?」
「ありがとう音夢っ。私行ってくる‼︎」
「四人でデートしようね‼︎ 絶対だよ‼︎」
音夢の言葉に振り返って体の前でガッツポーズを作ってから、灯織君を探して校内を走り回り始めた。
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次回、最終話となります!
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
また、最終話投稿と同時に新作を投稿予定です!
そちらもお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします!
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