僕が妻を愛せなくなった言葉

私誰 待文

「僕はもう、妻を愛していない」

「僕はもう、妻を愛していない」


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 母の訃報ふほうを聞いたのは、何でもない出勤日の朝だった。俺はあわてて本部へ休暇のむねを伝え、妻にも連絡をし、意の一番に実家へ向かって車を飛ばした。

 幸い平日の昼間とあってか道はさほど混雑せず、予定より早い到着になった。

 俺は早速病院へおもむき、母が入院していた病室へ入る。


 ビジネスホテルの一室ほどの部屋。そこには、骨ばった背中をやなぎのようにしな垂れさせた父の背と、おおいの代替である白い布で顔を覆われた遺体。

 もう一人、母の主治医であった小太りの医師が俺に話しかけてくる。

「お母様の顔を、ご覧になられますか」

 俺は母の亡骸なきがらに深く合掌をする。医師が布をやおら取り去った。


 そこには、生前の面影をまるで残さない土気色の遺体があった。思わず目をそむけたくなる姿だが、不思議と忌避感きひかんは覚えなかった。

 何故なら、俺はその遺体に込められた日々を知っているから。

 幼い頃は泣き虫だった俺を抱きしめなぐさめてくれた腕、受験の不安を払拭ふっしょくしてくれた激励、めずらしく早起きした日に見た俺の弁当を作る背中。

 今ここにある母の姿は、腕も、唇も、体もれている。だが俺には逆に、その骨と皮のままで動かない今の姿が、一人の偉大な女性が生涯を気高くまっとうした証だと思えるのだ。


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 縁戚で出来る措置そちを終え、後は病院側に任せる運びになった。遺体を病室から霊安室に送る間のほんの数時間、一度葬儀屋の霊柩車れいきゅうしゃが実家へ母の遺体を運ぶらしい。父が選んだ、見送りの方式だった。


 母の遺体の処置を待つ間、俺と父はただだまっていた。幸い、病院から実家が近いため、しばらくは家で看護師の処置を終えた後、連絡を預かり次第実家へ遺体を運ぶ流れになるらしい。


 久しぶり帰った実家は、どこか陰鬱とした雰囲気がある。きっと、父の孤独や介護疲れといった負の側面を家がおぼえてしまったのだろう。

 学生時代まで歩きなれた実家へ上がり荷物を下ろす。父は黙々と台所から緑茶を二人分む。


 俺はこれほどまでにかげのかかった父の顔を見たことがない。

 それもそのはず。彼が無くしたのは、六十年以上共にげた最愛の人なのだから。俺は両親が、中学時代からの大恋愛のすえに結婚したことを知っている。もはや体の一部、人生の半分と形容して差し支えない存在。俺にも妻はいるが、彼女とは職場内で知り合った仲だ。それでも俺は妻のことは今でも愛しているし、父と母が過ごした日々ならなおのことだ。


 俺と父、向かい合って椅子に腰かける。壁掛け時計の秒針だけが、決まったリズムを鳴らしている。

 俺は暗黒じみた実家の空気の中で何を切り出そうか、迷った挙句まずは無難に父にねぎらいの言葉をかける。


「えっと、お疲れ様」

「ああ」


 沈黙。秒針のリズム。緑茶の湯気ゆげ

「ごめんな。あんまり手伝ってやれなくて」

「自分の家庭を第一にしろ」


 沈黙。秒針のリズム。緑茶の湯気。

つらいよな。ずっと愛していた人が、いなくなってさ」

「ない」

「……え?」


 沈黙。

 秒針のリズム。

 沈黙。


「僕はもう、妻を愛していない」


 秒針より早く鼓動を打つのが分かる。

「何で、だよ。あんなにずっと仲よさそうにしてたじゃんか」

「聞きたいか」


 ここで「悪かった」や「言いたくないならいいよ」等々、父の心境をおもんぱかれる言葉はいくらでも言えたかもしれない。でも今の俺にはただ、びついた機械みたく黙って首を縦にうべなうことしかできなかった。


「彼女が最期、僕に何という言葉をのこして死んだのか」



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 彼女は初めて会った日から、言葉を大切にしていた人だった。


 あんなに、


 初めて会った教室で隣の席同士になり顔を合わせた際にはうやうやしく「よろしくお願いします」と、


 教科書を貸してあげた時に小声で「お優しいんですね」と、


 体育祭でアンカーのバトンをたくされた瞬間息を切らしながら「頑張ってください」と、


 修学旅行で同じ行動班に決まった時に喜色満面で「安心しました」と、


 学年が上がり別々のクラスにはなれることになった時におずおずと「時々でいいので、会えませんか」と、


 初めて僕の家で二人きりの勉強会を開いた時しきりに部屋の隅々すみずみへ視線をやりながら「緊張、しちゃいますね」と、


 同じ高校に合格した瞬間に抱き合い「本当に嬉しいです!」と、


 部活勧誘のチラシを大量に貰いつつ照れながら「やっぱり私は悠馬ゆうまくんと同じく、帰宅部ですね」と、


 高校二年の修学旅行の夜にこっそりと班を抜け出し火が出そうな赤ら顔で「これからは、彼女として、となりにいてくれますか」と、


 初めてのデートで行った水族館でイルカショーを見ながらぽつりと「すごく楽しいです」と、


 何となく立ち寄ったブティックで二時間以上ずっと「悠馬くんはこっちとこっちのアウター、どっちが似合ってると思います?」と、


 僕が大学で離ればなれになりたくないから同棲を切り出した時に畏まった態度で「不束者ふつつかものですが」と、


 同棲初日に帰ってきた第一声に元気よく「ただいま」と、


 頑張って作ってくれた手料理に美味しいと舌鼓したつづみをうっていたら「私も、悠馬ゆうまが喜んでくれて嬉しい」と、


 就活に苦戦していた時に頭を優しくでながら「大丈夫、悠馬なら絶対内定取れるって」と、


 仕事がいそがしくなり二人の時間が取りにくくなったある日電話越しに「さびしいよ」と、


 苦労して予約したフレンチレストランで結婚を申し出たら大粒の涙を流しながら「ずっと、ずっと待ってた」と、


 初めて見た花嫁衣裳に綺麗だと言葉をらした時に「貴方あなたも」と、


 披露宴を終えて二人きりになった夜に枕元で「私たち、今世界で一番幸せな二人だね」と、


 第一子を身ごもったと聴かされ感極まってしまった時にもらい泣きしながら「これからは三人で家族だね」と、


 無事に出産を乗り越え汗だくになりながら笑顔で「初めまして、悠佑ゆうすけ。貴方のママと、パパですよ」と、


 初めて息子が自力で立ち上がった時に「悠佑って天才かも!」と、


 慣れない幼稚園から帰ってきた息子を抱き留めながら「大丈夫。ママは悠佑が強い子だって誰よりも知ってるから」と、


 小学生に上がる息子のランドセルの色でめた時に毅然とした態度で「これからは何でも悠佑自身に決めさせることが大事なのよ」と、


 息子が運動会の徒競走で一位を取った時にはしゃぎながら「やっぱり悠佑ゆうすけは運動の才能があるわ!」と、


 学校の友達が増え家に帰るのがおそくなってきた悠佑の話をしながら「昔は幼稚園から帰ったらすぐ抱き着いてきたのに」と、


 小学校の卒業式で堂々とした振舞いで『旅立ちの日に』を歌う息子の姿に感涙しながら「本当に立派に育ってくれて良かった」と、


 思春期に差し掛かった息子とコミュニケーションが上手く取れずつい「どうしたらいいのよ」と、


 受験期を控え不安で潰れそうになっている息子へほがらかに「大丈夫よ、今まで頑張ってきたじゃない」と、


 高校二年生のある日息子がふと漏らした異性への興味から恋愛話へつながった時に「昔のパパは本当にかっこよかったのよ」と、


 初めて息子が家に彼女を連れてきた時にやけに張り切った声で「どうしましょ、私この歳でおばあちゃんになっちゃったら」と、


 大学の進路が聞いたこともない学部だと知った時「あの子はちゃんと将来を考えてるのかしら」と、


 就活に四苦八苦する息子に「大丈夫よ、パパは今でこそ立派だけど、就活生時代は悠佑ゆうすけ以上にボロボロだったんだから」と、


 息子が社員寮へ引っ越した翌日に作りすぎたおかずにハッとして「もう悠佑はいないのよね。癖って怖いわ」と、


 電車に乗って久しぶりに遠方へ旅行をした際にふと「こういう余生もいいわね」と、


 息子が送ってきた写真つきのメールに返信しながら小声で「元気で、何よりです。たまには、こっちに、返ってきてください。お母さんより。」と、


 突然帰省してきた息子と一緒にやってきた見知らぬ女性が息子の婚約者だと知った瞬間「佳奈美かなみさん本当に気が利いて立派ね! 悠佑にはもったいないくらいよく出来た人だわ」と、


 息子夫婦の披露宴で祝辞の言葉の最後に「大丈夫、この先のどんな困難にも、貴方達夫婦なら乗り越えていけます」と、


 家族写真を送ってきた息子夫婦にメールを返しながら小声で「早く、孫の顔が、見たいです。お母さんより。」と、


 初孫の祐司ゆうじを連れて息子夫婦が帰省してきた時に小さな彼を優しく抱きながら「やっぱ佳奈美さんに似て目元がぱっちりね。でも鼻の高さは悠佑譲り、お父さんとお母さんのいいところを一つずつもらったのね」と、


 幼稚園に上がった孫に上げるお年玉袋を準備しながら「幼稚園くらいの子ってどのくらいあげればいいのかしら、一万円じゃ足りないわよね」と、


 小学生の孫に久しぶりに会った際に「本当にかっこいい顔立ちしてるわね。将来はアイドルかしら」と、


 孫が中学生になり息子夫婦二人で帰省することが多くなった際にまず「どう最近、祐司ゆうじちゃんは元気?」と、


 取っている新聞の文字が読めなくなったと気づいた時にため息ひとつついて「もう歳ね」と、


 二人で老眼鏡を買いにいった時手あたり次第に掛けながら子供のように「どう貴方あなた、こっちとこっちのどっちが似合う?」と


 大学生になった孫へ嬉々ききとして僕たち二人が撮ったアルバムを見せながら「ほら、この時は本当に小さかったんだから」と、


 僕が定年退職した夜に少しだけ豪勢な食事を作って待っていてくれた妻がおだやかな顔で「お疲れさまでした」と、


 ある日息子が帰省した時に苦虫を嚙み潰したような表情で「えっと、何だったかしら。ねぇお父さん、悠佑ゆうすけの孫の名前、なんて言ったかしら」と、


 年二回の健康診断で膵臓すいぞうがんが発覚した時の帰り道でぼそりと「そうよね」と、


 投薬治療を続けながら暮らしていたある夜に大量の寝汗をきながら「お父さん、水、水ちょうだい」と、


 病院のベッドで果物をカットする僕を見ながら「ごめんさないね」と、


 外出許可が出た日に閉館が近かった思い出の水族館へ二人で足を運びイルカショーを見ながら「なつかしいわねぇ」と、


 お見舞いに来てくれた悠佑夫婦と話しつつ祐司ゆうじに頑張って笑顔を作りながら「ご飯はちゃんと食べてるの?」と、


 主治医に投薬治療を続けるかと質問され長い沈黙の後に「もう、いいです。私は十分に生きました」と、


 二人きりの病床でふと「貴方あなた。こんな私を、最期まで、愛してくれて、ありがとうございます」と、


 家で一人炊事をしていた時に電話が鳴り、駆けつけた時には妻は天井をあおぎながら「貴方あなた! 貴方!」と、


 負の感情に圧されふるえる彼女の手を必死ににぎりながら大丈夫、大丈夫だよ! と答える僕の声が聞こえているのかいないのか、彼女はただ病室中を埋め尽くすような金切声で「痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」と。


 そして永遠にも思える地獄の終わり。

 あんなに出会いから今日までたくさんの愛を、たくさんの言葉で僕に話しかけてくれた妻の、彼女の最期さいごの言葉は、










「ぴゲッ」










 それから彼女は一切の言葉も、呼吸も、運動もしないまま、みがかれてないスカスカの歯とフケだらけの白髪を無造作に散らした形になった。

 幾数年の恋を冷ますのには充分な一言だった。


 -  -  -  -  -


「覚悟しておけよ」

 からになった湯飲みを流し台へ持っていく父は、背中越しにはっきりと言い放った。

 明らかに重みを増した家の空気を、携帯の着信音がやぶる。父が短く応答する。どうやら、おおよそ母の遺体処置が済んだらしい。

 覚悟。

 その二文字が精神に焼き付いて離れてくれない。


 母を乗せた霊柩車れいきゅうしゃのエンジン音が窓越しに聞こえてくる。



                                   〈終〉


 

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