第116話 名前に神が入っているのは自己主張


 私は死んでしまった。

 神である私は死ぬはずがないのに女神アテナの最後っ屁により死んでしまったのだ。


「どうでもいいから起きなよ、お姉ちゃん」


 エルナが私の身体を揺すってくる。


「お前はもう少し待てないんですか?」

「いや、逆に皆が待ってるよ」

「ったく」


 私は目を開けると、ベッドから起き上がった。

 エルナは私のベッドに上がり、正座している。


 ここは社の2階にある私の部屋だ。


「気分はどう?」

「あれが死なんですかね? 意識が遠のいていく感じがものすごく不快でした」

「さあねー? ボク、死んだことないし」


 そら、そうだ。


「まあ、何にせよ、ありがとうございました。お前のおかげで助かりましたよ」

「でしょー。ボクのスキルのおかげ!」


 私は死んだ。

 ただし、死んだのはエルナのスキルである現形で作った実体だ。

 エルナは自分がそうであるように肉体を作り出すことができる。


 私はエルナの作った私人形に憑依していたにすぎない。

 あいつらはあれが私とまったく疑わなかった。


 まあ、現形なんてスキルを知るわけがないし、仕方がないという見方もできる。

 人は奥の手を持つと絶対的に優位に立っていると勘違いしやすいのだ。


 しかし、少しは疑うべきである。

 神である私があんなところで護衛も付けずに1人でいるとでも思ったのか?

 私が助けを呼ばないことを不思議に思わなかったのか?

 あんなに騒いでいたのに誰も来ないことに疑問を持たなかったのか?


 所詮はあの程度だ。

 生徒会長がいないと何もできないところはまったく変わっていない。


 簡単に挑発に乗ったしね。


「さて、エルナ、本当にご苦労様でした」


 私はエルナの頭を撫でる。


「君に死なれたらマズいからね。まーた、人族と亜人の戦争だよ」

「まだ人族の意識は変わっていませんしねー」

「それもだけど、獣人族もだよ。彼らは君がいなくなったら人族を攻撃し始めるよ。やられる前にやれって思うから」


 ありえるな。

 あいつらはこの前の戦争で勝ちを知り、自信がついただろう。

 私が死ねば、また迫害されるのではないかと恐れ、先制攻撃をする。

 そうなったらもうランベルトでも止められない。

 戦争だ。


「やはり私は死ねませんね。人というのは愚かです。私がいないとバカばっかりする。私が未来永劫、導いてあげましょう」

「頑張ってー」

「お前は楽ですねー。ハーフリングは問題を起こさないから」


 森から出てこないのが問題なんだけどね。


「大人しい種族だもん。でも、最近はエルフとも交流があるよ。エルフが獲物を狩って、ハーフリングが作物を育てる。ギブアンドテイク!」

「本来はその姿が正しいんですよ。それなのに争いばっか。愚かですよ、ホント」


 皆で協力して生きていけばいいのに何故、それができない。

 平和に生きる喜びを分かち合うことこそが至高だというのに。


「人は退屈を嫌がるからね。やだやだ」

「ホントですよ。静寂こそ、素晴らしい」


 人なんか、私のために祈っておけばいい。


「うーん、ボクと君の意見は同じようで全然、違う気がするなー」

「一緒ですよ。戦争はんたーい!」


 私は拳を握り、天井に突き上げる。


「はんたーい! いや、君、めっちゃ戦争してるけどね」


 私と同じように拳を突き上げたエルナがすぐにツッコんできた。


「平和のためです。さて、エルナ、お前は中央で頑張りなさい。私はあっちの世界を作りかえてきます」

「あっちって、文明レベルがすごいんでしょ? 大丈夫?」


 エルナが心配してくれる。

 お姉ちゃん想いのいい子だ。


「問題ありません。こっちには秘策があるのです」

「秘策ねー……まあ、どうせ、また武力による支配だと思うけど、気を付けてね」

「私だって、本当は武力なんか使いたくはないんですけど、敵が抵抗してくるんですもん」

「そら、そうだろ……」

「でも、大丈夫。すーぐに私の前に跪きますからね」


 目に浮かぶようだ。


「まあ、好きにしたらいいよ。じゃあ、ボクは中央に行ってくるよ」


 エルナはぴょんっとベッドから飛び上がった。


「転移で送っていきましょうか?」

「大丈夫。エルフの子がヘリを出してくれるから。君に船まで運んでもらって以来だよ。今度は空の旅を楽しむ」


 あの時は楽しむ余裕はなかっただろうしね。


「じゃあ、後のことは頼みます。半年くらいで戻ってきますよ」

「早っ! もっとゆっくりでいいよ」

「早い方が良いでしょう。征服したらお前も連れていってあげます。シュールストレミングっていう美味しい魚を食べさせてあげましょう」

「わーい! やったー! 楽しみ!」


 うんうん。

 本当に楽しみだよ……くふふ。


 私は笑みを消しながらエルナと共に1階に下り、社を出ると、エルフの子がエルナを待っていた。

 私はエルナに別れを告げると、転移を使い、集合場所の平原に向かう。


 私が転移すると、そこにはミサとリース、それに帰るために大荷物を持つ生徒達が待っていた。


「リース、皆の配置は?」


 私は今回の作戦参謀であるリースに聞く。


「皆、配置は終わっています。ひー様の合図次第で作戦を開始します」

「よろしい。広報!」


 私は広報さんを呼ぶ。


「広報って呼ばないで」


 ミスズさんが心底、嫌そうな顔をしながら前に出てきた。


「…………じゃあ、返せや」


 ブラックリースが出てきたようだが、無視する。

 こいつの過剰な権力を奪うために広報をミスズさんにあげたのだ。


「ミスズさん、皆の準備は?」

「帰る人は皆、揃っているわ」


 生徒達の中には帰らないという人もいた。

 こっちの方が良いとか、親との折り合いが良くないとかだ。

 また、ノゾミも残る。

 ノゾミも近い内に帰る予定ではあるのだが、今回は見送るそうだ。


 まあ、思うところがあるのだろう。

 ランベルトに鑑定のスキルを持っていることがバレ、こき使われて忙しそうだし。


「アキト君はいるー?」

「いるよー」


 私が生徒達の群れに声をかけると、アキト君が奥さんを連れて、前に出てきた。

 奥さんの腕の中には赤ちゃんがいる。


「お前、どうするんです?」


 私は出てきたアキト君に聞く。


「何が?」

「いや、その子。親に何て言うんですか?」

「そのまんま言うよ。そんでもって、アイカの親に土下座する」


 修羅場だわ。


「頑張って殴られてきな」

「争いのない平和な世界は?」

「それは暴力ではありません」

「そっすか。まあ、頑張るわ」


 アキト君も覚悟はできているようだ。


「よろしい。では、お前達、あと少しだけ待ちなさい。先に私が行って、用意をしますのでね」


 私はそう言うと、リースを見る。


「後はお任せを」


 リースに任せておけばいいだろう。

 リースがこいつらを学校に転移させ、向こうで待機している教団員が家に連れて帰る。

 あとはこいつらが家族に説明アンド説得してくれればいい。


「よろしい。さて、ミサ、準備は良いですか?」


 私は最後にミサに声をかけた。

 ミサはいつものように学校の制服を着て、マシンガンを肩に背負っている。


「ひー様、本当にやるんですか?」


 ミサが最後の確認をしてくる。


「もちろんです。私は世界を救う。皆のために、自分のために」


 私がそう言うと、ミサが抱きついてきた。

 地味にマシンガンが当たって痛かったりする。


「ひー様から離れろ、クソメガネ……!」


 ブラックリースがうるさい。


「ああ、ひー様、私はあなたを救えなかった。でも、あなたは自分の足で幸福へと進んでいくんですね」

「当たり前でしょう。あんたは私を救わなかった。助けを求めても何もしなかった。私は神も悪魔も無能だと知った。ならば、自分でやるしかない。私が神となり、すべてを救う。人も、自分も、何もかも」


 誰もが私の涙を無視した。

 私の傷を癒してはくれなかった。

 あの親を殺してくれなかった。


 だから私がやる。


 ミサは私に抱きつくのをやめると、数歩下がり、私に背を向け、何もない平原を見る。


「かつて、この平原にもたくさんの人が住んでいました。ですが、皆、滅びました」

「ふーん」

「何故だかわかりますか?」

「あんたが無能だったからでしょ」


 こいつ、マジで無能だもん。

 そのくせ、行動力だけはある。

 1年前だって、こいつはロクに使えない弓だけを持って、1人で私の封印を解きに来た。


 嬉しかったけど、めっちゃたちが悪い。


「そうです。皆が私をバカにしました。皆が私を蔑みました。そして、私は滅んだ…………」


 ミサはこちらを向くと、メガネを取り、微笑んだ。


「私は幸福の神。もはや誰もが名前を忘れてしまった幸福の神です。誰も救えず、アテナに追いやられ、逃げた先でもたった1人の少女も救えない無能の神」

「あんた、料理が上手じゃん。私に大吉を引かせてくれたじゃん」


 私はおみくじで大吉しか引いたことがない。


「ショボいでしょう」

「他にも給食のデザートをくれたじゃん」

「……あげてねーわ。私がトイレに行っている隙にあんたが私のプリンを食べたの」


 あれ?

 あ、そうかもしれない。


「………………」

「もうないんかい…………私はこのように何も出来ません。ですが、ひー様はできます。あなたならば、絶対に神になれると思った。絶対に人々を救えると思った。だから私の幸福教をあなたにあげた。あなたなら、かつて滅んだ私の宗教を大きくしてくれると思ったから」

「大きくなったね」

「…………カルトになっちゃいました」


 さすがは無能。

 見る目すらない。


「しゃーない」

「しかも、あなたは邪神になっちゃいました。全部、リースのせいです」


 私もそう思う。


「おい、クソメガネ! ケンカ売ってんのか!?」

「リース、黙ってなさい」

「チッ! 覚えておけよ……」


 ブラックリースがミサを睨む。

 無視無視。


「ですが、あなたは世界を救う。平和な世界を作ってくれる。私が欲しかったものを見せてくれる。誰もが争わず、暴力のない世界を!」


 マシンガンを背負ってやるヤツが何か言ってるし。

 いっつもマシンガンをぶっ放してるヤツが平和とか言ってるし。

 神様ってマジで自分のことを棚に上げるわ。

 …………うん、まあ、自覚はある。


「そうね。その平和のために私達は戦うの」

「そうです。ひー様、あなたこそ、神にふさわしい。あなたこそが天上に立つべき御人。さあ、すべてを作りかえましょう! この幸福教団ナンバー2の私があなたの覇道を支えます!」


 さりげにリースにマウントを取るなよ……


「3、3、3!」


 リースはリースでうるせーし。


「巫女が2番に決まってるでしょ」

「無能は下がれ。お前は清聴って叫ぶだけだろ」

「あ、言ってはいけないことを言ったな!」


 ケンカすんなっての……


「抱き合って寝るくらいに仲が良いくせにケンカしないでよ」

「……………………」

「……………………」


 ミサもリースも斜め下を向いて黙った。


「静かになりましたね。では、最後の戦いの開戦といきましょうか! ミサ、メガネをかけなさい」


 こいつ、さっきからカッコつけて、メガネを取っている。


「晴れ舞台だからコンタクトにしてきたんですけど……」

「メガネをかけないと、誰もあんたを認識しないわよ」


 ナツカとフユミが困るでしょ。


「ひっで……」


 ミサはそう言うもメガネをかける。


「よろしい! リース、私が合図をしたら戦力を投入しなさい!」

「はっ!」


 リースが頷き、杖を構える。


「ミサ、いきます!」

「了解です」


 さあ、愚かな地球人よ!

 私に慄け! 恐怖しろ!

 そして、私にすべてを捧げよ。


 私はお前達に人権をやろう。

 自由を与えよう。

 幸福を約束しよう。

 だが、それは私が首輪を繋いだ者だけだ。


「リース! 作戦を開始します!」

「はっ! 天上にいるはただ一人。この世のすべてはひー様のためにあり、この世の神はひー様にひれ伏すだろう」


 まーた、だっさい詠唱かよ……


 私が呆れながらリースを見ていると、私とミサの上にかつて見た真っ黒の渦が現れた。

 そして、その黒い渦は私とミサを飲み込んだ。

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