第115話 ヒミコ死す!


 皆が私を愚かだと笑った。

 バカだと蔑み、無能と罵った。


 私は平和が好きだ。

 争いのない世界……皆が笑っている世界を望んだ。

 人が泣いている姿なんか見たくない。


 でも、私は人々を救えない。

 1人の少女すら救えない。


 何故か?

 それは愚かだからだ。

 バカだからだ。

 無能だからだ。


 私には何もできない。

 自分だって、そんなことはわかっている。


 だから託そう。


 救えなかった少女に。

 私よりも賢い彼女に。


 私の願いを込めて、人々を救ってもらおう。

 皆を笑顔に……

 そして、皆を幸福に。


 私は見る目だけはあるはずだ。

 …………多分。




 ◆◇◆




 私は1人で会議室にいる。

 会議室の奥に金屛風を置き、その前にある無駄に豪華な椅子に座っているのだ。


 私の目の前には机も椅子もなく、ただレッドカーペットが敷いてある。

 私はトウコさんが書いてくれた台本を読み、最終チェックをしていた。


「えーっと……なにゆえ、もがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい…………いや、これ、神様のセリフか?」


 なんか違う気がする……

 果てしなく神様から遠い気がする。


「やっぱりやめよう。前も台本で失敗してるし、あの適当人間の書いた台本はダメだろう」


 私は椅子から立ち上がると、部屋の隅にあるゴミ箱に台本を捨てる。

 そして、椅子に戻ろうと思って振り向くと、扉が開いているのに気付いた。


 え?

 タイミング悪っ!


 私は早歩きで玉座という名の椅子に戻る。


「ふふふ、どうやら良くないお客が来たようですね」


 私は急いで椅子に座ると、誰もいないレッドカーペットに向かって話しかけた。

 すると、私が見ていたレッドカーペットの上に4人の男女の姿が現れる。

 もちろん、結城君、安元君、風見さん、間島先輩だ。


 ふふふ、やっぱりそこにいたか。

 レッドカーペットを敷いておけば、絶対にそこを歩くと思ったわ。


「1人とは随分と余裕だな、ヒミコ。東雲姉妹はどうした?」


 間島先輩が私に剣を向けながら笑う。


「ふふっ、皆は地球に攻め込む準備ですよ。あっちの世界も救済しないといけませんからね」

「なんでそんなことをする!?」


 結城君もまた、私に剣を向けながら怒鳴った。


「人が救いを求めているからです。私は幸福の神として、やるべきことをするのです」

「世界征服がやるべきことか? 誰もそんなことは求めていない!」


 若いなー。

 まあ、同い年だけど……


「何故、断言できるんですか?」

「え?」

「いや、何故、あなたは人々が救いを求めていないと断言できるんですか? 日本という平和な国でも苦しんでいる人がいます。それは貧困、暴力、いじめ、差別…………中には苦しみのあまり、自ら命を絶つ人もいます。平和で豊かな国と呼ばれる日本でもこうなのですよ? では、他の国はどうでしょう?」

「そ、それは……」


 それは?


「結城、戯言に流されるな。こいつはきれいごとを言うだけで、実際は救った人の心を奪い、自分に忠実な人間を飼いたいだけの異常者だ。こいつは人を家畜やペットとしか見ていない」


 ひどい。

 さすがにひどい。

 というか、不良グループのリーダーに言われたくない。


「人の声が聞こえなくなったら終わりですよ?」

「人の声を聞いていないのはお前だろ。俺らの声を聞いたか?」

「声? お前達、何か訴えましたか? 私に何かを言いましたか? 聞いてませんけど」


 学校を乗っ取った時だって、体育館で私が皆に聞いたのに誰も何も言わなかったじゃん。

 沈黙は肯定だ。


「私達が日本に返してほしいって言ったら帰してくれたの?」


 意外にも風見さんが聞いてきた。


「そら、帰しますよ。それがあなたの望みならばね」

「嘘!」

「嘘? 何故? 実際、帰りたいと言う人はいっぱいいましたよ? だから帰します。今頃、おみやげでも準備しているんじゃないですかね?」


 皆、儲けたお金で色々、買い物をしている。

 魔物の死骸を持ち帰ろうとしたバカな男子もいたが、さすがに止めた。


「え……?」


 風見さんが絶句する。


「一緒に帰ります?」


 私は風見さんに向けて、手を伸ばした。


「え? あ……そ、それは」


 確固たる信念がない子は弱いなー。

 やっぱり風見さんは結城君に従っているだけだわ。


「ミヤコ! 惑わされるな!」


 風見さんを惑わし、巻き込んでいる張本人である結城君が私に近づこうとした風見さんを止める。


「ご、ごめん」

「帰れるのは信者だけだ。こいつは自分に従わない者を帰すつもりなんかない」

「そ、そうだよね」


 ふふっ。

 風見さんはそれでもいいかーと思って、私の手を取ろうとしたんですよ?

 それを止めたか……

 風見さん、残念…………ノゾミの言う通り、私より男を取ったね。


「まあ、私はどっちでも構いませんよ。安元君、あなたはどうです?」


 私はわかりきっていることを敢えて聞く。


「俺もごめんだ。あんたに帰してもらわなくてもいい」


 ふむふむ。

 この口ぶりからして、帰還の魔法のための素材は集めたようだね。

 大変だろうによくやるわ。


「そうですか……皆、私に従う気はないということですね?」


 私はそう言って、4人の顔を見るが、4人共、私を睨んでいる。


「ハァ…………愚か者は本当に生きる価値がないな。この世の理すら理解できていない」


 ホント、バカ。


「理?」


 理を理解できていない愚かな結城君が聞いてきた。


「そう、理…………簡単ですよ。私に逆らうな。お前達はただ私のためだけにあればいい。それができない者は必要ありません。だから死んでください」


 私はそう言って、スキルでマシンガンを取り出した。


「結局は殺すんじゃないか!」

「だから言ったろ! 話すだけ無駄だ!」


 結城君と間島先輩が叫びながら前に出る。


「ふふふ、どちらにしようかな?」


 私は拳銃を結城君と間島先輩に交互に向けた。


 ところで、これ、どうやって使うの?

 引き金を引けばいいの?


「――アイス!」


 私が呆けていると、結城君と間島先輩の後ろから安元君の声が聞こえた。

 すると、私の手がマシンガンごと凍り付く。


「おや? 私の手が?」


 全然、動かない。


「終わりだ」


 結城君の声がした。

 気付けば、目の前には結城君と間島先輩がおり、椅子に座る私を見下ろしていた。


 結城君が剣を私の胸の前まで突き出す。


「ひどい……無力な私を一方的に攻撃するなんて」

「お前が今までやってきたことだ」


 結城君が冷たく言う。


 私が知っている結城君は明るくて、クラスの中心人物だった。

 こんな冷たい目をしない。

 さぞ、ここまで来るのに苦労したんだろう。


「不敬です。実に不敬です。その剣を収めなさい」

「黙れ!」


 結城君が怒鳴った。


 どうでもいいけど、潜入して暗殺をしようとしているのに怒鳴るなよ……

 人が来ちゃうよ?


「お前は罪なき人を何人も殺した。これはその報いだ」

「罪がない? だーかーらー、私に従わないだけで罪なんですよ。神に逆らいし者は死刑です」


 人の話を聞いてないんか?


「結城、もういい。こいつには何を言っても無駄だ…………ヒミコ、この状況で随分と余裕だな。命乞いはしないのか?」

「お前はバカですか? 私は神ですよ。お前達ごときでは私を殺せない。私は私の子の祈りさえあれば、いくらでも復活できる。ここで私を斬ってもすぐに復活です。そうしたらお前達を捕え、首を刎ねてやります」


 めんどいから銃殺でもいいな。


「ふっ…バカはお前だ。俺達が何の準備もせずにここまで来たと思うのか?」

「準備……?」


 いや、アテナからもらっただけでしょ。

 準備じゃねーよ。


「お前は相当、女神アテナから恨まれてたようだな……」


 そら、そうだろうね。

 めっちゃ煽ってやったし。


「ヒミコ、お前は死ぬ……この神殺しの力でな!」


 結城君、かっこいいね。


「は? 神殺し?」

「女神アテナの最後の力だ。お前を殺す!」

「私を? ふふふ」

「チッ! 結城、やれ! この女、イカレてる」


 おい!


「ヒミコ、最後に聞きたい……」


 結城君が剣を構えたままつぶやいた。

 でも、私には聞きたいことがわかっている。


「生徒会長ならこの部屋で死にましたよ。私に従わないどころか歯向かってきましたからね。バカな女です」

「そうか…………死ね!」


 結城君は剣を突き出した。


 私の胸に剣が沈んでいく。


「わ、私を殺したら、また戦争、ですよ……」


 私はガクッと項垂れた。


「いや、これですべて終わる!」


 何故、断言できるのか。

 自分達は転移の魔法で日本に帰り、ハッピーエンドか?


 残された生徒達は?

 私を失ったこの世界が再び、争い始めるとは思わないのか?

 それがお前達の正義か?


 そう……そうなのだ。

 偉そうに説教していたこいつらこそ、自分達のことしか頭にない。


 それなのに世界を救おうとしている私を悪魔と呼び、蔑む。

 これを罪と呼ばずに何と呼ぶ?


「やったか?」


 間島先輩が結城君に聞く。


「ええ、スキルは確かに発動しました。ヒミコは…………死にました」


 結城君は私の胸から剣を引き抜いた。

 その勢いにより、私は椅子から崩れ落ち、床に倒れる。


「…………終わったの?」


 風見さんの声が聞こえる。


「ああ」

「やったぜ!」


 安元君の声も聞こえる。


「しっ! ここにはまだ教団員はいる」


 大声を出した安元君をさっき私に向かって怒鳴っていた結城君が窘めた。


「わ、悪い。さっさと帰還しようぜ」

「そうね。皆、集まって! 転移の魔法を使う!」


 どうやら転移魔法は風見さんが使うらしい。


「…………行くよ! 転移!」


 風見さんの声と同時に結城君達の気配が消えた。

 それと同時に私の意識もどんどんと遠のいていく。


 ああ……私は死ぬのか……

 これが死か……


 神である私がこんな所で死ぬのか……


 ごめん、トウコさん……

 最後のセリフ、忘れちゃっ……た。



 私は………………死んだ!

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