第113話 生徒会長の二の舞になってはいけないよ?


 私はノゾミやトウコさんから話を聞いた後、ランベルトが用意してくれた部屋で休むことにした。


 私はベッドに仰向けで寝転がると、天井を見ながらぼーっとする。


 私はこの中央に1ヶ月以上滞在している。

 正直、森がある南部に帰りたい。


 だが、ランベルトにしばらくはここに滞在するように言われたのだ。

 自分の権威を高めるのと幸福教という存在を根付かせるためらしい。


 この世界はほぼ私の手中に収めたと言ってもいい。

 アテナは死んだし、残っている北の残党も虫の息だ。


 新たに信者も大量に手に入れたし、アテナが死んだ時に何故か日本にいる信者達の分のポイントも増えた。

 最初にこの世界で目覚めた時、私のポイントに日本の信者の分が加算されていないことが疑問だったのだが、どうやらアテナの妨害だったらしい。


 そんなこんなで大量の信者を手に入れた私は神としての格も上がっている。

 あとはこの世界をゆるぎないものとし、地球に攻め入るだけだ。


「――ヒミコ様、ちょっといいかしら?」


 私がベッドの上でぼーっとしていると、ノックの音と共にミスズさんの声が聞こえてきた。


「どうぞー」

「失礼するわ…………神様なら神様らしくしたら?」


 部屋に入ってきたミスズさんがベッドでだらけている私に苦言を呈してくる。


「ミスズさんは小言が多いねー。トウコさんがお母さんって言ってたよ」

「私があの子の親ならゲームを取り上げるわ」


 かわいそ。

 教育ママじゃん。


「まあ、トウコさんはそれぐらい必要かもね。座りなよ」

「どこに?」


 この部屋には椅子がない。

 ベッドとタンスぐらいしかなかった。

 基本的に夜になると、転移で南部に帰るからこの部屋を使うことはあまりないのだ。


「ここでいいよ」


 私は寝ころんだまま、手でベッドをバンバンと叩いた。


「いいけど、キスはしてこないでね」

「するわけないじゃん」

「この前…………まあいいわ。お酒は飲んでないだろうし」


 私、何かしたっけ?

 トウコさんが酒を出せーって突撃した時に3人で飲んだけど……


 ミスズさんは渋々、ベッドに腰かけると、私を見下ろしてくる。


「うーん、ミスズさんって女子にモテそう」


 見上げるときれいな顔立ちをしているし、頼りがいがありそうだ。


「男子にはモテない?」

「モテるよ」


 知らんけど。


「嘘ばっかり」

「私、女子だから知らんもん。それよか、用って何?」


 図書館で勉強してたんじゃないの?


「…………ヒミコ様も気付いているでしょうが、私達生徒から不満が出始めているわ」


 私達……ね。


「ミスズさんも?」

「ええ。でも、私は我慢できる。でも、できない子もいる」


 ミスズさんが首を横に振った。


「具体的にはどんな不満?」

「気付いているでしょうに…………戦争が終わって半年が経つわ。もうすぐでこの世界に来て2年になる。皆、いい加減に帰りたいのよ」


 でしょうねー。


「それで不満? ふふふ」

「あなたは私達を帰してくれると言った。でも、一向にその気配がない」

「ミスズさんだって、わかっているでしょ。今、帰ってどうすんの?」

「帰ったら大事件でしょうね。そして、私達は必ず、どこにいたのか聞かれる」


 当然だ。

 1年半も神隠し状態だったのだから。


「異世界に行ってたって言いな」


 正直に言ってみよう!


「そんなことを言ったら即、病院送りよ」

「そうなるね」

「病院送りにされ、マスコミの餌食……そんなの嫌よ。どうする気なの?」

「大丈夫。それどころじゃなくなるから。警察もマスコミもすぐに抑える」


 私の信者をイジメたヤツらは絶対に許さない。

 幸福教を笑う者はいらない。


「本当に世界征服するつもり?」

「もちろん。世界を救済するのが私の使命。人々は私のためだけにあればいい。ふふふ、ふふふふふ」


 私を祈れ。

 崇拝せよ。


「なんでそんなことをしたいのか理解できないわ」

「ミスズさんに無理だし、理解をしようとしなくていい」

「ハァ……皆に何て言おうかな?」


 ミスズさんが足を組み、ため息をついた。


「ミスズさんは本当に頼りにされてるね。皆、直接、私に聞けばいいのに」

「無理ね。あなたは怖いのよ」


 心外だなー。


「私はこんなにも優しいのに」

「優しいわ。とても優しくて怖いくらいよ。あんなにまで虐殺できるのに信者にはとても優しい。だから皆はあなたに逆らえない。文句や不満もロクに言えないのよ」

「別に怒らないのにね。子供がわがままを言うのは仕方がないことだよ。どっかのバカとラブラブな旦那様は私に避妊具を出せとかほざいてきたのに」


 勝崎はともかく、アキト君はひどい。

 何が2人目はまだちょっと、だ!

 同級生女子にセクハラすんなや!

 私がそんなもんに触ったことがあるわけねーだろ!


 でも、優しい私はリースに買ってこさせた。

 あいつのリアクションを楽しみにしてたのだが、ポカンとしながら買ってきた。

 避妊具を知らないらしい。

 さすが性知識小学生。


「…………聞かなかったことにするわ」


 ミスズさんの顔が赤い。

 ここにも男っ気のない女子がいたようだ。


「ミスズさんさー、実際、どれくらいの子が不満を持っているの?」

「大小あるけど、ほぼ全員よ。私の所に相談に来たのは女子だけだけど」


 多いな。

 まあ、謀反を起こす気はないだろうし、放っておいても問題はないだろう。

 とはいえ、不満は精神的に良くないか……


「皆に伝えなさい。帰還は半年後。それまでは異世界生活を満喫するようにって」


 レアな経験なんだし、楽しみなさい。

 最近は治安も良くなったし、以前のような危険はない。

 魔物には注意だけど。


「そう伝えて良いの?」

「そう言っているじゃない。半年後には家に帰れます。良かったですね」

「ちなみに聞くけど、家に帰したら信者じゃなくなるとは思わないの?」


 家に帰るために信者になった子もいる。

 私に恐怖し、信者になった子もいる。

 でも……


「私を裏切る者などいない。一度、私を頼った者は絶対に私を捨てられない」

「……それもそうね。絶対に殺しに来るもの」


 ふふふ……


「幸福を否定する? この私を裏切る者には死よりもおぞましいものを見せてあげましょう。ちゃーんと男子にも伝えてね」


 私が言うのもなんだけど、女子優遇は良くないよ。


「…………ええ。そうするわ」


 ミスズさんはそう言って、立ち上がろうとし、腰を浮かせる。

 私はすかさず、そんなミスズさんの腕を掴んだ。


「…………何?」


 ミスズさんは怪訝な面持ちで私を見下ろす。


「ふふふ」

「…………怖いわよ。本当に何――キャッ!」


 ミスズさんが見た目にそぐわない可愛い声をあげた。

 何故なら私がミスズさんの腕を引っ張ったからだ。


 私はミスズさんをベッドに引きずり込むと、腕を引っ張った勢いのまま起き上がる。

 それと同時にミスズさんと自分の位置を入れ替えた。

 ミスズさんは仰向けでベッドに倒れ込み、私がミスズさんの上で四つん這いの格好となっている。

 そして、さっきとは逆に私がミスズさんを見下ろす。


 ミスズさんの顔に私の長い髪がかかっていた。


「…………あなた、本当にそっちの人?」

「そっちとは?」

「私、今、ベッドに押し倒されるわよね?」


 ああ……そういう意味。

 私はリースじゃない。


「ふふふ。私は別に女の子が好きなわけじゃないよ。男の子も好きじゃないけどね。私が好きなのは私に従う者だけ。私に頭を垂れる者のみを愛します」


 そうじゃない者は好きでもなければ嫌いでもない。

 ただ不要な存在だ。


「…………歪んでるわね」

「そう、歪んでいる。でも、私は神だ。そういう神なのですよ」

「本当に悪魔か邪神だわ」

「ふふふ。カルトの神ですから。しかし、お前は度胸がありますね。泣きもないし、震えもしない。私が怖くないのですか?」


 表情すら変えていない。


「怖いわよ。めちゃくちゃ怖いわよ。死神に鎌を突き付けられてる気分」


 あたらずといえども遠からず。


「…………ねえ、ミスズさん、私はとっても優しいの」


 私はそう言って、ミスズさんの頬を撫でた。


「知ってる」

「でも、それは信者にだけ」

「それも知ってる」


 さっき話したもんね。


「私は信者にならない者の気持ちが理解できない。こんなに素晴らしい私に何故、従わない?」

「……………………」


 ミスズさんは何も答えない。


「幸福とは甘美で優しいもの。その象徴たる私を何故、愛さない?」

「……………………」


 ミスズさんはまだ何も答えない。


「…………ねえ? どうしてかな? どう思う? …………私の信者リストに名前のない大村ミスズさん?」

「……………………」


 ミスズさんはいまだに何も答えず、表情すら変えない。


「クスクス。本来なら私に降らないお前などすぐに殺してやるところです」

「殺せばいいじゃない」


 ミスズさんはようやく口を開いた。


「言ったでしょう? 私は優しいのです」

「信者にだけでしょ」

「そう、信者にだけ。だからお前の親友やお前を慕う後輩のために猶予を与えました。それにお前には功績もあった」


 戦争の時に電話番をしてくれたのは非常に役立った。


「やっておいて良かったわ」

「そうね。でも、お前はいまだに私を愛さない。私に祈りを捧げない…………トウコさんみたいに適当でいいのに」


 あいつ、この前、座っている私の前にお茶請けの饅頭を置き、笑いながら祈りやがった。

 誰がお地蔵さんだ!


「……………………」


 ミスズさんがまた閉口した。


「帰還まで半年あります。優しい私はそれまで待ってあげましょう。トウコさんが何故、あんなにも私のために尽くしてくれているのかをよく考えなさい」


 親友を死なせたくないからだ。

 トウコさんはミスズさんが私の信者になっていないことに気付いている。

 だから戦争にも参加したし、10日も図書館で張っていたのだ。


「半年後、あなたはどうするの?」

「開戦です。幸福を知らない愚か者共に神の畏れを教えてあげます」

「トウコを巻き込まないで。戦場に連れていかないで…………」

「戦場? まあ、戦場か……それはお前次第ですね」


 トウコさん、便利だし、作戦参謀だもん。

 可能なら戦場に連れていきたい。

 でも、絶対ではない。


「私次第……? 半年後、もし、私があなたの信者にならなかったら殺すんじゃないの?」

「殺すわけないじゃないですか。お前を殺したらトウコさんもお前の後輩も悲しみます…………それは良くない。とっても良くない。だから、お前には幸せになってもらいます。ふふふ」

「幸せ……?」


 ミスズさんはよくわかっていようでポツリとつぶやく。


「そう、幸せ。なーんにも考えなくていい。ただただ、快楽をむさぼりなさい。お前は堕落していればいい」


 私はそう言って、スキルで幸せの粉を出し、見せつけた。

 すると、これまでまったく表情を変えなかったミスズさんの顔が歪む。


「な、なによ、それ……?」

「ヘロインです。とっても良い物らしいですよ。大丈夫、いくらでも出せるから」

「や、やめて……!」


 ミスズさんの顔が恐怖の色に染まった。


「いや、やりませんよ。半年後と言ったでしょう? きっとトウコさんもお前の後輩も必死に働いてくれるでしょうね。これを懇願するお前のために」


 友情ってやつだね。


「あ、あくま……」

「さっき自分でそう言ってたじゃないですか。悪魔でも邪神でも何でも構いません。私は私に従わない者に情けなどかけないのです。私に逆らうゴミは…………ふふっ、地獄に落ちるだけです」


 私がミスズさんを睨むと、ミスズさんが目を逸らした。

 だが、私はそれを許さない。

 私はミスズさんの顔を両手で掴み、強制的に私を見させる。


「――ひっ!」


 ミスズさんが怖がってるみたいなので優しく微笑んであげよう。


「いいですか? 半年後です。半年も猶予をあげるのはお前の功績がそれほど大きかったからです。電話番はもちろんですが、皆をまとめ上げ、不平不満を上手く散らしている。私はお前を買っています。いいですか? どうするのかをよく考えなさい。楽しいキャンパスライフを過ごすか、もっと楽しい地獄に行くかです」


 私が最終通告をすると、ミスズさんがごくんと唾を呑み込んだ。


「…………は、半年もいらないわ」

「そうですか。それは良かった。とっても良いことです」

「跪いて足にキスでもした方がいい?」

「汚いから止めて。そういうのは彼氏に…………いや、ないか」


 特殊すぎる。


「…………信者リストとやらに私の名前はある?」

「ええ、ありますよ。嬉しい限りです」


 本当にある。

 ミスズさんは、ね。


「…………他にない人は?」


 ミスズさんはちゃんと私の意図を読んでくれた。


「んー? 何人かいますねー」


 悲しい限りです。


「教えて」

「ふふふ、半年だけですよ?」

「わかってる。絶対に信者にして見せるわ」


 うんうん、頑張れ。


「よろしい。では、頼みます…………お風呂に行ってきたら?」

「そうするわ……トウコには言わないでね」

「言わないから早く行ってきなよ…………いや、転移で送るか」

「おねがい」


 ミスズさんが なかまに くわわった。

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