第110話 最後の刃 ★


 俺は森近くの平野で目の前の焚火を見ている。

 対面にいる女子もまた焚火を見ていた。


「遅いね……」


 焚火の向こうにいる女子、ミヤコがポツリとつぶやいた。


「そうだな……」


 俺達はこの森の中で生活していた。

 町に行けば、捕まってしまうからだ。


 女神教と幸福教団の戦争が終わり、数ヶ月が経った。

 女神教の残党はほとんど幸福教団に刈り取られ、残っているのは北の僻地に逃げ込んだわずかな軍だけらしい。

 そして、その残存兵と共に俺達もお尋ね者となってしまった。


 最初に手配書を見た時はびっくりした。

 手配書には自分達の写真まで載っていたし、悪しき女神教の使徒で人心を惑わす者と書かれていたからだ。

 当然、俺達は女神教の使徒なんかじゃないし、人心を惑わしてもいない。


 だが、世の中はもはやヒミコが絶対になりつつある。

 ヒミコは女神教が民衆から不当に搾取していたものとして、世界中に富や食糧をばらまいた。

 さらに女神教がいかに悪かを語り、自分こそ正義だと訴える高札を各地に立てた。

 しかも、ものすごく謙遜しながら。


 人々はさぞ、ヒミコが善良な神と思ったことだろう。

 だが、やっているのは悪そのものだ。


 ヒミコは自分を否定する者を徹底的に処分していっている。

 あいつは自分や幸福教を悪く言う者を女神教の使徒と認定し、それを見つけた者には褒美を与え始めたのだ。


 要はスパイ社会を作ってしまったのである。

 これにより、この世界でヒミコのことを悪く言う者はいない。


 ヒミコを否定する者がいたとしても誰も口に出さない。


「安元君、大丈夫かな?」


 アキラは町に食料を仕入れにいっている。

 3人では目立つし、アキラの友人から仕入れているため、アキラ1人で行っているのだ。


「大丈夫だと思う。幸福教に降った友人らしいが、昔からの友人らしいし」


 すでに俺達転移者のほとんどがヒミコに降ってしまった。

 降らなかった者は殺された……


「ハァ……私達はいつまでこんな生活……あ! 帰ってきた!」


 ミヤコが俺の後方に笑顔で手を振り始めたので振り向くと、アキラが袋を持って、こちらに向かっていた。

 どうやら、無事に食料を手に入れたようだ。


「悪い。待たせたな」


 俺達にのもとに来たアキラが謝ってくる。


「ううん。こっちこそ、いつも任せちゃってごめん」

「ありがとな」


 食料を仕入れるのはいつもアキラだ。


「いいってことよ。それよか食べようぜ」


 アキラが食料を配ってくれたので、俺達は焚火を囲むように座り、食事を始めた。


「アキラ、町の様子はどうだ?」


 俺は町に行っていたアキラに聞いてみる。


「何も……平和そのものだぜ。争いを禁止しているし、犯罪を絶対に許さない神様だからな。マジで徹底してるわ」


 ヒミコは信者同士の争いを禁止したため、あんなに治安が悪かった町も平和になっている。

 犯罪者は即処刑されたからだ。


「完全に独裁者よね……」

「そうだな……」


 まさしく、恐怖政治だろう。


「だよなー……しかし、この不味いパンにも慣れてきたことが悲しい――って、え!?」


 アキラが愚痴を途中で止めた。


 それもそのはずだ。

 俺もびっくりした。


 俺の片目に急に真っ赤な服を着た女子とその横に立つ学校の制服を着たメガネの女子が見えたからだ。

 もちろん、ヒミコと神谷さんである。


 ヒミコは金屏風の前に正座で座り、その横に神谷さんが立っている形だ。


「ね、ねえ、これって…………」

「啓示……」


 ミヤコとアキラもわかったらしい。

 まあ、そうだろう。

 これは去年、散々、見せられた女神アテナとその巫女がやっていた啓示だからだ。


「ヒミコもできるのか……」


 俺は固唾を飲んで啓示を見ようとするが、2人は一向にしゃべらない。


「ずっと黙っているけど?」

「この2人、何してんだ?」


 ミヤコとアキラも首を傾げる。


『ミサ?』


 ヒミコが神谷さんを見上げた。


『え? 何です?』

『始まってますけど?』

『は? 言ってくださいよ』

『いや、これから始めるって言ったじゃん』

『普通、カウントダウンするでしょ!』


 なんかケンカを始めたぞ、おい!


『いいから始めなさい! 3、2、1、はい!』

『清聴! これから我らが幸福教団の神であるひー様からありがたいお言葉を聞かせてもらえる。心して聞くように! ほら、これでいい!?』


 神谷さんはそのままフェードアウトしていった。


 なんでしょうもないことでケンカしてんだろ……

 というか、それいるか?


『まったく……ウチの巫女はいけません。昨日の夜にちょっとイタズラしただけなのにまだ怒っています。皆様は隣人と仲良くしてくださいね…………さて、皆様、ごきげんよう! 以前のアテナによる啓示で覚えているかもしれませんが、私はヒミコ。幸福の神、ヒミコです。本来なら神である私はあまり皆様方に干渉する気はないのですが、せっかくなので一言挨拶をしようかと思いまして、忙しい皆様の片目と片耳をお借りしております。ですが、ご安心ください。今後、この啓示は基本的には行いません。以前のように無駄に人々の仕事の邪魔をする悪魔とは違いますので……さて、挨拶はこの辺にしておくとして、本題です。皆様方も知っての通り、アテナは人々を不幸にしてきました。ですが、悪は滅びるのが世の常。不満を持ち、救世を求める皆様の声を聞いた私が皆様の祈りを力とし、悪を滅ぼすことができました。とはいえ、まだ世界にはアテナの手先が残っているようです。実は私は神がゆえに誰がアテナの信者かがわかるのです。ですが、アテナに惑わされているだけの人もいるでしょう。そういう人は3日以内にアテナへの信仰をやめてください。さもないと、アテナに心を奪われて女神教の使徒になってしまいます。これから私の子供達がアテナに惑わされている者達に通告文を送ります。該当する者は即座に信仰をやめてください。いいですね? 絶対にやめてください。女神教の使徒になれば人ではなくなります。悪魔になってしまいます。気を付けてください。早く邪教から目覚め、幸福を知りましょう。では、私からは以上です。私はいつも皆様方と共にあり、皆様方の幸福を願います。これで失礼します。大切なお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした』


 ヒミコが深々と頭を下げると、視界が元に戻った。


「……………………」

「……………………」

「……………………」


 俺達は言葉も出なかった。


「どう…………思った?」


 しばらくの沈黙の後、俺はなんとか声を出す。


「私には3日以内に幸福教に入信しないと殺すって聞こえた…………」

「俺も…………」


 俺もそう聞こえた。

 3日以内に女神アテナへの信仰をやめないと女神教の使徒と認定するってことはそういうことだろう。


「ヒミコが本当に誰が女神教の信者なのかわかると思うか?」

「いや…………それは考えにくいと思う。むしろ、わかるのは自分の信者じゃない? 自分の信者でない者に通告文を送るんだと思う」


 ミヤコの言う通り、確かにそっちの方が合ってるっぽい。


「いよいよ、ヒミコは本格的に女神アテナの息の根を止めにきたってことだろ」


 アキラもそう思うらしい。


 俺達はあのドラゴン討伐から必死に情報を集め、考えるようにした。

 その結果、多くのことがわかるようになってきている。

 まだ、会長ほどではないが、思考を止めてはいけないことを学んだのだ。


「さて、どうするか……」


 俺が顔を上げて、2人を見ると、2人は驚いたような顔をして、俺を見ていた。

 いや、見ているのは俺の後ろだった。


 俺はとっさに地面に置いた剣を取り、後ろを振り向きながら剣を抜く。


「ちょ、ちょっと待て! 落ち着けや!」


 目の前にいた男は両手を上げて、敵意がないことを示していた。

 というか、この男は…………


「え!? 間島先輩!?」


 その男は俺達のグループと敵対していたガラの悪いグループのリーダーであった3年の間島先輩だった。


「あ、間島先輩…………」

「ホントだ…………」


 ミヤコとアキラも驚いている。

 それもそのはず、この人は死んだと思っていたからだ。


「せ、先輩、生きてたんですか? 爆撃で死んだとばかり…………」


 幸福教団はあの戦争の開戦前に女神教の神殿を爆撃した。

 それにより、女神教のトップ連中と共にあそこに残っていた先生や生徒達は死んだのだ。


「俺はウチの連中がお前らのグループを襲った時に神殿を出たんだよ。付き合ってられなくてな」


 間島先輩のグループが俺達のグループを襲ったのは確かなはずだ。


「先輩がけしかけたんじゃないんですか?」

「なんで俺がそんなことをするんだよ。意味ねーだろ。むしろ、俺は止めた側だよ。でも、無理だった。薬で狂った連中は無理だ」


 く、薬?


「薬ってなんですか?」

「ほれ、氷室がいただろう? あいつがウチの連中に薬を流してたんだ。そして、その薬を持っているのはお前らってことにしていた。後はわかるだろ? 薬が切れて、禁断症状が起こり、お前らのグループに奪いにいったんだ。俺が気付いた時には手遅れさ。ありゃ、覚せい剤だわ」


 覚せい剤……

 聞いたことしかないが、ヤバい薬のはずだ。


「な、なんでそんなのものを……」

「カルト教団だぞ。持ってても不思議はない」


 確かにそうかもしれないが、頭に上手く入ってこない。


「先輩、他の人達は?」


 ミヤコが聞く。


「みーんな、死んだよ。争いになったことで女神教の兵士に捕まって地下にある牢獄に入れられた。そして、爆撃により死亡」


 やっぱり皆、死んだのか……


「先輩は今まで何してたんっすか?」


 今度はアキラが質問をした。


「お前らと一緒だよ。逃げてんだわ」

「ふーん、なんで腕が血で汚れてんすか?」


 俺も気付いていた。

 間島先輩の右腕は血で汚れている。

 だから俺はいまだに剣を放していない。


「ああ、これな。さて、お前らは冷静に最後まで話を聞けるか? 特に安元」


 間島先輩はまっすぐアキラを見る。


「もちろんっす」


 俺達は変わったんだ。

 感情的になってはいけない。


「じゃあ、教えてやる。お前が食料を受け取った友達な、裏切っていたぞ」

「え? そ、そんなことはないはずです! 友達ですよ!」

「敵に寝返ったヤツを友達と思うな。あいつ、すぐに近くの兵に通報したぞ。そして、その兵はこっそりお前をつけてたな。この血はその兵のものだ」


 …………やはりか。


「先輩、どうしてそこまでわかるんですか? さっきの神殿の話にしても詳しすぎます」


 どうして、皆が神殿の地下に捕まっていたことを知っているのか。


「いいだろう…………信用を買うためだ。教えてやる。お前ら、俺が近くまで来ていたのに気付いていたか?」


 間島先輩がミヤコとアキラに聞く。


「い、いえ。ずっと警戒してたのに急に出てきましたよね?」

「ああ、俺もびっくりした」


 俺は後ろを向いてたからわからないが、急に出てきたようだ。


「それが俺のスキルだ。簡単に言えば、透明になれる。こんな風に……」


 間島先輩がそう言うと、間島先輩の姿が消えた。


「ホントだ……」

「すげー!」

「だろ?」


 間島先輩はすぐに姿を現して、ドヤ顔をする。


「すごいですね。そんなスキルが……」

「ああ、これで潜入してたりしたんだよ……さっきもこれで見てた。安元を見つけたと思ったらお前の友人とやらがすぐに兵にチクってたのもな」


 なるほど。

 確かにこれなら気付かれずに動ける。


「それで俺達に何の用なんです? 助けてくれたことに感謝はしますけど」

「ああ、もちろん、善意で助けたわけじゃない…………なあ、手を組まないか?」

「手を組む?」


 敵対していた俺達が?


「ああ、俺はこのスキルがあるから町には入れるし、食料もどうにかできる。まあ、盗むんだがな。でも、俺は1人だ。1人では限界がある。同じ指名手配犯同士、手を組まないか?」


 正直、ありがたい。

 俺達は町には入れないし、アキラの友人の裏切りから考えても、もう他の人は頼れない。


 俺はチラッとミヤコとアキラを見た。

 2人は俺をじーっと見るだけで何も言わない。


 俺の判断に任せるってことか…………


「先輩、先輩は幸福教団に降らないんですか?」

「あんなところは死んでもごめんだわ。それに他の連中が俺のことを良く言っているわけがない。俺は絶対に降伏を許されないだろう。間違いなく殺される。あのクソ女の言うところの平和を乱す者ってやつだ」


 そうかもしれない。

 この人は幸福教団には降れない。


「わかりました。手を組みましょう」

「ありがとよ。俺はリーダー振る気はないから基本的にはお前に従う。だが、一つ忠告だ」

「なんでしょう?」

「さっさとここから動いた方がいい。敵はこの辺に安元がいることは知っているんだからすぐに捜索隊が出るぞ」


 確かにそうだ。

 死体が見つかれば、すぐに大勢の兵が動くだろう。


「わかりました。ミヤコ、アキラ、悪いけど、すぐに出る準備をしてくれ」


 俺は2人に指示を出す。


「わかった」

「急ぐわ」


 2人は文句も言わずに森の中に行き、テントやらを片付けに行った。

 この場には俺と間島先輩だけが残される。


「先輩、もし、俺達が先輩と組まないって言ったら兵が来る情報を教えてくれましたか?」

「もちろんだ。お前らに死なれたら困るからな」

「じゃあ、もう1つだけ…………アキラの友人はどうしました?」

「…………お前、変わったな」


 間島先輩がまじまじと俺の顔を見てくる。


「そうしないといけませんから」

「そうか…………殺したよ」

「ですか…………」


 俺は目を閉じ、ギュッと拳を握った。


「…………わかりました。このことはアキラには言わないで下さい」

「殴ってくるかと思ったんだがなー」

「以前の俺なら殴ったでしょう。でも、今は冷静に物事を考えられます。アキラの友人は敵です。幸福教団の信者なんですから」


 わかっていることだ。

 幸福教団は敵。


 俺は自分にそう言い聞かせ、片付けを手伝いに森の奥に向かった。




 ◆◇◆




 その後、俺達は間島先輩と情報共有をしつつ、森から離れた。

 間島先輩には会長のことを話したし、帰れる方法も話した。

 そうやって、情報共有をしつつ、逃げていると、辺りが暗くなってきたのでテントを設置し、休むことになった。


 俺は一人用のテントに入ると、すぐに目を閉じた。

 疲れているらしく、すぐに意識が遠のいていくのがわかる。


 だが、すぐに辺りが明るくなった。


「え!? なんだ?」


 俺は上半身を起こすとキョロキョロと辺りを見渡す。

 さっきまでテントの中にいたというのに、いつの間にか果てしなく広い真っ白の空間にいる。

 俺は立ち上がり、さらに周囲を観察すると、後ろにきれいな女性が立っていたのがすぐにわかった。


 その女性は喪服にも似た真っ黒な服を着ており、長い金髪が非常に目立っている。

 顔つきは気が強そうであり、俺を不快そうな目で見ていた。


「え!? 誰!?」


 本当に誰!?


「不敬な男だな……跪かんか」


 なんか偉そうな人だな……


「すみません、どちら様でしょうか?」

「私を知らない…………これだから異世界人は…………私は偉大なる力の神、アテナである」


 ん?

 アテナ?

 女神アテナ?


「えっと、女神教のアテナ様?」

「他におらんだろ。私がアテナだ」


 へー……


「お若いんですね……もっとお年を召しているものかと……」


 10代か20代前半にしか見えない。

 勝手なイメージだが、おばあさんのイメージがあった。


「クソが! あのクソメガネのせいだ! あのクソメガネがババア呼ばわりしたから皆がそう思っている! 若いのに! 本当はものすごく若いのに!!」


 あー……そうかも。

 神谷さんが言ってたからだわ。


「す、すみません……」

「ハァ…………まあ、もうよいわ。どうでもいいことだしな」


 おや?

 やけにあっさりだな。

 気の短い感情的な神様だと思っていたが……


「はあ? あの、それで何の用です?」

「そうだったな。用があったんだ。何せ時間がもうないから急がねばな」


 じゃあ、早く言えばいいのに。


「うるさいガキだな……」


 俺は何も言っていないのに睨まれてしまった。


「ここはお前の夢の中だ。お前の夢にリンクしてるからお前の心くらい読めるぞ」


 すごい!

 でも、やめてほしいな。


「そうか? そう言われると、もっと覗きたくなるな。お前くらいの年頃の男はどうせスケベに決まっておる」


 アテナ様はにししと笑った。

 だが、俺はそのリアクションを見て、だいぶ年だなと思ってしまった。


「誰が年寄りだ、誰が!?」


 いや、時間がないのでは?


「あ、そうだった。危ない、危ない」


 この人、バカっぽいな……


「おい! いや、まあいい。時間がないしな。お前に頼みがある」


 でしょうね。


「何でしょうか?」

「ヒミコを殺せ」


 やっぱりか……


「それは俺も考えました。ですが、神を殺すには信者をゼロにしなければなりません。俺には無理です」


 俺が宗教を開いても誰も従ってくれないだろう。

 というか、普通は無理だ。

 あのヒミコはどうやって、日本で1万人も集めたのだろう?


「そんなことはわかっておるわ。でもな、信者をゼロにしなくても神は殺せる。それこそが私がこの世界を長年、支配してきた秘密なのだ」

「そうなんですか?」

「ああ。私は力の神だ。お前に神殺しのスキルを授ける」


 か、神殺し?


「そういうスキルがあるんですか?」

「そうだ。私のとっておきの秘密兵器だ。私はこれまで、このスキルを選び抜かれた信者に与え、神を殺してきた。私はそうやって天下を取ったのだ」


 すごいな、それは。


「でも、最初から使えば良くないです?」


 最初からヒミコを封印するより、そのスキルを使って殺せばいい。


「それができたらそうしておるわ。この力は強大なのだ。何せ、神を殺す力だからな」


 そうかもしれない。

 神なんていう得体の知れない者を殺すなんて、すごいことだ。


「それを俺にくれると?」

「ああ、そうだ。この力は100年前にリザードマンの神を殺す際に使った。だから当分は誰にも授けられんのだ。だが、お前にやる。もっとも、そうすれば、私は力を使い果たして消滅することになるだろうがな」


 消滅……


「死ぬんですか……?」

「ああ、死ぬ」

「良いんです?」

「良いもクソもあるか。どうせ、近いうちに死ぬわ。もうどうしようもない。私の信者はゼロになる。ヒミコの啓示を見ただろう? あやつは私にとどめを刺しにきたのだ。私はもうひと月も持たん」


 アテナ様は気丈にふるまい、笑っているが、目から涙が出ている。


 死にたくないんだ……


「俺があなたの信者になれば生き延びられるのでは?」


 要は信者がゼロにならなければいい、


「バカか? お前もすぐに殺されるわ。ヒミコは甘くないぞ。どうせ、地球に逃げるとでも思っているのだろうが、あやつの本当の目的は地球に帰り、そこを支配することだ。お前なんか逃げてもすぐに殺されるわ」


 ヒミコの目的はあっちの世界か……


「ヒミコを殺すしかないと?」

「そういうことだ。自分達が生き残りたかったらあいつを殺せ」

「わ、わかりました」


 やるしかない……

 やるしかないんだ。


「よし! では、くれてやる。とはいえ、このスキルは一度しか使えんから注意しろよ。必ず、一撃で仕留めろ。いいな?」

「はい!」

「アテナ様の最後の力だ。感謝しろよ」


 アテナ様はそう言うと、俺の後ろに回り、両肩に手を置いた。


「あのー?」

「黙ってろ! いいか、絶対に振り向くなよ」

「…………はい」


 アテナ様の手は震えていた。


「クソ…………この私が…………クソ…………あんな小娘に……クソが…………ひっぐ……嫌だ……死にたくない……死にたくない、死にたくない、死にたくない……ひっぐ……クソがぁ!」


 アテナ様の泣き声と鼻をすする音が聞こえる。

 そして、アテナ様の手の震えが大きくなると、ふいに肩から手が離れた。


「あのー、やっぱり別の方法を……」


 俺はそう言って、振り向いたが、そこにはもう誰もいなかった。


 俺はすぐに自分のステータスを確認する。

 そこには神殺しのスキルが新たに出現していた。


 アテナ様は…………消滅した。

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