第109話 力の神 ★


 どうしてこうなったのだろう?

 私はどこで間違えた?

 いや、間違えてはいないはずだ。


 真っ先にあの小娘を封じ、幸福教団のクズどもの討伐を命じたことは正解だろう。

 問題は討伐がまったくできなかったことだ。

 私の信者はどうしてこんなに無能なのだろうか?


 たった100人だ。

 あんなにいて、たった100人も殺せない。

 それどころかヒミコの復活を許すわ、戦争には負けるわで何の役にも立たない。


 おかげでこのざまだ。


 私の信者がものすごい勢いで減っている。

 あれだけあったポイントがみるみる減っていく。


 まるで、このポイントが私の命運を現しているかのようだ。

 いや、合ってるのか……

 この残っているポイントが私の命の数だ。


 ヒミコに…………あのカルトの悪魔に私の信者をどんどんと奪われていく。

 あんなに優位だったの…………

 あんなに差があったのに…………


 今や、私の巫女も死に、多くの信者が寝返った。


 最悪なのは私が動けないということだ。

 私のスキルは人に力を与えるというもの。

 これを使って、信者共に力を与え、敵を討たせたい。

 だが、今はそれができない。


 私の能力の最大のデメリットは力を与える数が決まっていることだ。

 私はポイントを使い、力を与える。

 だが、私のポイントの回復には時間がかかる。


 私は地球の神に神を封印する術を教えてもらった代わりに、あの転移してきたヤツらに破格のスキルを与えた。

 だが、それが大失敗だった。


 あいつらに力を与えたせいで私は他の者に力を与えることができない。

 今の残っているポイント的にできて、せいぜいに100人もいかないだろう。


 それではあの卑怯なまでのヒミコのスキルに勝てない。


 っていうか、なんだ、あのスキル?

 物を出すスキルなのだろうが、際限がないのか?

 どれだけ食糧や武器を出すんだよ。

 卑怯だ。

 卑怯すぎる。


 さらに最悪だったのはスキルを与えた転移者共が何の役にも立たなかったことだ。


 あんなに良いスキルを与えたのに怖くて使えないってなんだ?

 いつまで神殿にいるんだ?

 早くヒミコを倒しに行けよ!


 何度、こう思っただろうか……

 しまいにはヒミコの信者になるって意味がわからない。


 おかしいだろ!

 そいつがすべての元凶だぞ!

 そいつは悪魔だぞ!

 私のスキルで私に敵対するって何だよ!


 ああ……どうしてこんなに上手くいかないんだろう。

 昔はよかったなー……


 私一強だった。

 他にも神はいたが、みーんな、バカだった。

 力の差もわからずに勝手に挑んできて滅んだ。


 それなのに…………

 それなのになんであの小娘に勝てない……


 あいつは雑魚だろ。

 たかが1万人の信者程度の脆弱な神だ。

 もっと言えば、あっちの世界とのリンクを絶ち、あいつの信者をあの100人だけにしたのに…………


 なぜ、あいつはあんなに余裕があるんだ?

 なぜ、私を笑う?

 なぜ…………勝てないんだ?


「それはね、君が弱いからだよ。君が今まで滅ぼしてきた神々と一緒さ。君はヒミコの力を見誤った。他の滅んだ神々と同様に力の差もわからずに最悪な悪魔に挑んだよ」


 私が涙をこらえて俯いていると、ムカつく声が聞こえてきた。


「エルナか…………」


 この声はハーフリングの神であるエルナの声だ。


「久しぶりだねー」

「そう言うのならば姿を現せ」


 声だけであのガキの姿は見えない。


「嫌だよ。腹いせに殺されたくない」


 クソ!

 相変わらず、ムカつく小娘だ。


「私が弱いって言ったな? 私は1億人の信者を持つ神だぞ」

「へー、今は何人?」

「………………………………」

「ヒミコの子はすごいねー。もう君の生まれ故郷も落ちそうだよ」


 私が生まれた町は敵に包囲され、陥落寸前だ。

 すでに民の半分が私から離れてしまっている。

 私は何もしてないのに敵のデマに踊らされ、悪行は全部、私のせいにされている。


「お前はヒミコにつくのか? この世界を異世界の神に奪われてもいいのか?」

「ボクの世界はハーフリングがいるところだよ。今はあの森がボクの世界。他は知らない」


 引きこもりめ!


「あいつが世界を支配したら洗脳地獄の始まりだぞ? 自分だけを絶対にする気だ。親だろうが兄妹だろうが、自分を優先させる気だ」


 最悪な世界の始まりである。

 あいつが白と言えば、黒でも白になる世界ができる。

 そこで黒と答えた人間は死ぬ。


「そうだろうねー。あれと僕達の違いは神か人かだね」

「どういう意味だ?」


 3人共、神だろう。

 一応…………


「あれは元々、人でしょ? あの神は人の悪意の塊だよ。間違いなく、悪魔や邪神と呼ばれる存在さ。あの女の心の奥底にあるのはドロドロの悪意。自分を傷付ける者を徹底的に排除する最悪な防衛本能さ。そこにあの狂信者共の祈りによって、最悪な神が誕生してしまった。幸福という名の善意を押し付ける悪意の塊」

「そこまでわかってて、あいつにつくのか?」

「だって、絶対に勝てないもん。ただ殺されるだけじゃない。信者どころかすべてを奪われちゃうよ。でも、懐に入ったら安全安心。あの女は身内には甘々だもん。いくら強くても所詮は人の神だね。楽勝、楽勝」


 さすがにこいつは今まで生き延びただけあって、要領がいいな。


「私はあいつの信者を殺した時点で無理か…………」

「いや、最初から無理でしょ。どっちもどっちだもん。簒奪者同士が仲良くできるわけない」


 遥か昔にはこの世界を支配する神がいた。

 名前も忘れてしまったが、人々の幸せを願うとかいう弱い神だった。

 人々の幸せを願うあまり、人々から武器を取り上げたバカな神だ。


 今、思えば、あれも幸福の神か……

 そいつから人々の信心を奪ったのが力の神である私だ。


 幸福の神を殺した私が今度は別の幸福の神に殺される…………


「ふふ、ふふふ……」

「どうしたの? 急に笑っちゃってさ」


 エルナが聞いてくる。


「ふふふ…………今、私の信者が1人減った」

「へー、誰?」

「私の生まれ故郷で法王を名乗る男だよ…………」


 終わった…………

 私の世界が終わった。

 あの小娘に…………負けた。


「あちゃー……ひと月も持たなかったか。やっぱり飢饉がマズかったね。どうにかすればよかったに」

「どうしろと? 私は力の神だぞ? あの卑怯な能力を持つヒミコとは違うんだ」


 力で食糧は生み出せない。

 結局はどこからか奪うしかできないんだ。


「まあ、そうだね。ボクのところもヤバかったけど、ヒミコのスキルで助かったもん」

「クソ! やはり巫女の言う通りにしておけばよかった……」

「それ以前だよ。君、リースって子を覚えてないだろ」


 リース?

 誰?

 そもそも、私は人の名前なんか覚えない。


「先代の君の巫女だよ」


 先代……?


「あのハーフエルフか?」


 いたような気がする。


「それだよ、それ。君の最大の失敗はあのハーフエルフを殺し損ねたこと」

「え? 生きてるのか? 首を刎ねて燃やしたって聞いているが……」

「それはリースの母親らしいよ。異世界に逃げたリースは君に復讐するためにヒミコを神にし、この世界に連れてきた」


 …………知るかよ。


「復讐ねー……アホみたい。異世界に逃げたのならそこで大人しくしておけばいいものを…………神を使って神を殺すなんて不敬にもほどがある」


 ロクな死に方せんな。

 っていうか、私の信者はマジで無能ばっかだな。

 ちゃんと殺しておけよ。


「あの邪神にはぴったりな子だよ」

「チッ! 胸糞悪い!」

「君のこれまでの悪行が返ってきたんだよ。罰が当たったんだね」


 なんで神に罰が当たるんだよ。

 神は当てる方だろ。


「クソッ……残っている力は残りわずか……」


 まだ信者もそこそこ残っているが、時間の問題だろう。

 私も経験しているからわかるのだ。

 民衆は簡単に強い方に信心を変えてしまう。


「さようならだね、女神アテナ」


 嬉しそうなエルナの声が聞こえる。

 まあ、私が今までしてきたことを考えれば、当然の反応だろう。


「お前も早く消滅しろ」

「ボクは細々と生きるよ。ヒミコのおかげで敵もいなくなったし、目立たないように過ごすさ」


 金魚の糞みたいな生き方だ。

 力の神である私には絶対に無理。


「死ね」

「いつか、ね…………じゃあね。ボクは森に戻るよ。さようなら、偉大なる力の神」


 エルナがそう言うと、エルナの気配が完全に消えてしまった。


「クソ! クソ! クソ!!」


 私が死ぬだと!

 クソが!

 あんな小娘に殺されるのか!


「口惜しや……! この力の神があんな新興の神に信者を奪われ、殺されるとは…………涙が出そうなくらいに悔しい!」


 クソ! クソ! クソ!!


 ……………………ああ、良いだろう。

 お前の勝ちだ、ヒミコ。


 だが、ただでは死なん……!

 このアテナの力を見くびるなよ!


 神を殺す方法は信者をゼロにすることだけじゃないことを教えてやる!

 私がかつて、多くの神を殺した方法でお前を殺してやろう。


 もっとも、もはや、私には貴様の最後を見ることができないがな。


 クソッ! 信者の減りが早すぎるんだよ!

 私はどんだけ人望がないんだ!?

 見てて悲しくなるわ……

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