第105話 転移すげー


『敵が撤退?』


 私はいつものように会議室で連絡を取っていると、勝崎から報告があった。


『はい。総撤退という感じではないですが、一部の軍が撤退し始めました』

『逃げたんじゃないの?』

『いえ、他の部隊に動きが見えません。逃亡なら何かしらの動きがあります』


 そりゃそうか。

 逃亡すれば追うか何かをするだろう。


『兵糧が尽きたか…………』

『いえ、それもないです。ドミニクさんの話では補給基地にある食糧で1ヶ月は持つそうです』


 5万の兵が1ヶ月も持つって、すごいな。

 飢饉じゃないの?


『じゃあ、西部軍の動きを掴んだんでしょうね』

『我らもそう見ております』


 遊軍には伝令や早馬を見つけたら処理するように言ってあったが、さすがに漏れたか……


『うーん、今、行かれるとマズいなー』

『西部軍はどんな感じです?』

『マナキス攻略中。ちょい待ち』


 私は勝崎を待たせると、目を開け、リースを見る。


「リース、西部軍は?」

「代官を討ち、政庁を抑えました。勝ちですね。ですが、町全体の掌握はまだです」


 マナキスは大きい町だったからなー。


「南部に来ていた軍が戻ってきたら戦えるか聞いて」

「聞くまでもなく、無理でしょう。中央はすでに迎え撃つ構えを見せているらしいです。それに加え、東部からも援軍が来ているとの報告があります。この状況で南部からも軍が来ると、挟撃されることになります。負けるとは言いませんが、被害が甚大なものになるでしょう」


 チッ!

 ハーフリングの森に来ていた東部軍か。

 確か、女神教の発祥の地で軍事力も大きいと聞いている。

 リースは言葉を濁しているが、1000程度の兵力では勝てないということだ。


「わかった。一部の軍が引き返してきているからジークに早急に中央を抑えるように言って」

「わかりました」


 私はリースに指示をすると、再び、目を閉じる。


『勝崎、西部軍は攻略で手一杯です。何とか足止めできませんか?』

『厳しいですね。敵は全軍撤退ではなく、兵を分ける気でしょう。半分が撤退し、半分が残って、我らの追撃を阻止ですね。そうやって、時間を稼いでいる内に撤退した軍と中央の軍で西部軍を挟撃するのかと』


 きついなー。

 兵力差がありすぎる。


『勝崎、ドミニクから教えてもらった補給基地を爆撃しなさい』

『そうなりますか……逃亡兵が出ますよ? そして、そいつらは周囲の村を襲います』

『わかっています。爆撃後は拡声器を送るのから将ではなく、兵に降伏勧告をしなさい。それでもダメなら必要な犠牲と割り切りましょう』


 周囲の村の人は可哀想だが、悪いのは略奪を行う女神教だ。

 うん、そうそう。


『なるべく避けたかったんですがね』

『仕方がありません。食料が尽きた敵は撤退するでしょうから追撃で崩しなさい。ヘリだろうが戦車だろうが構いません。総攻撃をかけて』

『敵は負けての撤退ではありませんから追撃は危険ですよ?』

『とはいえ、追撃しないとマズいでしょ。西部軍が挟み撃ちよ』


 全滅させるのは無理でも時間を稼ぎつつ、敵の数を減らさないと。


『ひー様、どちらにせよ、厳しいです。ここは西部軍の撤退も視野に入れるべきです。早急に片付けたいのはわかりますが、一度、体勢を立て直すべきかと』


 うーん、安全策を取ればそうなるのかな?

 マイル、キール、マナキスは獲った。

 策を練り直してもいいし、内部工作で敵を崩してもいい。


「ひー様、念話中にすみません。少しよろしいでしょうか?」


 私が悩んでいると、リースが声をかけてきた。


『勝崎、少し待ちなさい』


 私は勝崎に断りを入れると、目を開けた。


「どうしたの? 何かあった?」

「大村さんに一部の軍が引き返してくることを伝えたところ、宮部さんから献策がありました」


 作戦参謀のトウコさんか……


「どんなん?」

「自分達西部軍を援軍に来ている敵の東部軍の背後に転移させてほしいそうです。援軍の背後を夜襲で強襲し、その後、援軍と偽って中央に入るそうです。そこから一気に敵の中枢を抑え、勝利宣言をすると言っています」

「上手くいく?」

「敵の目はすべてマナキスに向いてます。背後から襲えば楽勝だそうです」


 悪くはない。

 一番良いのは挟撃を避けられることだ。


「キールはともかく、マナキスを獲られるわよ?」

「私もそう言いましたが、一度、落とした町はすぐに落とせるし、自分達が中央を抑え、南部からも攻撃してもらえば、マナキスは西のキールを含めた三方に囲まれることになります。そうなれば、向こうから降伏してくるだろう、ですって」


 うーん、あの子、何なん?


「わかりました。それでいきましょう」

「よろしいので?」

「その策の良いところは失敗がないところです。単純に挟撃を避けるためと考えれば悪くありません」


 西部軍が中央を攻めることには変わりはないし、敵の援軍を中央に入れる前に奇襲できるのは大きい。

 何よりもこっちは背中を向けた敵に集中できる。


「わかりました。では、そうしましょうか」

「そうね。いつ転移すればいいか聞いて」

「今夜だそうです」


 もう聞いたのね。


「了解と伝えて」

「わかりました」


 返事をしたリースが目を閉じたため、私も閉じる。


『勝崎、西部軍は中央の東に転移させるわ。西部軍はそっちから攻めるからあんたらは補給基地を爆撃後、じっくりと攻めなさい』

『転移っすかー…………だったら中央の町中に転移させたらいいんじゃないっすか?』

『ダメよ。市街戦になって住民に被害が出るじゃない。それに万が一の時に逃げ道がない。というか、住民の顧みないでいいなら最初から町にミサイルをぶち込むわよ』


 戦法を選ばなければ、いつでも勝てるのだ。

 だが、住民に被害を出せば、私の評判が落ちる。

 それでは私の信者が減るし、余計な不穏分子を生むことになる。


 悪いのは女神教で私は良い神。


 こう思わせなければならないのである。

 だからこそ、今まで工作や準備をしてきたのだ。


『あー、そうっすね。了解です。じゃあ、俺らも行動に移します』

『気を付けてね。敵は多いから』

『了解っす』


 私は勝崎に指示を出し終えると、目を開ける。

 すると、リースも指示を出し終えたようで目を開けて、何かを悩んでいた。


「どうしたの?」

「うーん、宮部さんとランベルトってお似合いじゃないです?」


 …………小っちゃ。

 こいつ、トウコさんに参謀の地位を奪われるんじゃないかと思って、ランベルトに押しつけようとしているし……


「トウコさんは探偵をやるんだってさ」

「ふーん、ミサ、巫女やめたくない?」


 役職を補充しようとすんな!


「やめない。楽だし」


 楽って……

 他に言い方ないの?




 ◆◇◆




 指示を出し終え、会議室でひたすら時間を潰した私は辺りが暗くなってたのでマナキスに転移することにした。


 私はトウコさんのもとに転移したのだが、トウコさんの周りには相方の大村さんはもちろん、ランベルト、ジーク、カルラに加え、奴隷商人のフランツもいた。

 しかし、場所は屋内ではなく、屋外だった。

 というか、門の前だ。


 よくわからないけど、兵士が門を壊しているのを皆で見ている。


「何してんの?」


 私はトウコさんに声をかけた。


「あ、来たね。門を破壊してる」


 トウコさんは楽しそうに答える。


「そら、見ればわかるわよ。なんで壊してんの?」

「ランベルトさんが壊せってさ。南部の敵がこの町に来ても破壊された門を見れば、野戦を選択するしかなくなるからだって」


 住民に被害が出ないようにしたわけね。


「さすがはランベルト。わかってるわね」


 私の信者が減ることを防ぐわけだ。


「いや、追い詰められた敵は何をするかわからないし、税収が減るのは嫌なんだってさ」


 金かい……

 そういえば、お金大好き人間だったね。


 どいつもこいつも自分のことばっかり……

 まったく!


「敵はどんな感じ?」

「相当、ヘリや戦車、マシンガンを怖がっているね。向かってくる兵が戦うたびに減ってるらしい…………気持ちはものすごくわかるよ」


 降らずに逃げた兵が合流して伝えたんだろうね。

 恐怖が伝播しているのだ。


「そりゃ、敵の士気も相当、下がっているわね」

「多分、そうだと思う。あと中央での爆撃かな? 噂になってる」

「噂? むしろ、噂止まり?」

「情報統制だろうね。でも、こういう噂はすぐだよ」


 女神教の中枢が爆撃され、大司教が降伏。

 さすがに情報統制もするか。


「こちらとしては都合がいいわ。私が勝ち、噂が真実だとわかれば、民衆も女神教の隠蔽体質を疑う。そして、公明正大な私を信じるでしょう」


 ふっふっふ。

 あることないことを吹き込んでやろう。

 都合の悪いことはぜーんぶ、アテナのせい。


「公明正大ねー……」

「真実などどうでもよいのです。人々はただ私のためにあればいい」

「ヒミコ様ー、ヒミコ様ー」


 トウコさんが手を合わせ、適当に祈る。


「どうも。それで私はあんたらをどこに運べばいいの?」

「エックハルトさんの所に飛んで。あの人が先行してるから」


 そういえば、この場にエックハルトがいないわ。

 ヘリで先に行ってるのか。


「じゃあ、さっさと門を壊し終えてね。待ってるから」


 私はせっせと門を壊す兵たちを見守ることにした。

 だが、兵士たちは私をチラチラ見るばかりで進みが遅い。


「ひー様、兵の気が散るからどっかに行ってくれ」


 ランベルトが虫を払うみたいに私をしっしと手で払った。


 こいつの辞書の中には尊敬の文字はないんだろうな……

 さすがはメイド好きの左遷野郎だわ。


「フランツ! 飲み物を飲めるような店に案内しなさい」


 私が呼ぶと、フランツは慌てて走ってくる。


「ヒミコ様、戦後ですし、この時間はやってないかと……」


 それもそうか……


「じゃあ、散歩でも行こうかなー」

「ヒミコ様、よろしければ私の家でお休みください。ヒミコ様が外を歩くのは危険です」


 うーん、確かにこの前も臆病軍人巫女に襲われたな。


「じゃあ、そうしようかな」

「あ、じゃあ、私も行くわ。ヒミコ様1人はどうかと思うし」


 大村さんも来るようだ。


「じゃあ、私も行こうかな……女子高生3人で奴隷商人の家に行こう!」


 トウコさんも来るらしいが、そういう風に言うと、最悪だな。

 間違ってはいないんだけどね。


「誹謗中傷がひどいな…………言っておきますが、家には妻もいますよ」


 フランツって結婚してたんだ。

 初めて知ったわ。


 その後、フランツの家でお茶をもらって休んでいると、城門を完全に破壊したと連絡がきた。

 私達はフランツと別れ、皆がいた城門に戻ると、すぐに転移を使い、エックハルトがいる場所に送った。

 その時にはすでに周囲が完全に暗くなっており、ここがどこかわからなかったが、エックハルト曰く、すぐ先に敵の援軍が野営をしているらしかった。

 西部軍はこれから夜襲をかけるそうなので、私は『頑張って』とだけ激励し、南部の社に帰って、休むことにした。


 まあ、この状況であの連中なら大丈夫だろう。


 そして、次の日の朝には敵の援軍を壊滅させたことと中央に向けて進軍を開始した報告を聞いたのだった。

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