第104話 執念だけはすごい子


 私はランベルトの屋敷から東雲姉妹とヴィルヘルミナのメイド3人を連れて、会議室に戻ってきた。


「あー、ただいま、ただいま」

「まだ身体がだるいからちょっと散歩してくるわー」


 ナツカとフユミはそう言って、すぐに会議室を出て、どこかに遊びに行ってしまった。


「本当に自由な人達だなー……」


 ヴィルヘルミナがしみじみとつぶやく。


「そういう子達だからね。あんたも適当に遊んできてもいいわよ。やることないし」

「じゃあ、せっかくなんで出かけてみます。何気に迷いの森に来るのは初めてなんですよねー」


 そういえば、ここって迷いの森って名前だったわね……

 道路整備により、迷う要素はほぼなくなってしまったけど。


「晩までには帰ってきなさい。あんたはここの2階で寝泊まりだから」

「わかりました。では、行ってきます」


 ヴィルヘルミナはメイド服のまま、出かけていってしまった。

 私はヴィルヘルミナを見送ると、椅子に座る。


「西部はどうでした?」


 私が椅子に座り、一息つくと、ミサが聞いてきた。


「あっちは任せておいても大丈夫そう。有能なのが揃ってるわ」


 ジーク、エックハルト、ランベルト、大村さん、トウコさん、カルラがいる。

 負けることはないし、上手くやるだろう。


「では、南部に集中ですね」

「そうなるわね。ちょっと勝崎に連絡を取ってみるわ」

「忙しいですねー。頑張ってください」


 リースは西部と連絡を取っているが、ミサは…………

 いや、ミサはそこにいてくれるだけでいいのだ!

 けっして、役立たずではない。


 私は自分で自分に言い聞かすと、目を閉じる。


『勝崎、勝崎。起きてますか?』

『起きてまーす。ってか、もう昼前ですよ?』


 そんな時間までナツカとフユミは寝てたんだよ。

 私もあんまり変わらないけどね。


『知ってます。ちょっと西部の様子を見にいってたんですよ。それよりも、そちらはどうなっています?』

『マイルが降伏したため、町に入っています。今は政庁で作戦会議中ですね』

『町民は?』

『ドミニクさんが演説をして説明しました。あの人、すごいっすね。町民もすぐに納得して、今のところは不満等は出ておりません』


 ドミニクが信用されているか、ビラが効いたか、それとも、南部だからか……

 まあ、不満が出てないのは良いことだ。


『敵の5万の兵は?』

『偵察しているエルフの情報では、マイルに進軍してくるのは3日後と思われます。ただし、それは先陣の5000の騎兵です。その他はもうちょっと遅れる模様です』


 足のある騎兵で先行してきたか……

 いや、独断専行だな。

 手柄を独り占めしたいんだろう。


『こちらの軍は?』

『我らの1000に加え、降伏したマイル軍が5000です。それと明日にはアルバン、マルクスの両名がそれぞれ500の兵を率いて援軍に来ます』


 つまり合計7000か……

 とはいえ、降伏したばかりの5000のマイル軍は使えない。


『マイル軍を残し、お前達とアルバン、マルクスを合わせた2000で野戦をしなさい』

『野戦ですか?』

『籠城はダメです。町民から不満が出ますし、マイル軍5000が謀反を起こす可能性もあります。まずは野戦で騎兵5000とやらを徹底的に潰しなさい。お前の好きな戦闘機を使ってもいいです』


 まずは我らの強さを見せつけ、町民や降伏してきた軍を安心させる必要がある。


『了解です。西部軍はどうです?』

『キールは落ちました。3日後にマナキスに向けて進軍するそうです。その後、中央ですね。偵察部隊や遊軍のエルフには早馬を徹底的に処理するように言ってありますし、お前達は必ず、5万の兵を繋ぎとめておきなさい。最初の騎兵5000は潰しても良いですが、残りは絶対に勝ってはいけません。頭がいない敵は負けそうになると、すぐに撤退を開始するでしょう』


 まとめる者がいないとなれば、各軍が好き勝手するだろう。

 そういうヤツらは情勢が悪くなれば、撤退だし、良ければ独断専行するに決まっている。


『かしこまりました。すぐに行動に移します』

『頼みます。それと降ったドミニクの息子に伝言です。このヒミコの名において、お前をマイルの領主と命じる、と。ただし、幸福を求めないのならば死あるのみ、ともね』


 いまだに私の信者リストにない男よ、私の子ならば、幸福を与えるが、そうでないなら死ね。


『わかりました。必ずや伝えます』

『では、後は頼みましたよ』

『はっ!』


 私がお告げを切り、受付のエルフの子が淹れてくれたお茶を飲んでいると、ドミニクの息子の名前が信者リストに加わった。


 言わなきゃわからんのかね?

 まあ、それは誰かさんも同じことか……

 さて、どうするかねー?




 ◆◇◆




 マイルやキールを落としてから数日が経った。


 あれから私は主に会議室で報告を聞いたり、物資を送る作業ばかりしていた。

 報告は良い報告ばかりなので良いのだが、物資がめんどくさい。


 基本的には信者の数が私のポイントになるため、余裕は十分にある。

 しかし、めんどくさい。


 食糧、武器、弾薬、爆弾…………


 出しても出してもすぐになくなる。

 戦争がお金がかかるというのは本当のようだった。

 私自身はお金を出していないので懐は痛まないが、疲れた。

 ずっと、この会議室でこもりがちだし、夜に寝ていても大村さんから爆弾を出してくれと要望が来たこともあった。


 皆、頑張っているし、私も頑張ろうとは思うが、正直、きつい。

 そういう意味でも短期決戦を選んだのは正解だと思う。


「ハァ……」


 私は今日も会議室に引きこもり、頑張っている。

 だが、思わず、ため息が出てきた。


「どうされましたか? マイル方面で何かありましたか?」


 私のため息を聞いたリースが聞いてくる。


「マイルは問題ないわ。先行してきた騎兵5000も潰したし、残っている敵も大がかりな攻勢を見せていないわ」


 マイル軍と女神教の軍はマイル北の平野でずっとにらみ合いをしている。

 女神教の5万近い軍が南征してきたのだが、最初にちょこっと戦った後は多少の小競り合い程度があるくらいで、まったく攻めて来なくなったのだ。


 敵に仕込んでいるスパイによると、敵は相当、揉めているようだった。


 誰が攻めるか、いつまでやるか、作戦はどうするか……


 敵は明確な総大将がいないため、ずっと軍議をしているようだった。

 正直、こっちの目的は足止めなため、何もしなくていいのは助かる。

 敵はこのまま放っておけば、無駄に兵糧を消費し、撤退するしかないだろう。


 その間に獣人族の西部軍は順調に進軍しており、明日にはマナキスの攻略戦を開始する。

 本当に何の苦労もなく、中央を落とせそうな気がしてきた。

 少しは予想外なことが起き、苦労するかと思っていたのだが……


「もしかして、お疲れでしょうか?」


 リースが心配そうな顔で聞いてくる。


 実は私がこんなに疲れているのはリースのせいでもある。

 こいつ、昔からだが、一度寝たら起きない。

 しかも、そのくせ、早寝する。


 何度、大村さんから『リースさんがもう寝ちゃって起きないんだけど……』という言葉を聞いただろう。

 その度に私が起こされる。

 いや、どうせ、私が物を出すのだからそれで良いのだが、なんかムカつく。

 この精神的ストレスが私の疲れを倍増させるのだ。


「ちょっとね……でも、あと少しで戦争も終わるし、仕方がないわよ」


 私はリースに文句は言わない。

 何故なら、リースに言っても無駄だから。

 リースは優しいし、良い子なのだが、正直、他人を思いやる気持ちがあまりない。

 自己中のリースのあだ名は伊達ではないのだ。


 そんなリースに文句を言っても、逆に私が小さくなってしまう。


 …………ダメだ。

 心がすさんで愚痴ばっかりになっている。


「あのー、お茶でも飲みます? 私、アイスが食べたいです」


 ほら、これだ。

 気を使っているが、そのお茶を出すのは私。

 昔からだが、こいつが休憩を進言してくる時は大抵、自分が休みたい時…………ダメだ。

 ヤバいくらいに心がすさんでいる。


 リースは良い子!

 昔から私のために頑張ってきた有能な私の右腕だ。

 幸福教団がここまで大きくなったのも私が神になれたのもリースのおかげ!


「…………あんたはバニラが好きだったわね」


 私はリースとミサに高いカップアイスを出してあげると、立ち上がった。


「どこに行かれるんです?」


 いちごのアイスを手に取ったミサが聞いてくる。


「ちょっとその辺を散歩してくる。ずっと部屋に籠っていると、疲れるわ」


 ずっと旅をしていた時が懐かしい。


「あ、では、お供します」


 ミサが立ち上がった。


「すぐに戻るからいいわよ。あんたはアイスを食べてなさい」


 私は立ち上がったミサに断りを入れると、私とミサのやり取りを無視して、美味しそうにアイスを食べているリースに思わず、笑みが出た。


 リースは自己中なんかではない。

 自分に正直なだけなんだ。

 きっとそう!


 私は『それが自己中じゃねーの?』と思う暗黒面な自分を無視し、会議室を出た。

 そして、受付の子に出かけると声をかけると、外を歩きだす。


 外は天気も良く、緑が多くて快適だった。

 ほとんどの人は戦場か仕事に出ているため、静かだ。

 もっとも、私が住んでいる社の周りで騒ぐ者はほとんどいない。

 たまに子供たちが遊んで、わーわー騒ぐ程度である。


 私は少し歩くと、普段、子供たちが遊んでいる公園に着いた。

 公園は遊具という遊具はないが、砂場やベンチは置いてある。

 よくここで子供たちは鬼ごっこやサッカーをしている様子を見る。

 だが、今日は誰もおらず、私1人だった。


 私は公園のベンチに腰掛け、空を見る。


「あー、疲れた」


 あいつら、さっさと降伏すればいいのに。


 私は空を見ながらぼーっとする。

 私がだらけながら空を見ていると、ふと、後ろから人が歩く音がした。


 私はだらけた状態のまま、頭を後ろに傾け、視界が逆さの状態で背後を見る。


 私の後ろには人がいた。

 この場には私1人だと思っていたようだが、1人じゃなかったらしい。


 私の後ろにいるその人は女の人だった。


 輝いていた金色の髪はあちこち焦げて汚れている。

 美しかった碧い瞳の片方は見えない。

 右目部分を白い布で覆っているからだ。

 そして、その布は赤くにじんでいた。


 彼女の服はボロボロであり、歩き方も少しおかしい。

 だが、確実に私に向かって歩いてきていた。


 …………剣を持って。


「お前…………生きてたんですか」


 そいつは爆撃で死んだと思っていた女神教の巫女だった。


「…………頭を潰せば勝ち。お前が正解だ」


 巫女は私の目の前で立ち止まり、剣を向けてくる。


「ふーん。神を殺せるとでも?」


 私は頭を元に戻すと、立ち上がり、巫女の方を向いた。


「死なないでしょうね。だが、お前を斬らねば私の気が収まらんのだ」


 巫女は不気味に笑う。


「つまらない理由。それにしても、よく生きてましたね?」

「私は魔法を使えるからな…………だが、防げなかった。今でもかろうじて、魔法で命を繋いでいるだけだ」


 その状態でここまで来たのか……

 執念だろうね。


「お前を殺す! もはや、あのバカ共のせいで負けは決定だ! だが、お前だけは殺す!」

「いや、こんなところにいないで負けないように指揮を取りなさいよ。というか、傷を治しなさいよ」

「ふん。あの役立たず共はどうせ理由をつけて、私の言うことを聞かない。それに私はもう助からん。ならば、私1人でやる!」


 苦労人だなー。

 そんなボロボロになってまでやることかね?


「もう一度だけ、チャンスをあげましょう。私に降りませんか? 優秀なお前なら何にでもなれますし、幸福になれます」


 いつ死んでもおかしくない重症だろうが、ここには魔法が得意なリースやエルフがいる。

 治せるかもしれない。


「もう一度言う。私は軍人だ。絶対に降らない!」


 巫女はそう言うと、私に近づき、私の腕を握る。

 そして、足を払ってきた。


 私は特に抵抗もせず、そのまま地面に倒れる。

 巫女はそのまま私の髪を掴み、顔を上げさせると、首に剣を当ててきた。


「悪いな。本来なら痛みを感じさせずにやるのが軍人としての礼儀だが、もはや目もロクに見えんのだ」

「この状態ならその剣を引くだけだもんね」


 見えなくてもやれる。


「ああ、悪いな」

「いえいえ、別に構いません。最後に聞きます。降る気はないです?」

「ない。たとえ、死しても私は絶対に降らん」


 強情だなー。


「ちなみに聞きますが、何故です? お前はアテナにそこまで恩義もなければ、忠誠も誓っていないでしょう?」

「私はお前やアテナと同じ人種なのだよ。自分より上の存在が目障りで仕方がない。私が世界で一番優秀なんだ」

「お前は道を間違えましたねー。巫女ではなく、神になるべきでした」

「なれるもんならなりたかったわ。だが、私では無理だ」


 でしょうね。


「ハァ……ダメですか…………せっかく優秀そうで心の折りがいがありそうなのに…………では、辛そうですし、トドメをさしてあげましょう」


 残念。


「私は私だ。死してもな!!」


 巫女は私の髪から手を放すと、立ちながら剣を自分の後ろに振るった。

 だが、巫女の振るった剣はどこかに飛んでいった。


 …………剣を振るった右腕ごと。


「クソが……どうせ、剣もロクに振れない主席様だよ……」


 巫女は自虐的な事を言いながらその場で崩れ落ちた。


「バカな子……」


 私が倒れたまま、ポツリとつぶやくと、倒れている私を男が覗き込んでくる。


「なーにしてんですか?」


 その男は氷室であった。


「勧誘」

「これは無理でしょ」


 氷室は動かなくなった巫女を指差す。


「私はこういう弱いくせに強がっている子が好きなの」

「月城みたいなヤツです?」

「そんな感じ」


 ちょっと違うけど、まあ、似たようなもんだ。


「しかし、勘弁してくださいよ。ひー様に死なれたら困ります」

「私は死なない。お前がいる」


 元から氷室が私の護衛を務めてくれていたことは知っている。


「アホ姉妹の仕事でしょうに」

「たまには遊ばせないと」

「いっつもでしょ。ひー様、あの姉妹や神谷、リースに甘すぎです」


 氷室が私の腕を掴み、起こしながら文句を言ってくる。


「えこひいき、えこひいき」

「俺にもそのえこひいきをくださいよ」

「何を言ってるの? 散々、えこひいきしてあげているでしょう」

「ですかねー?」


 散々、目を瞑ってあげたじゃん。


「そうです。お前はこの巫女をどこかに埋めておきなさい」

「こいつの首を敵陣に投げたら士気下がりません?」


 アホか……

 どこの野蛮人なんだよ……


「軍人さんらしいわよ。丁重にしなさい」

「軍人ねー。軍人なんてロクなもんじゃないですよ」

「大丈夫。その子は軍人になりたかったのに臆病でなれなかった憐れな主席さんだから」

「なるほど…………どうりで情けない振りだと思った」


 言ってやるなっての。

 ボロボロだったからだよ。


「じゃあ、後はよろしく。はい、ご褒美」


 私は氷室に向かってタバコを1箱投げると、会議室に戻ることにした。


「褒美ってこれだけ? 命を助けたヒーローですよ?」

「タバコがお前の幸せなんでしょ? じゃあ、いいじゃない」

「ひー様、タバコを吹きかけたことをまだ根に持ってます?」

「1000年は忘れないわ」


 絶対に許さん。


「さーせん」


 笑いながら謝んな!

 心が狭いって思うな!

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