第101話 勝利の美酒 ★


 ジーク隊長が町に向かい、私達がそのまましばらく待機していると、馬車が町からこちらに向かってくるのが見えた。

 最初は暗かったこともあって、誰が乗っているかがわからなかったが、次第に近づいてくると、御者が見えてくる。


 御者をしているのカルラさんや東雲姉妹と同じメイド服を着た金髪の女性だった。


「あ、ヴィルヘルミナだ」

「ホントだ。あたしよりちょっとかわいいことを鼻にかけてるヴィルヘルミナだ」


 どうやらあの人がカルラさんや東雲姉妹と同じ主に仕えるヴィルヘルミナさんらしい。

 確かに耳を見る限り、エルフで間違いない。


 ヴィルヘルミナさんが運転する馬車は私達の前に止まる。

 そして、ヴィルヘルミナさんが困ったような顔で東雲姉妹を見た。


「鼻にかけていませんよー」


 どうやら聞こえていたらしい。

 さすがは耳の良いエルフだ。


「かけてんだろ。正直に言ってみ? あたしよりかわいいと思ってんだろ?」

「相手が悪くね?」


 私も東雲姉妹もかわいい部類に入ると思うが、このヴィルヘルミナの美貌には勝てないと思う。

 というか、エルフってやばいわ。

 私もわずかしかない女としての自信を失くしそう。


「正直にって言われましてもー……だったらそのマシンガンを置いてくれません?」


 もう答えを言ってるようなものだ。


「この人、良い性格してるわね?」


 ミスズも察したようだ。


「だってー……御二人は見た目以前に言動をどうにかした方が良いと思いますもん。ご主人様がいっつも愚痴ってますよー」


 それは完全に同意。


「うるせー!」

「え? 私も? 私は違くね?」


 フユミは怒鳴り、ナツカは心外って顔をしている。

 でも、どっちもどっちだ。

 私は笑いながら喉元にナイフを突きつけられたことを忘れていない。


「ヴィルヘルミナ、どうでもいいから報告しなさい」


 カルラさんがくだらない会話を止めた。


「あ、すみません……キールは降伏しました。ジーク隊長さんとご主人様がお待ちですので馬車に乗ってください。ご主人様の屋敷に参ります」


 まあ、この状況でエルフのメイドが来たわけだから勝ったのだろう。


「やったぜ! 久しぶりの家だぜ」

「懐かしいね!」


 東雲姉妹は意気揚々と馬車に乗り込む。


「御二人の家ではないんですけどねー……」

「どうせ、すぐに南部に帰りたいって言いますよ……」


 このまともな方のメイド2人は苦労したんだろうな……


「トウコ、ヨハンナさん、私達も乗りましょう」


 ミスズが冷静に促してくれたので私達は馬車に乗り込んだ。


「出発しまーす!」


 ヴィルヘルミナの掛け声で馬車が動き出し、私達は町へと向かう。


 町に入ると、あちこちにこの町の兵士と思われる死体が転がっているものの、町自体にそこまで被害があるようには見えなかった。


「敵の兵士が隠れてたりしないかな?」


 周囲は夜のため、まだ暗い。

 ちょっと不安だ。


「大丈夫ですよー。見えないと思いますが、ちゃんと護衛がついてますし、最悪は私の魔法で対処します」


 ヴィルヘルミナさんが明るく答えた。


「私の役目がいよいよもってない……」


 ヴィルヘルミナさんの言葉を聞いたヨハンナさんが落ち込む。


「そんなに戦いたいんですか?」


 ちょっと、このキツネ、好戦的すぎやしないだろうか?

 キャバ嬢じゃなかったの?


「この戦いは聖戦として、末代まで語られます。その時にキツネ族の長は後ろにいて、何もしなかったということを語られそうな……」


 虎の威を借りる狐という言葉が脳裏に浮かんでしまった……

 さすがに言えない……


「わ、私の役目はヨハンナさんがやったということにしてはどうでしょう?」


 多分、ミスズも私と同じ言葉が浮かんだんだろう。

 自らの功績を譲ろうとしている。


「それはいいですね。そうしましょう!」


 ヨハンナさんがちょっと明るくなった。


「…………後ろにいて何もしなかったくせに功績を奪ったキツネ族の長って、語られるのでは?」


 御者をしているヴィルヘルミナさんが前を向きながらポツリとつぶやく。


「………………」


 ヨハンナさんがかなり暗くなった。




 ◆◇◆




 町中を通っていくと、馬車はとあるお屋敷の前で止まった。


「着きましたー。ここがご主人様のお屋敷ですー」


 ヴィルヘルミナさんがそう言うと、東雲姉妹が真っ先に馬車を降りる。

 カルラさんがそんな東雲姉妹に続いたので、私とミスズさんは落ち込むヨハンナさんを慰めながら馬車を降りた。


「では、中にどうぞ」


 私達はヴィルヘルミナさんに勧められたの屋敷に入る。

 そして、そのまま奥に歩いていくと、ヴィルヘルミナさんが奥にある部屋の前に止まり、扉をノックした。


「ご主人様、皆様方をお連れしました」


 ヴィルヘルミナさんが部屋の中に声をかける。


「入れ」


 部屋の中から偉そうな口ぶりの男の声が聞こえた。

 すると、ヴィルヘルミナさんが扉を開け、中に入っていったので、私達も続いて部屋に入る。


 部屋は白い布がかかった長いテーブルが置いてあり、いくつも置いてある椅子にはジーク隊長を始め、獣人族の一族の長達が座っていた。

 そして、30歳前後の人族の男性が1人、立っていた。


『トウコ、この人がランベルトさん?』


 ミスズが念話で聞いてくる。


『服装から見ても貴族だろうし、間違いないね。ヒミコ様が悪そうなヤツって言ってたし』

『じゃあ、この人ね。見るからに悪そうだもん。貴族なら気を付けないと』

『東雲姉妹をメイドにしているくらいだから大丈夫でしょ』

『…………それもそうね』


 私とミスズが念話で話していると、ヴィルヘルミナさんが貴族の男性に近づいた。

 なお、その間に東雲姉妹は椅子に座って、両足をテーブルの上に置いていた。

 非常に行儀が悪く、とてもメイドには見えない。


「ご主人様、キツネ族の長であるヨハンナ様とこの度、伝令役を担われたミスズ様、作戦参謀のトウコ様です。あと、カルラさんと………………ナツカさんとフユミさんです…………すみません」


 ヴィルヘルミナさんが私達を紹介してくれたが、東雲姉妹をチラッと見て、謝った。


「別に良い。お前のせいではなく、どっかの神のせいだろう…………ご苦労だった」


 ランベルトさんは手を額に持っていき、頭が痛そうなそぶりをする。


「おい、ヴィルヘルミナ、茶!」

「客に茶も出さねーのか? メイドの仕事をしろよ」


 こいつら、すごいわ。

 少なくとも、お前らは客じゃないだろ。


「あ、はい、すぐにご用意します」


 ヴィルヘルミナさんが慌てて部屋を出ていこうとする。


「待て、ヴィルヘルミナ、ワインセラーから一番いいやつを持ってこい」


 ランベルトさんがヴィルヘルミナさんを止めた。


「よろしいので? あれはご主人様が大切にしていたものでは?」

「勝利の美酒を今日、飲まずにいつ飲むのだ。いいから持ってこい」

「は、はい」

「カルラ、手伝ってやれ」


 ランベルトさんがカルラさんに命じた。

 すると、カルラさんは何も言わずに頭を下げ、ヴィルヘルミナさんと共に部屋を出ていく。

 ランベルトさんはそんな2人を見た後に東雲姉妹を見た。


「一応、聞くが、お前達は手伝わんのか?」

「なんで?」

「あたしらの仕事じゃねーし」


 このメイド、すごい……


「お前達の仕事って何だ……?」

「敵をぶっ殺す」

「どうでもいいけど、眠いなー」


 じゃあ、寝てくれって、思ってそうなランベルトさんは無視することにしたようで東雲姉妹から目線を切り、私達を見てくる。


「君達もご苦労だった。まあ、座ってくれ。すぐに飲み物がくる」


 ランベルトさんがそう言って座ったので私達も席に着いた。

 そして、しばらくすると、ヴィルヘルミナさんとカルラさんがワインと人数分のグラスを持って、戻ってくる。

 メイド2人はワインをランベルトさんに渡すと、グラスを皆の前に置いていく。

 もちろん、私やミスズ、東雲姉妹の前にも置かれた。


「あのー、未成年なんですけど……」


 ミスズが困ったような顔をしてランベルトさんを見る。


「気にするな。ここでは私が法律だ」


 そうなんだ……

 まあ、私は気にせず飲むことにする。

 絶対、高いワインだもん。

 飲んでみたい。


「私ら、飲めねーぞ」

「知ってんだろ」


 東雲姉妹はお酒を飲めないようだ。


「一杯ぐらい付き合え。今日は特別な日なんだ」

「ふーん……」

「まあ、一杯ぐらいなら飲めるか……」


 双子メイドは納得したようだが、ランベルトさんがちょっと笑っているのが気になる。

 そして、ランベルトさんと東雲姉妹が話している間にヴィルヘルミナさんとカルラさんは人数分のグラスを配り終えると、ランベルトさんの後ろに行き、立ったまま控えた。

 どうやら、メイドの定位置はそこらしい。


 ランベルトさんはワインを持つと、1人1人の前に置かれているグラスにワインを注いでいく。

 すべてのグラスにワインを注ぎ終えると、最後に自分の席に戻った。

 そして、立ったまま自分のグラスに残っているワインをすべて注ぎ終えると、空瓶をテーブルに置き、グラスを持つ。


 私達はそれを見て、同じようにワインを持ち、立ち上がった。

 東雲姉妹はそんな私達をキョロキョロと見渡すと、テーブルに放りだしている足を床に下ろし、立ち上がろうとする。


「あ、お前らはそのままでいいぞ」


 ランベルトさんは立ち上がろうとした東雲姉妹を何故か止める。

 そして、何故かランベルトさんの後ろに控えているカルラさんが東雲姉妹の後ろに回った。


「コホン! 諸君、本日は大変ご苦労であった。諸君の活躍により、キールをこの通り、あっという間に落とすことができた。これは諸君の奮闘のおかげと共に我らが幸福の神の加護のおかげである。明日からも戦いは続くが、まずは大事なこの初戦に勝ったことを祝いたい。我らは種族は違えど、同じ神を崇め、祈る同士である。我らを祝福する神に勝利を捧げよう! 乾杯!」

「「「乾杯」」」


 ランベルトさんがワインに口をつけ、飲み干したのを見ると、私達も続いて飲んだ。


 うーん、高いワインなのかもしれないが、ワイン自体を飲んだことがないので味がわからない…………


 私は隣に座るミスズに美味しいか聞こうとして、右を見ると、東雲姉妹が空になったワイングラスを片手にテーブルに突っ伏していた。


「よし! これで静かになったな! カルラ、そのアホ姉妹を寝室に放り込んでおけ!」


 どうやらランベルトさんは東雲姉妹が飲めないことを知っていて、最初から潰す気で飲ませたようだ。


 なんとなくだけど、この人達、仲が良いな……

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