第100話 キール陥落 ★


 私達はヒミコ様の転移を使い、西部にある獣人族が暮らしていたという砦に来ていた。

 そして、ライオンのジーク隊長に案内され、一族の長達と共に集会場で待機していた。


 そんな中、南部との連絡役をしているミスズが1人、目を閉じていた。

 今はそんなミスズを私を含め、全員が見ている状況である。


 そして、数十秒ほど、目を閉じていたミスズが目を開けた。


「ヒミコ様は何と?」


 この集団の大将であるジーク隊長がミスズに聞く。


「女神教の大司教がヒミコ様に降り、その息子であるマイルの代官の説得に成功したそうよ。マイルは戦わずに降伏したみたい」


 大司教が降るって……

 大物すぎない?


「おー! つまりは被害がゼロか!」

「さすがはヒミコ様!」

「こうもあっさりあの町が落ちるのか」


 一族の長達は感心しながら南部の勝利を喜んでいる。


「ミスズ、詳しいことは聞いていないかい? 女神教の詳しい役職は知らないけど、大司教って、かなり上じゃない? そんな人が降るって……」


 私はさすがに上手くいきすぎと思ったので聞いてみた。


「勝崎さんが戦闘機で中央の神殿を爆撃したみたいよ。それで巫女を始め、女神教の上位陣が死んだ。それを見て、勝てないと踏んだみたいね。ヒミコ様は自分達のタイミングで進軍せよ、って言ってる」


 息子がマイルの代官だし、降った方がいいと判断したのか。


「なるほどねー……これはこっちにとっては大きいよ。被害がなかったこともだけど、敵のトップが死に、大司教ほどの人間が降ったことを敵が知れば、敵の士気が落ちる。もっと言えば、例のビラの信憑性が増すよ…………ジーク隊長、ここは早急にキールを獲るべきだ。敵は総司令がいないからこっちの対処とマイルの対処のどっちを優先するかで揉める。敵は大軍とはいえ、寄せ集めの集合体に過ぎないし、一枚岩ではないからだ。ここは短期決戦で一気に流れに乗ろう!」


 私は自分でも早口だなと思ったが、大事なことなので言わないといけない。


「う、うむ……それはそうだな」


 隊長がじーっと私を見てきた。


「どうかしたんだい?」


 そんな変な目で見るんじゃないよ。

 隊長はちょっと怖いんだから……


「いや、良い。お前は参謀か何かか?」

「作戦参謀と呼んでくれたまえ!」


 幸福教団の参謀はリースさんだけど、ここにはいないし、現場が優先なのだ。


「そ、そうか……皆の者は作戦参謀の意見をどう思う?」


 やった!

 作戦参謀になったぞ!


「えーっと、良いと思います」

「南部が勝ったことを知れば、こちらの士気も上がりますしね」

「早いに越したことはないかと……」


 反対意見はない。


「うむ、わかった。では、すぐにでも進軍を開始しよう。今は夕方か……夜にするか、明日にするか」

「獣人族って夜目が利くんでしょ? 夜だよ、夜! 夜襲で一気に終わらせよう!」

「そうするか……ミスズ、ヒミコ様にランベルトにこのことを伝えるように言ってほしい。ランベルトが爆破を成功させ次第、攻め込むと」


 キールの町中にいるランベルトさんとはヒミコ様を通じた伝達が必要になるのだ。

 面倒だが、こればっかりは仕方がない。


「わかったわ」


 ミスズは頷くと、再び、目を閉じる。


「隊長、爆破した門を抜け、町に入ったらまずは門の上にいる敵を一掃するべきだ。その後は教会を始めとする女神教関係者や施設をやろう! ただし、非戦闘員は絶対に手を出したらダメ。まあ、夜だし、外には出ていないだろうけど、これは徹底させるべきだよ。敵はあくまでも女神教。そうしないと、ビラの正当性が薄れるし、ヒミコ様の信者が減る」

「うむ。それはヒミコ様からも言われている」


 さすがに釘は刺しているか……

 キールの町と獣人族は確執があるらしいからね。


「捕虜なんかもランベルトさんに任せるべきだよ。ランベルトさんって中央貴族のお偉いさんなんでしょ? 上手くやるだろうし、捕虜も勝手に降ってくる。私達の目標はあくまでも中央。キールはその始まりに過ぎない」

「その通りだ。キールは我らの因縁の地であるが、我らは幸福教団! 自由を勝ちとるためにここまで来た! 皆の者! ランベルトの工作が成功次第、乗り込むぞ! いつでも行けるようにせよ!」

「「「おー!」」」


 ジーク隊長が怖いくらいに大声を出すと、ジーク隊長とヨハンナさん以外の一族の長さん達が集会場から出ていった。


「いいなー……私も行きたいなー」


 ヨハンナさんが羨ましそうに皆が出ていった出入り口を見る。


「お前は護衛だろう。ヒミコ様が直々に指名したんだから仕方がない」

「思うんですけど、護衛っていります? ランベルトさんが領主と門を爆破するんですよね? 負ける要素がないじゃないですか」

「ヒミコ様に言え」

「しょぼーん……この日のために仕事の合間をぬって、銃火器の扱い方を習ってきたのに」


 ヨハンナさんの尻尾と耳が落ちた。


「お前、あの店を開いてからあざとくなったな」

「この方がウケるんですもん。皆が心配してボトルを入れてくれるんですもん」

「そうか…………」


 ジーク隊長が呆れ切っているのがわかる。


「隊長、連絡が取れたわ。暗くなったら爆破するそうよ。まずは領主の屋敷を爆破し、兵を領主の屋敷に集めた後に警備が薄くなった門を爆破するからその時に突撃してほしいって」


 連絡を終えたミスズがジーク隊長に伝える。


「了解した。こちらも配置につくと伝えてくれ」


 ジーク隊長はミスズにそう言うと、立ち上がった。


「お前達は森の浅い所で待機してくれ。終わったら迎えを寄こす。それと……」


 ジーク隊長は私達に告げると、部屋の隅にいるメイド3人を見る。


 2人のメイドはのんきに寝ている。

 もう1人は起きているが、2人のメイドが膝を枕にして寝ているので動けそうになかった。


「なあ、作戦参謀、なんでこいつらがいるんだ?」


 ジーク隊長がさっきのヨハンナさんを相手にしている時以上に呆れながら私に聞いてくる。


「カルラさんと東雲姉妹はランベルトさんのメイドらしいよ。だからいるんだって…………隊長、ごめん。よくわかんない」


 自分で言ってて、だからの意味がわからなかった。


「だろうな」


 うーん、カルラさんはよくわからないけど、東雲姉妹はランベルトさんへの嫌がらせかなー。

 だって、東雲姉妹とか絶対にトラブルメーカーじゃん。


「私はとある作戦のためにいます。それとナツカさんとフユミさんはご主人様のところにいるエルフのメイドのヴィルヘルミナの回収ですね。戦時中ですし、ヴィルヘルミナを一時的に南部で保護するそうです」


 私達に見られているカルラさんは東雲姉妹の頭を撫でながら困った顔で説明した。


「ヒミコ様は転移できるんじゃないの? 東雲姉妹はいらなくない?」


 確か、知っている人のところに飛べるんでしょ?


「…………ご主人様への嫌がらせでしょう」


 やっぱりじゃん……




 ◆◇◆




 私達はそのまま待機し、辺りが暗くなったと同時に砦を出た。

 そして、森の浅い所まで来ると、町の様子を窺いながら待機する。


「爆破ってどうするのかな? ヘリか戦闘機?」


 ミスズが草影に隠れながら聞いてきた。


「C4だってさ。プラスチック爆弾だよ」

「ものすごく今さらなんだけど、あの人の能力って、過去に触れた物を出すことよね? なんでそんなもんに触れているのかしら?」

「ガチのテロリストだからね……色んな計画があったらしいよ。怖いから聞いてないけど」


 どうせ、ロクでもないことだろう。


「ハァ……1年前は受験のことばっかり考えてたのにねー……漠然とした大学生活を夢見てたのにテロリストの仲間になるとは……」

「いいじゃん。私はテロには賛成しないけど、幸福教は許容する」


 私はテロまでやる狂信者ではないが、ヒミコ様についていくと決めた。

 だって、本物の神様だもん。


「いや、あなた、随分と積極的じゃない? 作戦参謀って何よ?」

「スキルがあると、色々、気付いちゃうんだよ。それにここは功績を立てておこうって言ったのは君だろう?」


 ヒミコ様に連絡役を頼まれた時にミスズが今のうちに功績を立てて、地位を確立させておいた方がいいんじゃないかと相談されたのだ。

 私はもちろんそうするべきと答えた。

 ただ、ミスズ1人で戦場に行かせるわけにはいかないから私もついていくことにしたのである。


「まあ、そうなんだけどね」


 私とミスズがコソコソと話していると、遠目に見える町が一瞬、光った。


「お! 爆発した。隊長、あれは領主だね。門は次だよ」


 私は近くにいるジーク隊長に告げる。


「わかっている」


 隊長が頷くと、私とミスズも会話をやめ、じーっと町を見続ける。

 そして、しばらくすると、キールの町の門が吹き飛ぶのが見えた。

 ランベルトさんの破壊工作は成功したようだ。


「戦士たちよ! これより最後の聖戦を開始する!! 城壁の兵を始末し、女神教の施設を破壊せよ! 行け!!」


 ジーク隊長が待機していた獣人族の兵たちに告げると、皆は気合の入った掛け声をしながら町に向けて、駆けていった。

 ここに残っているのは私とミスズ、ジーク隊長、ヨハンナさん、そして、メイドの3人だけだ。


「声は潜めてほしいんだけどなー」


 私は叫びながら突っ込んでいった兵たちの後ろ姿を見ながらぼやいた。

 せめて、敵に気付かれるまでは静かにした方が良いような……


「それは無理だ。ああやって鼓舞するのが大事だからな」


 まあ、そうかもしれない。

 これから殺し合いに向かうのだから奮い立たせるのが大事なのだろう。


「うーん、私も行きたいなー……首領もナツカさんもフユミさんもいるし、私、ここにいても意味なくない?」


 ヨハンナさんはまだ文句を言っている。


「仕方がないだろ」


 ジーク隊長はため息をついた。

 実はジーク隊長も前に出たかったのだが、ヒミコ様に止められたのだ。


「つまんねー……」

「あたしのマシンガンが泣いてるぜ……」


 そして、不満を持っているのがもう2人……

 当然、東雲姉妹である。


「御二人を絶対に戦場に出すなとヒミコ様が厳命されております。静かに待ってなさい」


 カルラさんが不満を言う東雲姉妹を制する。


「えー……暇だよー」

「カルラ、ひー様には黙っててよ。それでオッケーじゃない?」

「ダメです。なお、そういうことを言ったら報告するように言われております」

「「うえー……ゲームを没収される」」


 双子は同じ顔で同じ表情をし、同じことを言った。


「告げ口はしませんからこの場で待機してください。どうせ、町まで走っていく途中で疲れたって言って、引き返してくるじゃないですか」


 多分、そう……

 この森から町までは結構な距離がある。

 獣人族は走るのが得意らしいから問題ないが、この姉妹は無理だ。

 根気がなさそうだもん。


「ひー様の転移で私の家から攻めればいいのに」

「ね? そしたら走らなくてもいいし、こんなところで待機しなくてもいいじゃん」

「獣人族には攻めて落としたという事実が必要なんです」

「「わかんねー……」」


 キールの町を落とすことは獣人族の目標だった。

 それを実現させることで士気を上げさせることが目的らしい。

 確かに負ける要素はないのだから次に繋がる勝ち方が重要になってくるだろう。


「ん? あー……ヘリも来たわね」


 東雲姉妹とカルラさんのやりとりを見ていた私はミスズの声を聞き、町の方を見た。

 すると、ミスズが言うようにヘリが3機ほど、町に近づいている。


「エルフの遊軍かな? 援護に来たわけだ。これは決まったね」


 総大将である領主の死亡、門の突破、マシンガンを持つ獣人族の奇襲……それに加えて、空からの攻撃。

 敵はこれ以上は戦えないだろう。


「ヨハンナ、ここは任せる。俺は敵に降伏勧告をしてくる」


 ジーク隊長もわかっているらしく、町に向かって歩いていった。


「もう終わったの? あっさりすぎない?」


 ミスズが意外そうに聞いてくる。


「戦争というのは準備の段階でほぼ決まっているんだよ」


 女神教は南部のマイルに目が行って、何も準備をしてなかった。

 幸福教団はずっと準備をしていた。

 その差だろう。


「そうなんだ……詳しいわね」

「うん。漫画にそう書いてあった」

「あっそ……」


 この日、マイルの降伏に続き、キールも陥落した。

 たった、1日で2つの町が幸福教団のものとなったのだ。

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