第099話 大人は嫌だねー


 63歳のジジイは25歳の娼婦にハマったらしい。


「もういいです。お前達の話を聞いていると疲れます」

「それは申し訳ない。幸福の神に言うのならば、これが私の幸福です。妻には先立たれ、日々、仕事が忙しくなる。特にここ1年は飢饉により、人々の訴えも大きくなり、心労が絶えないのです」


 あっそ。

 普段なら優しい言葉をかけてあげるんだけど、このエロジジイはどうでもいいわ。


「で? なんで降りたいんです? アケミ?」

「いえ、アケミは理由ではありません」


 嘘くせ。


「じゃあ、保身?」

「この歳になって、そこまでして生きようとは思いませぬ。たとえ、死しても、妻に会えるとも思えば嬉しいものです」

「死んで怒られろ。浮気ジジイ」


 あ、つい、言葉に出てしまった。


「耳が痛いですな。でも、それでもいいです。妻に怒られていた日々が懐かしい」


 しみじみ言っているけど、常習ってことじゃん。

 こんな旦那は死んでも嫌だわ。


「もういいわ。じゃあ、なんで降るのよ?」


 どうせ、最低な理由でしょ。


「息子がマイルの代官なのです」


 あー……


「死ぬわね」

「そう思います。先程の爆発といい、息子が生き残れるビジョンが見えません」


 私はエロジジイの言葉を聞いて、すぐに目を閉じた。


『勝崎! 勝崎!』

『何っすか?』

『お前は今どこです?』

『南部に向かっていますよ。これからマイルの政庁を爆撃です』


 ほっ……

 まだやっていかなったか……


『爆撃は中止です。お前は南部の森に帰還し、会議室に来なさい』

『えー……俺、何もしてないっすよー』


 怒られると思ってんな。


『そういう意味ではありません。戦況が大きく変わりそうです』

『マジっすか?』

『マジです。とはいえ、良い意味なので安心しなさい。とにかく、爆撃を中止し、すぐに会議室に来るように』

『了解っす』


 私は勝崎に作戦中止を伝えると、目を開けた。


「マイルの爆撃は中止させました」


 私は目を開けると、ドミニクに告げる。


「…………感謝します」


 ドミニクは椅子に座ったまま、深々と頭を下げた。


「とはいえ、お前は本当に私に降れますか? 女神教の大司教ならば、相当、立場は上でしょう?」

「正直なことを言えば、もし、飢饉が起きていなければ降っておりません。息子にも戦って死ねと命じます。ですが、飢饉があったことで考えが変わりました」

「と言うと?」

「アテナ様とヒミコ様は一見、似たような神に見えます。ですが、信者への考え方が明確に違います。アテナ様は力の神ですから力を重視し、信者を数としか見ません。だからこそ、民が苦しんでいても何もしないのです。それは人は減るが、すぐに増えると思っているからです。ですが、ヒミコ様は幸福の神。信者の幸福を願います」


 ふむふむ。

 このエロジジイはわかってんな。

 私は幸福の神。

 信者を幸福にすることが使命であり、私の喜び。


「その通りです」


 うんうん。


「2神の根本にあるものは同じです。アテナ様は信者の数で己の自己欲求を満たす。ヒミコ様は感謝され、依存されることで己の自己欲求を満たす」


 最低じゃん。

 合ってるけど……


「余計なことは言わなくていいです」

「申し訳ございません。昔、巫女様にも言われました」


 あの臆病軍人巫女は本当に苦労したんだろうな……


「でしょうね。お前が私に降ったとして、私がお前に何を期待するかわかりますか?」

「ええ。私にできることならば何でもしましょう。その代わり、人々をお救いください」


 それは言われるまでもない。


「お前は亜人を許容できますか?」

「それは無理です。私は西部の出身でかつての西部戦争にも参加しております。戦友を何人も失い、棺桶に片足をつっこんだジジイには到底、無理な話です。私はやるべきことを行った後は隠居します」


 獣人族との争いか……

 それは無理だろうね。


「やるべきこととは?」

「息子を説得し、マイルを無血開城させましょう。また、ヒミコ様が戦争に勝った後、あのビラが真実だったと人々に訴えかけます。それを終えたら隠居します。殺してもらっても構いません。この歳まで生きれば十分です」


 死ぬつもりなんかないくせに。

 女好きが死ぬ気なわけがない。


「良いでしょう。お前がそれを行うというならば、お前もお前の息子も許します。地位をそのままにしても良い」

「ただただ感謝しかありません。それと、飢えに苦しむ人民をお救いください」

「それはお前に言われるまでもありません。私はそういう神です」


 ちょっとポイントを消費するだけで信者が増えるんだからやらないわけがない。


「ありがとうございます……」


 ドミニクは再び、頭を深く下げた。


「ドミニク、お前の力で中央の連中に降らせることはできませんか?」

「難しいです。中央貴族は権力に固執するでしょうし、南部の状況も把握しておらず、危機意識も薄いです。今までは巫女様が抑えていましたが、巫女様がいなくなれば、次期巫女様を巡って対立するでしょう」


 内部で勝手に潰し合ってくれるわけね。

 ホント、あの臆病軍人巫女には同情するわ。


「中央貴族はそんなに腐っているんですか? ウチにもランベルトがいますけど……」

「ランベルト? ああ、バルシュミーデの若造ですか……あやつは野心家で貴族としても優秀な男ですが、他人をバカにするようなところがありまして、トラブルを起こしたのです。それで西部に左遷となったのです……そうですか…………あやつはすでに幸福教団についたのか。うーん、驚きはありませんな」


 まあ、中央でもああいうヤツだったんだろう。

 わかる、わかる。


「降らないならいいです。中央のことはランベルトに任せましょう」


 ジークの軍がここまで到達したらランベルトが上手くやるだろう。


「あやつは徹底的にやるでしょうな」

「でしょうね。王にしてやるって言ったし、将来、政敵になりそうな者は根こそぎ、刈り取ると思います」

「それでよろしいので?」

「どうせ、重税を課しているのもそいつらでしょ。女神アテナはお金に興味ないだろうし、あの巫女がそれをするとは思えない」


 そもそも私は政治に興味はない。

 ランベルトが人々を不幸にしなければそれで良い。

 

「膿を取り出す良い機会かもしれませんな」

「あんたは膿?」

「私も貴族ですが、中央ではなく、地方貴族の出ですからねー。まあ、膿と言えば膿でしょう。貴族はそんなものです」


 他人事のように言うな……

 ああ、そうか、隠居するからどうでもいいのか。


「まあいいわ。じゃあ、南部に行きましょう。マイルを任せます」

「かしこまりました」

「アケミ、帰るけど準備は?」

「いつでも大丈夫です」


 アケミも問題ないようだ。


「では、戻ります」


 私は私を立たせて、優雅に椅子に座っている2人を見ながら転移を使った。




 ◆◇◆




 アケミとドミニクを連れて、転移を使い、会議室に戻ると、さっきまでは誰もいなかった会議室にミサとリースが座って待っていた。


「あ、帰ってきた…………」

「あ、アケミ姐さんだ…………」

「「……って、誰!?」」


 ミサとリースがドミニクを見て驚く。


「ほっほっほ」


 それ、やめろ。


「ミサ、リース、こいつは女神教の大司教とやらでマイルの代官の父親。あと、アケミの客」


 私はドミニクを2人に簡潔に紹介した。


「へー……」

「………………」


 ミサは普通のリアクションだが、リースはアケミの客という言葉に反応し、軽蔑した目でドミニクを見ている。


「ん? マイルの町の代官の父親?」


 リースは軽蔑をやめ、私に確認してきた。


「らしいよ。息子さんに降るよう言ってくれるってさ」

「なるほど…………それで降ったわけですか」


 リースは納得したように頷く。


「リース様のご想像通りです」


 ドミニクがリースに向かって跪いた。


「ん? あ……大司教……ドミニクか」


 忘れていたみたいだが、リースはドミニクを知っているらしい。

 元巫女だし、大司教クラスなら知っているのか。

 うーん、リースは家族を処刑されているからなー……

 大丈夫かな?


「さようでございます」

「まだ現役だったのね……」

「一応は……」

「ふーん……」


 リースがドミニクをじーっと見る。


「リース、私のお客様を責めないでくれる?」


 アケミがリースとドミニクの間に入る。


「別に責めてないわよ。こいつは関係ないしね。でも、あの大司教ドミニクがねー……」


 リースはドミニクとアケミを交互に見る。


「リースは知らないでしょうけど、世の中には色んなお客さんがいるのよ」

「そんなことは聞きたくないわ……お、お前はそういう仕事をやめるべき…………いえ、何でもないわ」


 リースは何かを言おうとしたが、途中で言葉を止めた。


 リースは昔からアケミには強く出られないのだ。

 自傷行為という概念すら知らなかったリースにとって、アケミの左腕はものすごくショックだったらしい。

 温泉に行き、笑いながら左腕の説明をした時のアケミとそんなアケミを見るリースの顔が忘れられない。

 リースは信じられないようなものを見るような目をし、泣きそうな顔をしていた。


「チース! ただいま戻りました!」


 リースがおどおどしていると、場にそぐわない声が聞こえた。

 作戦から戻ってきた勝崎である。


「おかえり。ご苦労様です」


 私はリース達をひとまず、置いておき、勝崎をねぎらう。


「どもっす…………って、誰!?」


 そのリアクションはミサとリースがやったからいいよ。


「女神教の大司教でマイルの代官の父親らしいわよ。息子を説得して、マイルの城門を開けてくれるってさ」

「マジっすか? あ、それで爆撃中止……」


 勝崎は察したようだ。


「マジ。あんたはこのドミニクを連れて、マイルの前線に向かいなさい。あとはドミニクがやってくれるわ」

「了解です。じゃあ、ドミニクさん、ついて来てくれ。車で送る」

「ほっほっほ。では、お願いしますかな」


 勝崎はドミニクを連れて、部屋を出ていった。


「さて、事態が変わったわね。リース、ジークに伝えなさい…………お前達のタイミングで進軍開始するように、と」

「はっ!」


 私はリースに伝言を頼むと、アケミに2階の部屋に連れていってあげた。

 その後、会議室で連絡を取りつつ、待機していると、マイルが降伏したという連絡が届いた。


 私が女神教に宣戦布告したその日に1つの町が落ちたのだった。

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