第097話 最悪な宣戦布告 ★


 私はいつものように広い謁見の間で玉座に座り、跪く9人の初老の男性を見下ろしていた。


「さて、報告を聞きましょうか……幸福教団がついに動いたそうですね?」


 もう、まどろっこしいのはやめた。

 だって、こいつら、嘘ばっかりつくし。


「は、はい。マイルに進軍しています。ただ、途中で進軍を止め、陣を敷きました。長期戦を狙っている様子です」


 ハァ……もう嫌だ。


「敵の数は?」

「500程度かと」

「では、マイルに駐屯する兵の数は?」

「5000です」


 10倍も差があるわけね。


「5000の兵を擁する町を攻めようとする500の軍が長期戦を狙っているというわけですか?」

「えっと、その様子です……」

「そんなわけないでしょう……策を用いるか、あの兵器で短期戦を狙う以外は考えられません」

「で、ですが…………」

「そもそも長期戦をするならもっと前に攻めてきています。数が劣る者がやるのは奇襲と相場が決まっています」


 問題はどんな方法で来るかだが……


「援軍があるのでは? 南部のいくつかの領主は兵糧不足を理由に参陣を断っています」


 使えない男が下がり、少しは使えそうな男が前に出てきた。


「それは十分にありえます。南部の貴族共は信用できませんからね。しかし、それでも我が軍と戦うには足りません。それに実際に飢饉は起きていますし、あいつらの兵糧不足は本当でしょう」


 幸福教団の狙いは別にあるはず。


「――巫女様! 巫女様!」


 私が考えていると、兵士が声もかけずに謁見の間に入ってきた。


「なんだ!? ここをどこだと思っている!?」

「そうだ! 無礼であろう! 衛兵! こやつを斬れ!」


 役立たずが兵士を斬るように衛兵に命じる。

 衛兵は腰の剣を抜き、兵士に近づいた。


「よしなさい! お前達はバカですか!?」


 私は思わず、叫んでしまった。


「ば、バカとは……いくら巫女様とはいえ、さすがに言葉が過ぎるのでは?」

「うるさい! 役立たず共! もう堪忍袋の緒が切れたわ! 保身ばかりの無能共が!! 私の邪魔をするな!!」


 伝令を斬るバカがどこにいる!?

 礼儀をミスったかもしれないが、それほどまでの急用であることが何故、わからない!?


 …………もういい。

 あとで根も葉もない噂を流され、更迭になるかもしれないが、今はそれどころではない。

 こいつらに任せておいたらこっちがやられる。


「おい! 何をぼさっとしている! さっさと用件を言え!! 時間は有限なのよ!!」


 私は剣を抜いた衛兵にビビっている兵士を怒鳴る。


「は、はい。各地で例の空飛ぶ乗り物が現れ、これをばらまいているようです」


 男は何かの紙を見せてくるが、遠くて見えない。


「持ってきなさい」

「巫女様、なりませんぞ! 気軽に一介の兵を近づけてさせてはなりませぬ」


 役立たずが私に意見をしてきた。


「黙れ! これ以上、私を怒らせるな!!」


 私は役立たずを睨みつける。


「で、ですが……」


 私はまだ何かを言う役立たずを無視し、兵士を見る。


「……お前も死にたいのか? さっさとしろ!」

「は、はい、こちらになります!」


 足を止めていた兵士は慌てて、私の元に来ると、紙を渡してきた。

 私は紙を受け取ると、すぐに読みだす。


【人々に告ぐ 女神アテナは神を名乗り、人々を騙す悪魔である。アテナは人々を自分に従わせるために飢饉を起こし、あなた達を苦しめている。その証拠に飢饉が起きているのに関わらず、救済もせず、あなた達に重い税を課している。これはありえないことだ。だが、アテナはこうやって人々を苦しめ、自分を頼るように仕向けているのだ。あなた達から奪った富は女神教が独占している。私は異世界の神ではあるが、幸福の神である。だからこそ、このような状況は見過ごせない。アテナを討ち、あなた達に富を返す。そして、あなた達の救済することを約束する。私は餓える者を見たくない。不幸な者も見たくない。私は幸福の神として、女神教を討ち、アテナを滅ぼすことにした。あなた達はその行く末をただ見守っていればいい。それだけで、あなた達は救われる。幸福の神ヒミコは常にあなた達と共にある】


 チッ! 稚拙な世論誘導だわ。

 私ならもっと上手く書く。


「各地と言いましたね? どれくらいの量です?」

「道を埋め尽くすほどです。しかも、確認しましたところほぼすべての町にばらまかれています」

「は?」


 クソ! 一体、どれほどの紙を使ったのだ!

 これが文明レベルの差か?

 

 しかし、これでわかったことがある。

 幸福教団は本気で攻めてくる気だ。

 いつぞやの見せかけではない。


 何故なら、この程度の策では戦況には影響しないからである。

 これは戦後の処理のためのものなのだ。

 私達を滅ぼした後にあることないことを言って、信者を奪うためのもの。

 そうやって、アテナ様の信者をゼロにし、アテナ様を消滅させるためのもの…………


 クソ!

 これを阻止する方法はアテナ様に啓示を行ってもらうことだが、それこそがヒミコの狙いだろう。

 アテナ様ではヒミコ相手に口論では絶対に勝てない。


 だって、正直に言って、アテナ様って頭が良くないもん。


 ここは勝つしかない。

 勝てば、それで済む。


「開戦です! マイルを獲らせるという策は止め、全軍を持って敵を蹴散らし…………」


 待て。

 焦るな。

 冷静になれ。


 …………………………。


 チッ!

 これは挑発か…………


「巫女様?」


 役立たずは言葉を止めた私が気になったらしく、首を傾げながら声をかけてきた。


「ふぅ…………もう一度、聞きます。敵の数は?」


 私は一度、息を吹き、役立たずに確認する。


「500程度です」


 少ない。

 これまでまったく攻めてこなかったのは準備のためだろう。

 それなのに500だけ。


 中央でのテロ事件…………

 ハーフリングの討伐失敗…………

 攻めてきたと思ったら攻めてこない…………


「なるほど。すでに西の獣人族も東のハーフリングも傘下に入れたわけか…………」


 となると、敵の狙いは……


「西か…………各地の軍を西のキールに向かわせなさい」


 私は考えをまとめ終え、指示を出す。


「え? 西ですか?」

「そうです。マイルは誘導にすぎません。敵の狙いはマイルに軍を引きつけ、ガラ空きとなったここを獲る気です」


 バカなこいつらやアテナ様を騙せても私は騙されない。

 私は元々、軍学校の主席なのだ。


「――――ふふふ、ふふふふふ」


 私が勝利を確信していると、不気味な声が私の耳に響いた。


「今、笑ったのは誰です!?」


 私は目の前の役立たず共を見るが、誰も笑っていなかった。

 いや、それ以前にさっきの笑い声は女性のものだった。

 ここにいる女は私だけだ。


「なーんだ、少しは頭が回る者もいるんですねー。初めて会った時は震えるばかりだったのに」


 聞いたことがある声が後ろから聞こえてきた。

 そして、私の喉元を誰かが撫でた。


 私はそーっと、首を動かし、後ろを見る。

 そこには真っ赤な服を着た悪魔が立って、椅子に座る私を見下ろしていた。


「ひっ、ヒミコ…!」


 そこにいたのは不気味に笑う敵の親玉だった。


「ヒミコか!」

「おのれ!」

「衛兵! 討ち取れ!」


 役立たずのバカどもがアホな命令をする。


「やめなさい!!」


 私が怒鳴ったため、こちらに向かってこようとしていた衛兵が足を止めた。


 こいつらは本当にバカか!?

 今、ヒミコの手が私の首にかかっているんだぞ!

 いつ殺されてもおかしくない状況なんだぞ!


 この戦争が終わったらこいつらみーんな死刑にしてやる!


「何の用ですか? ここは神聖なる女神教の中央神殿。お前のような邪神が来ていい所ではありません」


 だから帰って!

 すぐに帰って!


「いや、挨拶をと思いましてね」

「挨拶? こんにちは。はい、さようなら」


 さっさと、迷いの森に帰れや!


「まあまあ。お前は思ったより、優秀ですね」


 当たり前だ。

 私より優秀な人間はいない。


「ふん。心にもないことを」

「実はお前が言うように南部は陽動です。本命は西部からの奇襲ですね」


 ほら、見ろ。

 私が合ってた!

 合ってた…………合って、た。


 私の脳裏にはある考えが浮かんでしまっていた。

 それは最悪な予想である。


「獣人族を降したか……」

「エルフも獣人族もハーフリングも簡単に降りましたよ。お前達はやりすぎです。適当に搾取すればいいのに」

「それは同感だ。だが、アテナ様がそれをしようとしない。人民なんか、適当に飴を与え、家畜にすればそれで十分なのに」


 そもそも神がアテナ様しかいないんだからそれで満足するべきなのだ。

 亜人なんか無視すればいい。

 どうせ、引きこもっているだけだし、その辺の虫と一緒だ。


「お前はとても苦労してそうですね?」

「苦労しかない…………バカばっかりだ」

「かわいそうに」

「そう思うなら元居た世界に帰ってくれ」


 お前が一番の頭痛の種だよ……


「ふふふ。無理です。こーんな美味しい狩場を放っておくわけないでしょう?」


 だろうな。

 私から見ても隙だらけの世界だ。


「宣戦布告か?」


 私はこの先の展開が予想できていた。


「ええ、そうです。お前達には消えてもらいます」


 やっぱりか……

 策を見破っても、それを下に伝えることはできない。


 何故なら、私はここで殺されるから……


 しかも、私が死ねば、あとはバカと保身しか考えない愚か者だけが残る。

 数では有利でも、まとまりに欠けた女神教では強力な兵器を持つ幸福教団には…………勝てない。


「おのれ…………もっと早く、こいつらを見限っていればよかった……」


 そうすれば、違う結果になっていたと思う。


「さっさと独裁者になればよかったのに」

「私は軍人なんだ…………政治家は嫌いだ」

「あらあら」


 クソ!


「この私がこんな屈辱を味わうとは…………」

「降ります? お前なら他でも活躍できるでしょう」

「言っただろう? 私は軍人だ」


 降伏などありえん。


「そうですか…………そんなに震えているのに? 涙を浮かべているのに?」

「黙れ!」

 

 クソが!

 私は軍学校の主席だったんだぞ!

 …………それでも軍に入ることができなかった憐れな主席だけど。


「ふふふ。では、正式に宣言しましょう。幸福教団はお前達に宣戦布告します。私に逆らう愚か者どもは死ね。神は私だけでいい」

「カルトめ!! 呪ってやる!」

「あらあら、怖いですねー…………では、挨拶を返しましょうか。ふふふ。さようなら」


 ヒミコはそう言い残して、消えていった。


 私は裾で涙をぬぐうと、椅子から立ち上がり、歩いてテラスに向かう。


「み、巫女様……?」


 役立たずが私に声をかけるが、無視し、テラスの窓を開け、外に出た。

 すると、上空から風を切り裂くような音が聞こえてきた。


 私はテラスにある手すりに手を置き、雲一つない空を見る。

 空にはものすごいスピードで飛ぶ巨大な鉄の鳥がいた。


「ハァ…………少しは文明レベルくらい上げとけや! バカ女神!!」


 私は鉄の鳥を見上げながら叫んだ。


 そして、空を飛ぶ鉄の鳥が旋回すると、何かが放たれる。

 その何かはまっすぐこの神殿に向かってきていた。


「仕える主を間違えたか……クソが! アテナもヒミコも死ね! 神なんか死んでしまえー!!」


 私の絶叫は爆発と建物が崩れる音でかき消された。

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