第092話 酒は飲んでも飲まれるな


 何とかナツカを起こすと、ミサとノゾミが2階から下りてきたため、会議室で晩ご飯を食べることにした。


 私達はテーブルをくっつけ、小学校の給食の時間のようなスタイルでご飯を食べだす。


「あー……この魚と醤油の味が懐かしい……」


 ノゾミはしみじみと煮魚定食を食べている。


「地味なもんを選んだわねー。それでいいの?」


 皆がパスタとかオムライスを頼んできた中でノゾミはまさかの煮魚定食を頼んだ。

 正直、意外だった。


「ずっと固いパンとかでしたからね。日本食が食べたかったんです。ましてや、中央は海がないんで魚は食べられません」


 前にミサが1年ぶりに私と会った時もおにぎり頼んでいたし、ソウルフードを食べたくなるのかもしれない。


「ふーん」

「ところで、そいつ、誰?」

「あ、あたしも聞きたかった!」


 仲良くオムライスを食べている東雲姉妹がノゾミをスプーンで差す。


「あんたら、寝てたもんね。私やミサと同じクラスの月城さん。会議中、ずっとあんたらの隣に座ってたわよ」


 私はそういえば、ナツカとフユミに紹介していないことに気付き、ノゾミを2人に紹介する。


「ふーん、2年かー」

「おい、後輩、先輩を敬えよ!」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ノゾミは多分、会議中、ずっと寝てたヤツの何を敬えばいいんだろうって思ってるな。


「よし! 私の子分にしてやろう!」

「メガネに続いて2人目!」


 こいつらは何を言ってんだ?


「え? 私って子分だったんですか? えー……」


 ミサがものすごく心外って顔をする。


「ロクに働き口のないお前に金を恵んだだろ!」


 ランベルトのお金でしょ。


「飯を作ってやっただろ!」


 作ったのはカルラでしょ。


「私は幸福教団のナンバー2である巫女ですので!」

「3、3……」


 ミサがきっぱり断ると、自他共に認めるナンバー2のリースがボソッとつぶやく。


「……………………」

「……………………」


 リースのつぶやきを聞いたミサがリースを睨むと、リースも睨み返した。


「仲良くしなさいっての……」


 そもそもナンバー2なんて、どうでもいいでしょ。

 ミサなんか、何もしてないし。


「…………争いのない平和な世界」


 ノゾミは本当に痛いところをつくなー……


 私は睨み合いながら同じカルボナーラを食べているミサとリースを見て、絶対に仲良いだろと思いながら自分の月見そばをすすった。


 ご飯を食べ終えると、ナツカとフユミはミサとノゾミを連れて、ナツカの部屋に行ってしまった。

 どうやら4人でトランプをするらしい。


 リースは自室に引っ込み、作戦を練るらしいので、私はお風呂に入り、自室で休むことにした。

 私が寝巻である浴衣に着替え、ソファーで寝ころびながらミサの夢小説を読んでいると、部屋をノックする音が聞こえたので、起き上がり、夢小説を消した。


「はーい?」

「私です。月城です」


 どうやら、ノゾミのようだ。


「どうぞ」


 私が入室の許可を出すと、髪がちょっと濡れた体操服姿のノゾミが部屋に入ってきた。


「夜分遅くにごめんなさい」

「いやいや、別にいいよ。まあ、入りな」


 私は座っているソファーの隣をポンポンと叩く。


「お邪魔します」


 ノゾミは一度頭を下げ、歩いて私が座っているソファーまで来ると、隣に座った。


「何か用? あ、家具とか出さないとか!」


 ノゾミの部屋には何もない。

 せめて、今日中には布団を出さないといけない。


「あ、それもですね。すみませんが、お願いします。部屋に来たのは少し、話がしたかったからです」


 話?

 まあ、今まではお告げでの業務連絡が主だったしね。


「なーに? 言いにくい話? お酒でも出そうか?」

「お酒? 私、甘いのしか飲めませんよ?」


 飲むんかい……

 陽キャめ……


 私はスキルで甘い酎ハイを2つ出し、1つをノゾミに渡した。

 私達は缶のプルタブを開けると、乾杯をし、飲みだす。


「そういえば、トランプは? 終わった?」

「はい。フユミ先輩が飽きたって言ったらナツカ先輩がエロギツネのところに突撃するって言いだして、嫌がる神谷を連れて、出ていきました」


 キャバクラに行くメイドか……


「あんたは?」

「ヒミコ様に話があるって言いましたんで」


 なるほどね。


「ふーん。それで話って?」

「はい。あの、ありがとうございました。降伏を認めてくださいましたし、このような待遇で迎えてもらって感謝してます」

「まあ、あんたは特別。スキルも有用だし、随分と貢献してくれたわ」


 一番邪魔な学校関係者を崩壊させた功績は大きい。


 ノゾミは缶を握りしめたまま、じーっと前にあるローテーブルを見ていると、缶を口につけ、ごくごくと一気飲みした。


「わーお」

「ハァハァ……私は間違えていませんよね?」


 ノゾミは缶をローテーブルに置くと、不安そうな顔で私を見てくる。


「間違えてないわよ。あんたは正しい。他人よりはまずは自分。自分のことができないのに他人を気にかける必要はないわ。そういう人間は必ず、不幸になる」


 生徒会長のことね。


「会長は死んだんですよね?」

「そうね。最後は拳銃で自分の頭を撃ち抜いたわ。あんたはああなってはダメ。はっきり言うけど、あんたと生徒会長は同じタイプの人間よ。あんたは絶対に誰かを頼りなさい」


 生徒会長とノゾミに共通しているのは意地っ張りなくせに心が弱いこと。

 ノゾミは早々に生徒会長や結城君を頼っていたため、2人を見限ると、あっさりと私に降ることができた。

 だが、生徒会長は他の人から頼られていたため、私に降ることができなかった。


「…………頼っていいんですよね?」

「いくらでも頼りなさい。私は幸福教団の教祖にして、幸福の神です。お前はこの先、彼氏ができると思います。結婚もするでしょう。そうすれば、私よりもそちらを重視するかもしれません。それはとても良いことです。でも、忘れてはいけません。私は常にお前とある。彼氏や旦那とケンカをすることもあります。別れを選ぶこともあります。ですが、私はお前を捨てません。それを忘れないように」


 私はお前の親。

 親は子を見捨てない。

 子である限り。


「はい……」

「さあ、飲みさない」


 私はおかわりのお酒を渡す。


「いただきます。会議の前、勝崎さんに案内された時にアイカに会いました」

「どうだった?」

「まだ、お腹は膨らんでいませんでしたけど、アイカは母親になるんだなーと思いました」

「良いことね」


 なお、旦那のアキト君は浮かれてる。


「私も母親になれますかね?」

「なれるよ。あんたは良い母親になれる。まあ、先に旦那というか、彼氏ね」


 というか、高校生だしね。


「彼氏かー……当分、いいや」

「でしょうね」


 失恋と呼んでいいのかはわからないが、すぐには切り替えられないだろう。


「今、どれくらいの人が降っているんです?」

「えーっと、岸さん、アキト君、篠田さん達、ヨモギ……あとは篠田さん達が勧誘した子かな? まだ到着はしてないけど」

「へー。あの4人って、行動力があるんですね。意外です」


 ノゾミは当然、篠田さん達と同じクラスであり、あの4人を知っている。

 だからそう思うのだろう。


「色々あったからねー。外で苦労し、私に泣かされ、岸さんとアキト君のイチャラブを見せつけられ……」

「イチャラブかー。確かにちょっとうざいって思ったわー。あはは」


 ノゾミも思ったか……


「だよねー」

「ってか、泣かされって何です?」

「ちょっと脅しただけ」

「こわ」


 まあ、実際、殺すつもりだったし。


「成長したもんだわ」

「3ヶ月後に開戦って言ってましたけど、そこで勧誘も打ち切りってことです?」

「一応、最後に慈悲は与えるつもり。それでもダメならさようなら」


 勧誘の旅と言っても、すべての生徒達を訪ねることはできない。

 だから最後に慈悲を与える。

 私は本当に心が広いし、優しいね。


「勧誘かー。私も手伝いに行きたいけど無理かな……仕事あるし、どの口が言うんだって話だもん」

「あんた、陽キャグループだもんね」


 帰還するために頑張ろうって言っていた中心人物の1人が幸福教団の勧誘を始めたら笑うわ。


「陽キャグループ…………いや、もうなくなったからいいか」


 ノゾミは地味に陽キャグループの名前を嫌がっている。

 陽キャなんだからいいじゃんか。


「ほら、陽キャ、飲め。今日は限界まで飲め」


 私はお酒のおかわりを渡す。


「どうも。でも、ヒミコ様は飲んでないですね?」

「うーん、私、酒癖があんま良くないっぽいんだよねー」


 あんま覚えてないけど。


「別にいいじゃないですか。飲みましょう、飲みましょう。ここは異世界です。法律なんてポイです」


 村上ちゃんにケンカを売る発言だなー。

 まあ、でも、付き合うか。

 今日はノゾミを1人にしない方がいい。


「じゃあ、飲むか」


 私は一口飲んで、ずっと口をつけていなかった缶酎ハイを飲みだす。


 その後、2人で話しながらお酒を飲んでいると、ノックの音が部屋に響いた。


「ん? リースかな? なーに?」

「ヒミコ様、私です。ヨハンナです」


 ヨハンナ?

 エロギツネがこんな時間に何の用だろう?

 仕事があるでしょうに。


「入りなさい」


 私が入室の許可を出すと、扉が開いた。

 そこにはミサを担いだヨハンナと共に東雲姉妹を担いだキツネ族の子が2人いた。


「…………そいつら、どうしたの?」

「私の店に来て、一口飲んで潰れましたので連れてきました」


 飲めないくせに飲んだのか……

 何してんねん……


「そいつらの部屋に投げといて」

「はーい」


 ヨハンナ達は扉を閉じた。


「ホント……あいつらは」


 頭が痛いわ。


「大変ですねー」

「あいつら、バカだもん」

「バカと言うより、素直ですね。ババ抜きやってましたけど、めっちゃ弱かったです。だって、神谷も含めて、3人共、目でババの位置を教えてくれるんですもん」


 ノゾミが勝ちまくったんだろうなー。

 だからフユミが飽きたんだ。


 私は呆れながらもお酒をグイっと飲む。

 もう4杯目だ。

 でも、普通である。

 やっぱり私の酒癖が悪いっていうのはエルナの嘘な気がする。


「おやおやー? 私がお店で働いている時にこんなところで2人飲みですかー?」


 ヨハンナがノックもなしに部屋に入ってきた。


「ミサ達は?」

「ベッドに放り投げときました」


 ヨハンナは私の問いに答えると、部屋に入ってきて、私の隣に座ろうとする。


「もうちょっと詰めてください。私の尻尾が収まりません」


 ヨハンナはグイグイと私を押してきた。


「いや、何を座ろうとしてんの? 仕事に戻りなさいよ」

「いいじゃないですか。それに客は皆、職場体験の新人エルフに夢中です。男は嫌ですねー」


 その男から金をむしり取ってるのはあんたじゃん。


「何を飲んでいるんですかー?」


 私の隣に座ったヨハンナが上目遣いで聞いてきた。

 しかも、チラッと胸の谷間を見せつけている。


「エロギツネねー。酎ハイよ。甘いやつ」

「ヒミコ様ー、ヨハンナも欲しいなー」

「わかったからしな垂れかかってくるな。押しつけるな」


 そんなもんをどこで習うんだよ。


「むっ! お客さん、私よりある?」


 ヨハンナがじーっと私の胸を見てくる。


「ないから。いいから飲みなさい」

「はーい。ところでヒミコ様、バイトしません?」

「しない。私、神よ?」


 キャバクラで働く神って何だ?


「えー、でも、たまにエルナ様が遊びに来ますよー」


 あいつ、何してんのよ……

 ロリのくせに。


「あとで叱っておこ。で、何しに来たの?」

「ヒミコ様が全然、私に店に来ないから出張です…………もしかして、お邪魔でした? いい感じでした?」


 ヨハンナが私とノゾミを見比べる。


「なんでよ? 両方、女じゃん」

「でも、エルナ様をお持ち帰りしたんですよね? キスしたんですよね?」


 あのガキ……


「一緒に寝ただけよ。それにキスくらいどうでもいいでしょ」

「そうですかね? キスですよ?」


 ヨハンナが唇に人差し指を当てて、首を傾げたので、右手でヨハンナの手を取り、左手で頭を抑えると、腰を上げ、口づけをした。


「んー!!」


 ヨハンナが暴れだす。


「女同士はノーカンなのよ」


 ヨハンナを放すと、ヨハンナはソファーの背もたれにぐったりとする。


「あー、酒癖が悪いってそういう……」


 ノゾミの声が聞こえたので振り向く。


「さてと、帰るかな」


 私はノゾミが腰を上げようとしたので腕を掴んだ。


「あんたの部屋には何もないわよ。今日はここに泊まるの。朝まで飲むの」

「えー…………ぐむっ」


 文句を言うヤツは黙らせる!


「さあ、飲もう! おい、エロギツネ! いつまで呆けてんだ! 私の酒が飲めないの!?」

「は、はーい」


 ヨハンナは姿勢を正し、お酒を飲みだす。

 次にノゾミをチラッと見ると、ノゾミも慌てて飲みだした。


「よーし! ガールズトーク! 初恋の相手は誰? はい、ノゾミ!」

「えー……」


 夜はまだ始まったばかりだ。

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