第093話 魔の手はそこまで来ている ★
目の前にいる後輩4人はまっすぐ私の目を見ている。
一点の曇りもない。
「ごめん、もう1回、言ってくれるかな?」
私はこめかみに手を当てながら言う。
「幸福教団に降りましょう。今ならヒミコ様も許してくださいます!」
「幸福になれますよ」
「美味しいご飯も食べられます」
「日本にも帰れます」
吹奏楽部の後輩4人はどうかしちゃったらしい。
「君達、マジで言ってる?」
「「「「はい!」」」」
私の今の気分は久しぶりに会った知り合いにマルチを誘われているかのようだ。
一体、どうしたんだろう?
この子達は大人しかったし、そんなに自己主張するタイプでもなかった。
それが今や宗教にのめり込んだかのようだ。
いや、合ってるのか……
「ひとまず、君達が幸福教に入信したのはわかった。私はそれについて、どうこう言う気はないよ。でも、私を誘わないでくれるかな?」
かわいい後輩ではあるが、さすがに関わりたくない。
「宮部先輩、今がチャンスなんですよ!」
「そうです! 入信は今しかできません」
限定販売か何かだろうか?
「いや、別にいいし」
その言い方で悩むと思ったのかな?
「死にたいんですか!?」
「死んじゃいますよ!」
え? 脅されてる?
ハムスターみたいな子達なのに……
「ケンカ売ってる? 買おうか?」
私は4人を睨む。
「あ、すみません。言い方を間違えました」
「えっと、幸福教団は先輩達を殺すつもりなので、降伏しましょう」
幸福と降伏が被っているし、いまいち要領を得ないなー……
「つまり、幸福教団は私達を殺すつもりだけど、入信するなら見逃してくれるってこと?」
「です!」
「さすが宮部先輩! 全国模試18位!」
やっぱりかわいい子達だね。
16位だけどね!
うーん、しかし、入信かー。
嫌だなー。
この子達を見て、入りたいとは思えない。
だけど、入らないと殺される……らしい。
本当か?
入信しないだけで殺すってやばすぎるでしょ。
情報を仕入れるためにも探りを入れるか……
「ありがとう。なんで私らって殺されるの?」
「えーっと、スキルが危険だからだと思います。ヒミコ様が言うには不穏分子はいらないそうです」
なるほど。
これは私がどんなに敵意がないことを訴えても意味ないわ。
疑いを信じるよりも殺してしまう方が確実だもん。
うーん……入信するなら許すという言葉……
信者は神の力になる……
なるほど……
ヒミコは誰が信者かを把握できる能力を持ってるな。
「生活はどう?」
「快適です! 宮部先輩も美味しいご飯を食べましょう!」
物も出せるな。
マシンガン、ヘリ、戦車、食べ物……
この子達を見る限り、シャンプー、ボディソープ……
日本の物を出す能力?
もしくは、知っている物を出す能力か……
「ちなみにだけど、南部にいるんだっけ? どのくらいの規模なの?」
この質問はさすがにあからさますぎたかな?
「何人かな?」
「えーっと、幸福教団の幹部が10人くらい? あとはエルフの人と獣人族とハーフリングだっけ?」
「人族の避難民もじゃない?」
「4、5000人はいるのかなー?」
素直な子達だわ。
情報をペラペラとしゃべってくれる。
たかが部活の先輩をえらく信頼しているもんね……
しかし、4000は思ったよりもずっと多い。
エルフは聞いていたが、獣人族、ハーフリングも幸福教団についたわけか……
「女神教と戦うの?」
「そうですね。時間をかける気はないって言ってましたし、この世界は踏み台でレベル上げの場だそうです」
ヒミコの狙いはあっちの世界の統一か……
マジで世界を統一し、絶対的な神として君臨するつもりなわけだ。
この世界は信者を増やし、自分の神としての力を強くする場所にすぎないのだろう。
だから幸福教団はヘリや戦車を所持しているのに、これまで大きな争いが起こしていないんだ。
やるなら短期決戦で中枢を一気に攻め、確実に息の根を断つ。
頭を失えば、女神教は総崩れ……あとはプロパガンダしつつ、掃討戦に移行。
ついでに私達を始末か……
うん、逃げるか。
「ちょっと時間をもらってもいい?」
私は長考を終え、顔を上げると、後輩4人に聞く。
「あ、そうですよね」
「どうぞ、どうぞ」
この子達は私を微塵も疑っていない。
ごめんね。
私は席を立つと、店を出ていき、泊まっている宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻ると、借りている部屋に入る。
すると、部屋の中には昔からの友人である大村ミスズが後輩の子と何かを話しているのが見えた。
「ただいま」
「おかえり、トウコ…………もう行っていいよ」
ミスズが後輩の子に手を振ると、後輩の子はミスズと私に頭を下げ、部屋を出ていった。
「何かあったの?」
私は後輩が出ていった扉を横目で見ながら聞く。
「ちょっとね。残念ながら悪い知らせね」
まあ、朗報は来ない。
来たことがない。
「そっか」
「あなたは? 1人で出かけるなんて珍しいよね?」
「うーん、君と一緒で後輩に会ってた」
「珍しい……誰? 私が知っている子?」
ミスズは生徒会副会長で部活はやっていない。
当然、吹奏楽部の子達は知らないだろう。
「どうだかね……」
「なるほどねー……相変わらず、仏頂面のくせに後輩想いだこと」
ミスズは何かを悟ったらしい。
「まあ、そこはいいじゃないか。私の情報は朗報かもしれない。場合によっては悲報だけどね」
ほぼ悲報な気もする。
「そう……じゃあ、情報交換といきましょうか。まずは悲報確実な私から」
「どうぞ」
私はベッドに腰かけると、ミスズに話すように促す。
「中央から情報。神殿に残っていた人達が殺し合いを始めたわ」
「何をしてんだか……」
不良をまとめあげていた間島か?
「ホントよね。でも、状況が怪しすぎ」
「何があった?」
「まず、会長のグループのトップ連中が行方不明」
「生徒会長? 西園寺?」
私の脳裏には全国模試12位の完璧主義者が浮かぶ。
「そう。あと、結城君だっけ? それに安元君に月城さんに風見さん」
「ふーん、そいつらが行方不明なの?」
「うん。ドラゴン退治に行ったんだってさ」
RPGゲームかな?
「楽しそうだね」
「そうかしら? それよりもドラゴンは討伐されたのに帰ってこないらしい」
「死んだんじゃね?」
「それがねー。5人の内、月城さんは神殿に残ったらしいの。その月城さんも行方不明」
男と逃避行……ないか。
「死体は?」
「あがってない」
誘拐か自主的に動いたか……
判断ができないな。
「私の勘はその月城が怪しいと言っている」
「その心は?」
「勘って言ってるのに…………まあ、1人で残っているのが怪しい。普通はついていく」
「月城さんは戦闘要員ではないらしいわよ?」
「なおさら怪しい。戦闘要員ではない者が1人で残るわけがない」
それこそ間島達がいるのに危険だ。
「なるほどね。じゃあ、ここで追加情報を1つ。ドラゴン退治にはあの氷室もついていったらしい。もちろん、氷室も行方不明」
「幸福教団か……」
内部工作で決定。
月城は騙されたか裏切ったかだな。
いや、死体があがっていないなら裏切りかな?
「殺し合いって言ってたけど、状況は?」
「まず、間島達が会長や結城君のグループを攻めた。その後、先生達や女神教の兵士も巻き込んで泥沼。これはそこから逃げてきた子の情報。はい、これ」
ミスズは私に何かのチラシを渡してくる。
「ふーん、幸福教団だねー。CMで見たことがあるよ」
そのチラシは幸福教団の勧誘のチラシだ。
「それが一部分の人達の部屋に置いてあったんだってさ」
一部分……
「絶対に間島の部屋にはないだろうね」
「私もそう思う。幸福教団に降りそうな人を選んでる」
「月城はクロ。決定」
「同感」
このチラシを部屋に置いたのは月城だ。
他にいない。
「しかし、同士討ちを狙うとはねー……絶対的な力を持っているくせに陰湿的だわ」
ヘリや戦車を持っているくせに策を好んでいる。
「そうね。どうする? 多分、もっと逃げてくる子達が増えてくるわよ?」
私達は女子同士で固まっている。
この世界を生きるためには群れるしかなかったからだ。
だが、人数が20人を超え、まとまりがきつくなっているのも事実である。
そこに逃げてきた生徒か……
「見捨てて逃げるに1票。ってか、男子も来るでしょ」
「そう思う。だから悲報。間違いなく、私達のグループは崩壊する」
残念ながら私もミスズも大人数をまとめ上げる求心力も統率力もない。
それこそ生徒会長の西園寺ならできるだろうが……
「事態が急速に動いているな……」
さっきの篠田達といい、中央の状況といい、何かが動く気配がする。
まあ、何かっていうか、幸福教団が軍事行動を起こすしかないけどね。
「あなたは? 朗報か悲報か聞かせて」
「期待を持たせていたらごめん。ほぼ悲報」
「ハァ……でしょうね」
ミスズがため息をつきながら苦笑した。
「実はさっき会ってたのは吹奏楽部の後輩なんだ」
「そういえば、あなたは吹奏楽部だったわね。ゲームとアニメしか見ないオタクのくせに」
「本当は軽音部に入りたかったけど、ウチの高校にはなかったんだよ」
作ろうかとも思ったが、私には誘えるような友人は1人しかいなかった。
もちろん、目の前にいるミスズだが、生徒会に入っちゃったので断念した。
「全然、違わない? まあ、いいわ。で? その後輩が何て?」
「いやー、幸福教団に勧誘されちゃったよー。あはは」
私は冗談っぽく言って、頭をかく。
「本気で言ってる? いや、本気よね……」
「わかる?」
「長い付き合いだもの……」
嬉しいけど、なんかごめん。
「後輩4人だけど、あれは本気だね。焦りすら見えたし、目がマジだった」
「ふーん、まあ、誰かは幸福教団に命乞いをするとは思ってたし、不思議ではないわよね」
月城もそうかもしれない。
もしかしたら他にもいるのかもしれない。
「で、まあ、要約するとね、今、入信するなら命を助けてくれるっぽい。逆に言うと、断ったら正式に敵認定されて殺しに来る」
「カルトのテロリストだし、まあそうでしょうねとしか思えないわ。むしろ、慈悲をくれてありがとう」
嫌味っぽいなー。
「一応、考えさせてくれって言って、別れたけど、あの様子では明日も来るかも」
「あなたの考えは?」
「逃げ一択。幸福教団なんか信用できない。だからと言って、戦う気もない。どっかの田舎でさー、皆で細々と生きようよ」
日本にいた時は一人でゲームやアニメ、それに勉強ばっかりしていたけど、異世界の生活も悪くない。
大変だけど、皆で協力して何かをするのは楽しい。
「まあ、それしかないわよね。逃げ場所を決めて、さっさとこの町から退散しましょうか」
「それがいい。はっきり言うけど、あの4人だけで南部からここまで来たとは思えない。多分、護衛か見張りかはわからないけど、幸福教団の戦闘員がついている。今日のうちに夜逃げしよう」
「なるほど。確かにそうね。そうと決まったらさっさと隠れ家に戻りましょうか」
この宿屋は男子などの敵からの目を欺くために借りているだけだ。
本当の寝床は別にある。
女子が20人もまとまって寝泊まりするには家を借りるしかないが、危険なのだ。
私とミスズはマントを被ると、部屋を出て、裏口からこっそり宿屋を出た。
ここのおかみさんとは懇意にしているし、事情を説明したら裏口を使っていいと言われたのだ。
私達は追手がいないことを確認すると、急いで借りている自宅に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます