第090話 人事って誰だっけ?
私はノゾミに岸さんとアキト君がこの地にいることと結婚して妊娠していることを伝えた。
「子供の名前は親が決めるべきだと思いますけど、すごいですねー。まだ17、8歳ですよね?」
さり気に私に名前を決めるなと言っているノゾミ。
「岸さん、アキト君夫婦は諦めます……そうだ! お前の子は私がつけてあげましょうか?」
「子供の名前は親が決めるべきだと思いますけど、アイカに会ったら何て言おうかな?」
あれ?
遠回しに嫌がってる?
ってか、無視?
「おめでとうでいいんじゃないです?」
「それもそうですね。しかし、同級生がママかー。他にもいるんですかね?」
「今、篠田さん達が勧誘の旅に出てるんですけど、女子でそういうのは聞きませんね」
篠田さん達は頑張っているようで何人かの女子を勧誘した。
断られたり、渋られることも多いみたいだけど、良くやっている。
「女子で? 男子は?」
「篠田さん達的には男子に声をかけるのは危険ですし、ハードルが高いそうです。それでも信用できる男子に何人か声をかけたらしいんですけど、結婚というか、現地の女性と町や農村で一緒に暮らしている人達がいたそうです」
そいつらは見逃してやることにした。
反旗は翻さないだろうし、放っておけば、世の中が変わり、勝手に幸福教に入るからだ。
「へー。その男子たちは日本に帰る気はないってことです?」
「そうみたいですね。篠田さんが誘ったらしいんですけど、親より嫁だそうです」
強力なスキルを持つ男子は稼ぎもいいし、モテるみたいだ。
まあ、そういう選択もありと言えばあり。
勝手にすればいい。
「神殿の外に出た人は色々と進んでいるんですね」
「まあ、もちろん、辛いこともあったのでしょうが、良いこともあったんでしょう」
いくら、強力なスキルがあろうと、現代日本人がこんな文明レベルの世界で生きていくのは大変だ。
「なるほど……」
「それでノゾミにその他グループのことを聞きたいのです」
私は本題に入ることにした。
「あ、そうでした。まず、ヒミコ様の指示通りにその他グループに所属する人達の部屋にこっそりチラシを置いておきました」
「チラシ? 何ですか、それ?」
リースが首を傾げながら聞いてくる。
月城さんへ指示したことは誰にも話していないのだ。
「その他グループを勧誘しようにも数が多いし、下手すると、ノゾミが危険でしょう? だからこのチラシをこっそり配るように言ったんです」
私はそう言って、リースにチラシを渡す。
「あー……ウチの勧誘用のチラシですかー」
まだ日本にいた時、信者を増やすために作った家のポストに入れておく用のチラシだ。
内容は主に幸福教のすばらしさを謳っている。
なお、あんまり効果はなかったが、知名度アップには繋がった。
ウチの教団はCMも流しているし、色んなところのスポンサーにもなっている。
最近はSNSも始めた。
これらはすべては知名度アップのためである。
新興宗教で大事なのは知名度とクリーンさだ。
まずはその辺をアピールするところから始めないといけない。
「あいつらだって、そのチラシの意図はわかるでしょ」
女神教の中枢である神殿に幸福教のチラシがあるわけがない。
誰かが理由があって置いたのだと気付くだろう。
そして、不良グループが動き、学校関係者同士の争いが起きれば、チラシが置かれた意図を察する。
あとは勝手に南部にやって来るだろうね。
「わかるとは思いますが、降りますかねー?」
「さあ? 来なければそれでいいわよ。ノゾミの情報ではウチに降ることを考えている生徒もいるって話だし、そういう子が来てくれればいいわ。別に期待はしていない」
ダメなら女神教ごと消えてもらうだけだ。
生徒をまとめられそうな生徒会長はいないしね。
「月城さん、実際、どんな感じなんです?」
リースがノゾミに聞く。
「その他グループは不良グループに相当、ちょっかいをかけられているみたいですし、そういうのを止めていた私達の……よ、陽キャグループがいなくなればマズいと気付くと思います」
「ちょっかい? カツアゲ的な?」
「まあ、それもですし、イジメや暴力的なものもです」
私はノゾミの言葉を聞いて、チラッと氷室を見た。
氷室と目が合うと、氷室はニヤッと笑う。
こいつが煽ったのね……
「教師は何をしているんですかね……」
氷室に気付いていないリースが呆れる。
「えーっと、先生達は……女子は助けるみたいですね。助けるっていうのかはわかりませんけど…………」
ノゾミが言いにくそうに答えた。
助ける(見返り要求)かな?
「…………クソが」
リースの顔がブラックリースに変わる。
「氷室の報告通りねー。クズよ、クズ。不良グループと共に滅べばいいわ」
「戦闘機かヘリで爆撃しましょうよ」
「まだ私に降るかもしれないその他グループがいるっての」
そういうのはトドメにやるもんだ。
「日本は治安もいいし、人々も大人しくて民度が高いって思ってたんですけどねー」
リースはこっちの世界で長く生きていたからそう思うのだろう。
「別に根本的な部分はどこの世界だろうと変わんないわよ。ましてや、生徒達は子供だし、先生達だって、この状況になれば生徒達より自分を取るでしょ。驚くことでもないわ」
衣食足りて礼節を知る。
日本という豊かな国で生活が送れていたから余裕があったのだ。
文明レベルの低い異世界に来たらはっちゃけもするし、欲望に忠実になるだろう。
「なるほど」
「そんなもんですか……」
ノゾミとリースが納得する。
「人間はそんなもん。でも、だからと言って隣人を傷つけてはダメ。私達は家族であり、仲間なの。だから親である私はお前達の生活を豊かにするし、悩みや苦しみを取り除く。あんたらも子供同士で傷つけ合って、私を悲しませないで」
もちろん、幸福教団以外は家族でもないし、仲間でもない。
「わかりました!」
新参のノゾミが大きく頷く。
「当然です」
「もちろん、わかっていますとも、はい」
「……………………」
勝崎は普通に答えたが、リースは目を逸らしながら頷き、氷室に至っては明後日の方を向き、返事をしなかった。
「あんたら…………」
私は呆れながらリースと氷室を見る。
こいつら、本当にお互いを嫌っているな……
まあ、絶対に合わない2人だとは思うけど。
「ひー様、俺の生活を豊かにしてほしいです。悩みや苦しみを取り除いてほしいです」
氷室がヘラヘラ笑いながら言ってきた。
「何か不満が?」
どうせタバコでしょ。
「タバコ」
ほらね。
「あんなもんを吸ってどうするんですか……私はお前の健康を気遣っているんです」
「そんなスパスパ吸いませんよ。息抜き程度です」
私は父親が吸ってたから嫌いなんだけどなー。
でも、氷室が頑張っていたことも事実か……
「……1日、数本にしなさいよ。あと、ここは禁煙だからね」
私はタバコを出し、氷室に渡す。
「あざっす」
「ひー様、俺も……」
そういえば、勝崎も喫煙者だったな。
ハァ……
まあ、仕方がないか。
「はい、程度を守りなさいね」
私は渋々、勝崎にもタバコを渡した。
「あざっす!」
勝崎はタバコを嬉しそうに受け取ると、軽く礼を言う。
「今夜、この砦にいる幹部で会議します。場所はここ。全員、出席するように伝えなさい」
「かしこまりました」
リースが頭を下げた。
「ノゾミ、お前も参加しなさい」
「え? 私もですか?」
ノゾミはちょっと嫌そうだ。
まあ、気持ちはわかる。
「お前もです。お前は幹部にします。前に言ったでしょう? それにちょっと頼みたいことがあるのです」
「ハァ……? わかりました」
ノゾミは首を傾げながらも了承した。
「というわけです。勝崎、ノゾミにこの砦や森を案内してあげなさい」
ついでに挨拶回りでもしてきな。
「了解です。月城さん、車を出そう」
「あ、はい」
勝崎とノゾミは部屋を出ていった。
「ひー様、月城を幹部にするんですか?」
勝崎とノゾミが部屋を出て、3人だけになると、氷室が聞いてくる。
「反対ですか?」
「正直に言えば…………月城は若すぎるし、新参でしょう? まあ、若さで言えば、神谷やアホ姉妹もですが、あいつらはひー様の側近です。月城もそばに置く気ですか?」
ミサも東雲姉妹も幹部だが、ミサは私の巫女だし、東雲姉妹は護衛なだけだ。
会議の時もほぼ発言はしない。
「お前もよく知っているでしょうが、ノゾミのスキルは鑑定。お前が寝返っていないことも見抜かれたでしょう? 私もノゾミに憑依した時に鑑定を使わせてもらいましたが、かなりの調査力です。その時に会長を見ましたが、スキルだけでなく、身長、体重、健康状態、趣味、嗜好、あるゆるものを見ることができました。非常に有用です」
会長の結界や結城君達が持っているスキルも強力だが、ノゾミはちょっと毛色が違う。
だが、鑑定は敵にも味方に使える能力であり、使い方次第では大きな武器だ。
「そこまで鑑定できるんですか……すごいですね」
さすがの氷室も感心する。
「だから幹部にします。それにノゾミはこれから降ってくる生徒達からヘイトを買う可能性もあります」
ノゾミは他の降った篠田さん達とは違って、積極的に他の生徒をハメた。
篠田さんや岸さんは仕方がないと思われるかもしれないが、ノゾミは裏切り者と思われる可能性が高い。
「でしょうね。あいつは脅されたわけでもなく、勧誘されたわけでもなく、自ら降ってきましたから」
「彼女は元々、私の手駒ということにしてください。お前達も知らなかった。いいですね?」
これでノゾミは守れるだろう。
あとはノゾミのコミュ力でどうにかなる。
「ひー様、月城さんを幹部にするのはわかりましたが、役職はどうしましょう?」
リースが聞いてくる。
幹部は一応、皆、役職がある。
ミサは巫女、東雲姉妹は護衛、リースは参謀兼広報兼営業兼…………えーっと、何かいっぱい。
「何でもいいけど、秘書にでもしといて」
秘書って何をするんだろう?
なんとなく、えっちなイメージか悪いイメージしかない。
政治家とかがよく言っている秘書が勝手にやったっていうやつ。
「あのー、秘書は私なんですけど……」
リースが秘書だったらしい。
えっちだし、悪いから合ってたわ。
「じゃあ、書記とか」
「それも私……」
……………………。
「…………あんた、やりすぎじゃない?」
「そういうのは最初から私がやってましたから。ミサはやりませんし……」
ミサは学校があるしね。
「書記くらい譲りなさい。会議や談合の時に書くだけでしょ」
あとは決定事項の通達かな?
あ、それが広報か。
「じゃあ、書記を譲ります」
「そうしなさい」
しかし、色んな役職があるからリースの権力が強いんだな……
だから暴走したんだわ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます