第089話 参考にしますっていうヤツはほぼ参考にしない


 私は椅子に座りながら真っ赤な血を流して横たわっている生徒会長を見下ろす。


「最後まで意地を張り続けましたか……」


 まあ、最初からわかっていたことだ。

 自分の幸せが何かもわからない人間はロクなことにならない。


「お前が幸福になる道は生徒達に私に降るように勧めることでしたよ。本当はとっくの前に私に勝てないことに気付いていたくせに」


 まったく……


「すみません、ヒミコ様」


 ヨモギちゃんが謝ってくる。


「何がです?」

「本当は姉を説得するつもりでした。泣き落としをしてでも降らせるつもりでした」

「知ってます。お前が説得に成功すれば、私も許すつもりでした。そして、お姉さんもお前がそのつもりなことに気付いていました。だからお前の言葉を無理やり遮ったのです。お姉さんの心にいつもあったのは『もう引き返せない』です。お前の言葉を聞くわけにはいかなかったのでしょう」


 いくらでも引き返せるし、やり直せる。

 でも、潔癖な優等生にはそれができなかった。


「そうですか……」


 最後に自害したのだけは評価する。

 姉殺しをヨモギちゃんに背負わせなかったことは大きい。


「ヨモギ、お前は少し休みなさい」

「はい……姉はどうしましょう?」

「こちらで丁重に弔います……誰か! 誰かいませんか!」


 私が大声で叫ぶと、扉が開き、受付のエルフの女性が入ってきた。

 エルフの子はチラッと生徒会長を見たが、すぐにまっすぐ私を見てくる。

 もうこの子達は私しか見ていない。

 それが正しいのだ。


「そちらの女性はヨモギのお姉さんです。丁重に弔いなさい」

「はっ! かしこまりました!」


 エルフの子は部屋を出ると、すぐに数人を引き連れて戻ってきた。

 そして、生徒会長の遺体を片付け、床を掃除しだす。


「ヨモギ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。では、これで失礼します」


 ヨモギは頭を下げ、部屋を出ていった。


「勝崎、あとで村上ちゃんにヨモギのそばにいるように言いなさい」


 ヨモギちゃんが出ていったのを確認すると、勝崎に指示を出す。


「わかりました」

「よろしい! これで厄介な生徒達はほぼ消えたと言っていいでしょう」


 学校関係者で一番厄介な主力が消えた。


「面倒な陽キャグループは全滅ですからねー」


 氷室が笑う。


「ほぼと言ったでしょう。残念ながら結城君達は生きてますね」


 間違いないだろう。


「は? 毒で死んだのでは? やっぱりリースの毒では……」

「あん!? 私の毒にケチをつける気か!?」


 氷室のことが嫌いなリースがキレた。


「いえいえ、毒のせいではありません。生徒会長が食事をすり替えたのでしょう」

「どうしてわかるんです」

「私がお前に結城君達の話をした時、生徒会長はまるで気にしていないかのようでした。死んでないことを知っているんでしょうね」


 あの生徒会長ならそれくらいするだろう。


「あー、申し訳ありません。確認を怠りましたわ」

「気にしなくて結構。お前が確認をしようとしたらお前は殺されていました」

「あんなガキにやられるとは思えませんけどねー」

「結界があるでしょ」


 結界を張られたら氷室は攻撃できない。

 そのうち、結城君達を起こされ、一方的に攻撃される。

 実に厄介なスキルだ。


「あー、そういえばそうっすね」


 ホント、女神アテナは面倒なスキルを与えたもんだ。


「ひー様、いかがいたしましょう? 今から暗殺部隊を送り込みましょうか?」


 リースが聞いてくる。


「いや、いいです。生徒会長のいない結城君達は敵ではないですし、放っておきましょう。女神教を滅ぼした後に指名手配すればそれで終わります」


 結城君達だけでは何も出来ないだろうし、すぐに捕まる。


「かしこまりました」

「さてと、月城さんを呼びますか……勝崎、月城さんを連れてきて」

「了解です」


 勝崎が部屋を出ていくと、同時に掃除が終わったようでエルフの子達も部屋を出ていく。


「ふぅ……氷室の言っていたように薬漬けにした方が良かったですかねー?」


 本人はそっちの方が幸せだったかもしれない。


「どうでしょうかね? わかりません」

「どちらにせよ、ひー様に逆らった時点でアウトです。我らの敵は徹底的に潰すべきです」


 リースは過激だわ。

 その通りだと思うけど。


「まあ、そうですね。我らの平和な世界を脅かす者はすべて処分です」

「その通りかと」

「わかりきったことです」


 犬猿の仲のリースと氷室だが、意見は合うんだよな。

 どっちも私しか見ていない過激派だ。


「よろしい」

「あのー、ヨモギちゃんは大丈夫ですかね?」


 リースが心配そうに聞いてくる。


「あの子は問題ありません。すでに覚悟は決めていますし、私に忠実な信者ですから」


 実際、信者の状態がわかるスキルで見ても、多少の落胆や悲しみはあるものの、そこまで気持ちが落ちているわけではない。

 これは生徒会長が自害したのが大きい。

 もし、自分の手で姉を殺していたらもっとへこんでいただろう。


 ホント、バカな人だわ。

 他人の心は読めるのに自分の心を読もうとしない。

 生徒会長の一番の失敗はそこだ。


 私が生徒会長がいた今はもう血も残っていない白い床を見ていると、ノックの音が部屋に響いた。


「ひー様、月城さんを連れてきました」


 勝崎の声だ。


「入りなさい」


 私が入室の許可を出すと、勝崎と共に月城さんが入ってきた。

 月城さんは学校の制服を着ており、髪も肌もきれいだ。

 多分、お風呂に入らせてもらったのだろう。


 私は椅子から立ち上がると、部屋の入口付近に立っている月城さんに近づく。


「あ、あの」


 私が近づいてきたので月城さんが動揺している。

 私はそんな月城さんを無視し、月城さんの目の前まで来ると、月城さんの顔を両手で掴んだ。


「ひっ!」


 いや、ビビんな。


 私は月城さんの顔を至近距離でじーっと見る。


「確かに月城さんですね。念話では話してたし、身体に憑依したこともありましたが、こうしてしゃべるのは初めてですね」

「は、はい。同じクラスでしたけど、あまりしゃべったことないですし……」


 挨拶くらいはした気もするが、ロクにしゃべったことはない。


「お前はきれいですね」

「あ、ありがとうございます。お風呂に入れてもらいました」

「そうですか。それは良かったです。お前には苦労をかけましたが、無事に作戦は終了しました。この地ではいくらでもお風呂に入ることができますし、ご飯も食べられます。ゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます」


 月城さんは私から目を逸らさない。


「月城さん」

「はい」

「お前の目には何が映っています?」

「ヒミコ様です」

「そうです。私です。お前がこれから見続けるものです。お前は私を見ていればいい。嫌なものも不快なものも見なくていい。ただ私を見て、私にすがるのです。私がお前の敵をすべて消し去ります。月城さん……いーえ、ノゾミ、お前は私の物です。いいですね?」

「はい……」


 まあ、こんなもんだろう。

 月城さんは本当に素直だわ。


「さて、ノゾミから話を聞きますか。ノゾミ、こっち」


 私はノゾミの手を引っ張り、私がさっきまで座っていた無駄の豪華な椅子まで連れていく。


「座りなさい」


 私はノゾミに座るように言う。


「え? これに? 恐れ多いような……」

「気にしない、気にしない」


 私はノゾミの肩を掴むと、無理やり椅子に座らせた。


「さて、リース、こちらが月城ノゾミさんです」

「はじめまして。リース・ルフェーブルです」


 私がリースにノゾミを紹介すると、リースは微笑みながら挨拶をする。


「は、はじ、はじめまして、月城ノゾミです!」


 ノゾミがめっちゃ動揺しながら挨拶を返した。


「ん? なんでリースにビビってんの?」


 体育館の壇上で高笑いしてたからかな?


「び、ビビってませんよ?」


 いや、めっちゃビビってんじゃん。


「おい、氷室、お前、何を言った?」


 何かを察したリースが氷室を睨む。


「ありのままを言っただけだぞ。変態レズ女」


 氷室が笑う。


「こ、こいつ、殺す!!」


 リースが髪の毛を逆立てそうな勢いで怒りだした。


「よしなさい! 氷室もリースをからかわない!」


 私は今にも一戦おっぱじめようとする2人を止める。


「ケッ!」

「ペッ!」


 ホンマ、こいつらは……


「争いのない平和な世界……?」


 ノゾミがリースと氷室を見比べ、痛いところをついてきた。


「ま、まあ、多少のケンカはありますよ! 最後は仲良しです!」

「そうは見えないような…………」

「気にしない、気にしない。このバカ2人は置いておきます!」

「は、はぁ……?」


 人選をミスった。

 リースではなく、ミサにすればよかったか?

 でも、ミサに生徒会長の死を見せるわけにはいかない。

 だから昨日、東雲姉妹にミサを連行するように言ったのだ。


「そ、そうそう! ノゾミは岸さんって知ってます? 1年の頃、同じクラスだったらしいけど」


 私は話を逸らして、誤魔化すことにした。


「岸? アイカですか?」

「それそれ。今、彼女もここいるのです!」

「へー……神殿を出たことは知ってますけど、ここにいるんですね。あれ? 彼氏は?」


 アキト君も知っているのか。


「アキト君ですね。彼もここにいますが、もう彼氏ではないです」

「あちゃー。別れましたかー」


 ノゾミが右手で目を抑える。


「いえ、旦那に昇格しました」

「はい?」

「そして、もうすぐパパに昇格します」

「へ!?」


 ノゾミがすっとんきょうな声をあげた。

 気持ちはわかる。


「子供の名前はアイトかアキカにしようと思います」

「だっせー……」


 おい!

 岸さんとアキト君と同じリアクションすんな!

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